第194話 メインヒロインは大体めんどくさい

「御者役とシンデレラ役があるみたいだけど、どっちにする?」




 カボチャの馬車風カートに乗り込んだミケくんと平娘ちゃんを横目に、俺はヘルメスちゃんに問いかけた。




 このアトラクションは二人乗りであるが、一人が御者、一人がシンデレラという設定である。御者役は普通にカートの運転。シンデレラ役は魔法の杖――風ポイントレーザー銃で、継母ままははや義理の姉たち、果ては狼といったハリボテのターゲットをハントする。最終的にゴール前に備え付けられたカメラで自動的にアトラクションの参加者の写真が撮られるのだが、そこに合成される衣装のクオリティが、シンデレラがハントで獲得した点数によって変わってくるらしい。




 シエルちゃんの話ではこの遊園地は童話の原作要素が強めということだったが、あまりリスペクトを感じられない作りだ。いや、シンデレラが複数いる時点で原作準拠もないのだろうか。一番綺麗なシンデレラだけが本当のシンデレラだというウィクロ〇理論を採用しているのかもしれない。




「じゃあ、ウチは御者」




「わかった。やっぱ、ゴーカートに乗るからには運転しないとね」




 俺は頷いて左側からキャベツの馬車風カートへと身体を滑り込ませた。




 このゴーカートがシューティーング要素を加えてるのは、運転できないような年齢の子どもが、親御さんと一緒に乗って楽しめるようにするためだろう。




 ゴーカートのメインはやっぱりなんといっても運転側である。




「そういうんじゃなくて、ウチはシンデレラにはなりたくないから」




 右側に乗り込んだヘルメスちゃんがシートベルトをして言った。




「そうなの?」




「舞踏会に行くのは魔女任せ。幸せになるのは王子様任せ。そんな女はタイプじゃない」




 ヘルメスちゃんが前を向いて吐き捨てる。




 スタートの合図をするのは、時計塔型の信号。




 6時の位置にある赤いランプが灯った。




「シンデレラの優しさが引き寄せた幸せだと思うけど」




「優しさは見返りを求めた瞬間に、打算になるのよ」




 ヘルメスちゃんは、ハンドルを握って、まっすぐ前を見つめる。




 9時の黄色いランプが灯る。




「シンデレラは見返りを求めていた訳ではないと思うよ。振りまいていた厚意の内の何パーセントが返ってきただけさ」




「そうかもね。どのみち、私は灰かぶりのままで愛してくれる男がいいわ。ガラスの靴がなくてもシンデレラを見分けられるような。もちろん、相手が王子様じゃなくても構わない」




(さすがセカンドのメインヒロインちゃん。気が強いね)




 ギャルゲーのメインヒロインに選ばれる条件は色々あって一口で言い表せない。しかし、バトルジャンルの場合は、頻出するセオリーがある。




 それは、主人公に救われる『だけではない』ということ。




 ヒロインを救うのは主人公の義務であるが、それに甘んじているようでは所詮サブヒロイン。主人公と並び立ち、互いに高め合える関係性を目指せる少女だけが、メインヒロインを名乗る資格がある。




 そういう意味で、ヘルメスちゃんは王道のメインヒロイン的な性格をしているといえよう。




 ゴン ゴーン ゴーーン。段々と大きくなってくる鐘の音。




「それなら2人の姉も指やかかとや目を失わずに済むね」




「そこまでの復讐は望まないけど、やられた分はやり返したいわね。特に継母。あいつだけノーダメージなのっておかしくない?」




「それは俺も同意かも」




 俺はそう答えて杖を構える。




 ゴーン! と一際大きくなる鐘の音。点灯する12時の青いランプがスタートの合図。 




「行くわよ!」




 ヘルメスちゃんはいきなりフルスロットルでアクセルを踏み込んだ。




「ちょっ、いきなり速くない?」




 俺は慌てて立ち上がってくる狼パネルに狙いを定めた。




「――ねえ。ユウキ」




「なに!?」




 俺は生返事を返して、車窓の外に向けて杖の魔法(レーザー)発射ボタンを連打する。




 狼を二匹倒したが一匹逃がした。




「……アドリアナは、私の手紙、読んでくれてるのかしら」




 ヘルメスちゃんが寂しそうにポツリと呟く。




「さあ」




 義理の姉Aにヘッドショットをキメながら俺は呟く。義理の姉Bは、どうだ。当たり判定入ったか?




