第191話 打算的おせっかい

 数日後、俺は事務所に部下娘ちゃんたちを集めていた。




 俺が大輔くんの所で仕入れてきたたくさんのケーキがテーブルの上に並び、家事娘ちゃんが淹れてくれた紅茶が芳醇な香りを放つ。




 いつもの会議はシビアなビジネスの話なので張りつめた空気が漂うが、今日はミケくんの恋を応援するのが目的とあって、和やかなものだ。




  まあ、半分親睦会みたいなものだね。




「まず前提として、今回のプランは、グループデートを前提としたものとなります。ミケさんはマスターの観察という名目で滞在されているので、デート現場にはマスターも参加することは決定済。マスターが参加なさる以上、マスターのご友人の方々も連れていかないと不自然です。また、メインターゲットヘルメスさんを一人だけ連れ出すことも難しいでしょう。ヘルメスさんは、魔女の子どもたちグレーテルのことを気にするでしょうから」




 企画畑の幹部娘ちゃんがそう前置きをする。




「うん。そうだね。俺のことはともかく、ヘルメスさんは、他の子を置いて自分だけで遊びに行くことは良しとしないだろう」




 俺は頷いた。




 実際、魔女の子供グレーテルちゃんたちも行きたがるに決まっている。




「ですね。しかし、ヘルメスさん以外の女性も参加するのは必ずしも悪いことではないはずです。残念ながら短期間調査ではミケさんの女性の好みは分かりませんでしたので、なるべく多くの女性と接触機会を増やした方が、彼が恋をする確率は上がると思いますし」




 事務畑の幹部娘ちゃんが補足するように言った。




「はい。それらの点を踏まえた上で、私――カルロッテが提案するのは、ずばり、冬の定番、温泉デート、です!」




 企画畑の幹部娘ちゃん――カルロッテが、ホワイトボートに『温泉』と書いてハートマークで囲む。




 ちなみに、カルロッテちゃんは東欧系の白人である。年齢的にはちょい年上くらいだが、童顔の日本人と比べると、高校生に見えるくらいには大人びている。




 いつもはパワポとかもゴリゴリ使うが、さすがにこんな半分遊びの案件で形式ばった資料を作るほど、彼女たちも暇ではない。




「少し渋すぎはしませんか?」




 事務畑の幹部娘ちゃんが疑問を差しはさむ。




「温泉といっても、日本の伝統的なそれではなく、レジャー化されたものです。スパランドという表現が正しいでしょうか。ミケさんとヘルメスさんが日本の文化に慣れていないことも考慮して、水着で入れる施設の方が良いかと考えています」




「コンセプトの意図は?」




「人間の感情は体温に左右されます。体温が高いほど、人間は興奮状態になり――つまり、浮ついた気分になって、恋愛感情を抱きやすいという話もあります。夏は恋の季節などと言いますが、今は冬なので、温泉で身体を温めたらいいかな、と。また、異性の日頃隠されている部分が露出すれば、嫌でも意識せざるを得ないと思いますし」




「なるほど。発想自体はいいと思う。でも、スパランドってなると、温泉というよりは、プール寄りだよね。ミケさんは泳げると思うけど、ヘルメスさんは泳げないと思うよ。出身地的に。その辺りは考慮した?」




 俺はショートケーキのいちごをよけて、フォークを入れる。




 好物は後にとっておくタイプなのだ。




「――失念してました。ヘルメスさんは、その手の訓練は受けていらっしゃらないんでしたか」




 カルロッテちゃんがさっと口を押える。




 ママンの鬼畜訓練を生き残った彼女たちは、余裕で泳げるからな。




 そもそも泳げないっていう発想がなかったみたいだ。




「そうだね。ヘルメスさんも異能者ではあるけど、どちらかといえば、生産系の能力だから、戦闘訓練はあまり受けてないと思う」




 俺は頷いて言った。




 だから本編のお兄様は余裕ぶっこいて突っ込んでヘルメスちゃんに返り討ちに遭う訳だし。




 日本人はほとんど泳げるので、ギャルゲーだとかなづちはドジっ子キャラアピールか、お高くとまってる系のキャラの隙を見せるためのギャップ要素として使われることが多い。




 しかしそれは、日本が水資源に恵まれており、全国どこの学校でも水泳の授業があるという特殊条件を前提としている。だが、海外においては、泳げないというのはさほど珍しいことではない。




「あはは、えっと、ミケさんがヘルメスさんに泳ぎ方を教える――とかはダメですかね?」




 カルロッテちゃんがテヘペロな感じで自信なさげに言う。




 ギャルゲーとしては定番イベントのアレね。




「発想自体はありだと思うけど、ヘルメスさんだけじゃなくて、魔女の子供たちも泳げない子が多いよね。そうなると、ヘルメスさんは、そっちが気になって、自分が泳ぎを教えてもらうどころじゃないんじゃないかな」