「さあって。ユウキ、アドリアナと仲いいんでしょ!」




 ヘルメスちゃんが峠を攻める頭文〇Dのような際どいコーナリングを決めながら叫ぶ。




 マジでヘルメスちゃんガチりすぎでしょ。




 競争相手のミケくんを見てよ。スマートに談笑しながら、平娘ちゃんが撃ちやすいようなスピードでカートを走らせているじゃん。多分、向こうの方が正しいこのアトラクションの楽しみ方だと思うよ。




「確かに仲はいい方だと思うけど……。ヘルメスさんの手紙がアイの手元には届いてることは確かだけど、それをどうするかはアイの自由だから」




「――じゃあ、ユウキはアドリアナから、ウチについて何も聞いてない?」




「アイはあんまりそういうことについて話さないタイプだから。俺も尋ねないし」




 アイちゃんに限らず、俺は従業員のプライベートには、基本的には干渉しない。というか、家庭環境関連の話題は地雷フラグの宝庫なので極力関わり合いになりたくない。




 もちろん、放置している訳ではなく、落ち込んでたり、疲れたりしそうな子の精神的なフォローはする。みかちゃんもよく部下娘ちゃんたちを観察しており、それとなく俺に報告をあげてくれるからね。それでも、パーソナルな案件に関しては、向こうから話してこない限りは、こちらからは踏み込まない。




 特にアイちゃんは、人に弱みを見せるのが大嫌いな女の子だ。仮にヘルメスちゃんとの関係について悩んでいたとしても、そう簡単にその感情を表に出したりはしないだろう。




(でも、これでヘルメスちゃんが俺に積極的な接触を図ってきた理由ははっきりしたな。アイちゃんとの関係改善のとっかかりにしたいのね)




 どうやら、魔女の家の救出作戦以降、ヘルメスちゃんとアイちゃんは微妙に気まずい状態が続いているらしい。ヘルメスちゃんはアイちゃんとコミュニケーションを図ろうとしているのだが、のらりくらりとかわされている感じだ。




 二人の間にわだかまっている感情の正体を、俺は正確に把握しているとは言い切れない。本編から得られる情報があまり多くないせいだ。




 本編では、幼少期のヘルメスちゃんがアイちゃんと引き離される場面は明らかに不可抗力――ヘルメスちゃんは悪くない、といった感じの描写だった。しかし、それはあくまでヘルメスちゃん視点の主観であって、アイちゃんがどう考えてるかは分からないのだ。




 本編において、アイちゃんはあくまで脇役。ヘルメスちゃんがアイちゃんを殺してしまうシーンとて、ヨドうみ全体の中においては、物語の導入部に位置付けられてるに過ぎない。




「確かにそうよね。アドリアナが簡単に心の内を打ち明けてくれるような子なら、ウチも苦労してないもん。――はあ、ダメね。さっき自分でシンデレラの悪口を言ったばかりなのに、他力本願なんて。ごめん。忘れて」




 ヘルメスちゃんは首を左右に振って呟く。




「……」




 俺は曖昧に微笑んで頷く。




(どうするかなあ。俺としてはアイちゃんの感情優先で動きたいけど、このままだと、ヘルメスちゃんもミケくんに恋するどころじゃなさそうだし)




 アイちゃんは俺の軍隊の中でもとびきりに重要な人物。余計なことをしてアイちゃんの機嫌を損ねるのもアホらしい。でも、ヘルメスちゃんもセカンドのメインヒロインなのでおろそかにはできない。ヘルメスちゃんは俺本人のみならず、世界の命運を左右する潜在能力を秘めている。彼女を粗略に扱って嫌われると、フラグ管理にどんな影響が出るか想像するだに恐ろしい。




 俺はそんなことを考えながら、ラスボスのように立ち上がってきた巨大継母に向けて、杖のボタンを連打した。


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