「……それでは、ダメですね。すみません。取り下げます!」




 カルロッテちゃんはホワイトボードをさっと消して、自分の席に戻る。




 そして何事もなかったかのようにプリンを食べ始めた。




 こういう切り替えの早さもビジネスでは有用なので、俺は些細な見落としなど気にしない。




「カルロッテ、案を出してくれてありがとう。他に何かアイデアのある子はいるかな?」




「はい!」




 みんなに紅茶を注いで回っていた中東系の家事娘ちゃんが手をあげた。




「はい。どうぞマイムーナちゃん」




「私は動物園がいいと思います。だって、動物さんはかわいいし、見ていておもしろいからです! 動物さんを抱っこできたりするところだともっと楽しいと思います!」




 家事娘――マイムーナちゃんが、小学生の日記のような感想を漏らす。




 いや、リアル小学生なんだからいいんだけどね。




「動物園は――ちょっと、どうなんでしょうか」




「特定の空間に閉じ込められた動物というのは、どうしても研究所に囲われた異能者を連想させるので、あまり愉快な気分にならないかもしれませんね。私たちの事前のブレストでは、同様の理由で水族館も却下しています」




 カルロッテちゃんと事務畑の幹部娘ちゃんがやんわりと難色を示す。




「だめですか……」




 シュンとするマイムーナちゃん。




 まあ、先の二人の言うことがもっともだな。マイムーナちゃんは細かいことは気にしないおっとりやさんだからね。




「いいんだよ。こういうのはどんどんアイデアを出してもらうのが大切だから。今度、時間ができたら、マ〇―牧場にでも一緒に行こうね」




「はい!」




 マイムーナちゃんは嬉しそうに笑うと、特に気にした様子もなく給仕を続けた。




「……他には? みんなどう?」




「――それでは、私からもよろしいでしょうか」




 事務畑の幹部娘ちゃんが小さく手を挙げる。




「フオン。考えてくれたんだ」




「はい。事務畑でも一つくらいはアイデアを出した方がいいかと思いまして。あっ、正確には素案を出したのはこの子なんですけど、悪くなさそうだと思いましたので、彼女のアイデアを事務方の皆で練り上げてきました」




 事務畑の幹部娘――フオンちゃんが部下娘ちゃんの一人の肩に手をおく。




 その部下娘ちゃん――ひら娘ちゃんとしておこう――は照れくさそうにはにかんで目礼をした。




 事務はチームプレイなところがあるからね。自分だけがバリバリ前に出て手柄を挙げようという気質の子は少ない。




「そうなんだ。師走の忙しい時期なのにありがとうね。――続けて」




「はい。事務畑を代表して彼女がミケさんの聴取に対応したのですが、その会話から得た情報によれば、彼はベジタリアンとのこと。また、日頃は人混みの多いところか、薄暗い所で活動することが多いので、この町のような緑の多い田舎は心が和む、ともおっしゃっていたそうです。以上の情報を総合して、自然の中でフルーツ狩りができるような場所が良いかと思いました。もちろん、ヘルメスさんも含め、ミケさん以外も楽しめるようなところではなくてはいけませんので、ただ観光農園を巡るという訳にもいかないでしょう。そこで――こちらなどいかかがでしょうか」




 フオンちゃんはそう言って、ノートパソコンのモニターをこちらに向けてきた。




「ええっと、なになに? 『フェアリー公国』。場所は――ちょっと遠いけど、日帰りで行けなくはないくらいだね」




 俺はモニターに表示されたHPを見て言う。




「はい。こちらの遊園地ならば、フルーツ狩りもでき、様々なアトラクションがあるので、色々な嗜好に対応できるかと思います。今の時期、夜はイルミネーションもライトアップされており、デートスポットとしての要件も満たすかと」




「へえ、俺は悪くないと思うよ。色んな意味でちょうどいい感じ」




 俺はHPをスクロールして、詳細を読み進める。




 『フェアリー公国』は西洋の童話モチーフの遊園地だ。




 といっても、ディズ〇―みたいな上等なものではなく、アトラクションは控えめで、自然との調和を重視している感じだ。




 ドイツ村やらスペイン村やらアメリカ村やらといった系譜の、いかにも地方にありがちな雰囲気のレジャー施設である。富士急ハイラン〇みたいなガチ系の遊園地は、俺たちの年齢だと、身長制限とかで十分に楽しめないからな。これくらいゆるいのでいい。




「……悔しいですが、私のプランよりは優れていると認めざるを得ませんね」




「カルロッテもそう思う? じゃあ、決まりかな。もちろん、他にアイデアがあれば聞くけど、どう? ……。――ないみたいだね」




 俺はしばらく間を置いてから、皆の顔を見回して言う。




「それでは、フェアリー公国を舞台としてデートプランの詳細をつめておきますね――フオン、その子借りていい? それとも、このままフオンの方で企画しちゃう?」




 カルロッテちゃんが平娘ちゃんを指して言う。




「スケジュールくらいは組んでも構いませんが、下見諸々のことも考えると、いつも通りカルロッテの方で企画した方が良いでしょう。彼女の一時的な派遣は認めます」




 フオンちゃんが平娘ちゃんの肩を叩いて、冷静に言う。




「ありがとう。頑張って企画畑の名誉挽回しないとね」




 カルロッテちゃんがフオンちゃんにウインクして言った。




「じゃ、そういうことでよろしく。――あ、どうせなら貸し切りっちゃおうか。大した金額でもないみたいだし」




 話がまとまった頃合を見計らって、俺はそう切り出す。




「では、貸し切りの方向で先方の空き日を確認しておきます」




「ありがとう。俺も早急にみんなの予定を確認しておくよ」




 こうして、ミケくん本人の与り知らない所で、俺たちのお節介計画は着々と進んでいくのであった。

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