第190話 シリーズ物のギャルゲーは、大体2作目の評価が一番高い

 ミケくんとヘルメスちゃんが俺たちの街にやってきたのは、手紙が届いてから二週間後のことだった。




 ヘリコプターでバババババババ、と乗りつけてきた二人を、俺は部下娘ちゃんたちと共に出迎える。初対面のミケくんとひとしきりの自己紹介を終えると、ヘルメスちゃんはすぐに魔女の子供たちグレーテルの様子を見に向かい、俺は自宅にミケくんを迎え入れ、歓談することとなった。




 二人きりのリビング。




 こたつテーブルを挟んで、俺たちは向かい合う。もちろん、隣の部屋にはがっつり護衛のアイちゃんたちが控えていることは言うまでもない。




 小心者の俺としてはもっと近くにいて欲しい気もするけど、後ろにぞろぞろ護衛を侍らせて威圧感を与えるのは創作物のセオリー的に小者のやることだからね。ミケくんに懐の深い所をアピールしなきゃいけない。




「――つまり、祐樹君は、古文書やその郷土史料を当たった結果、ボクに解呪の才能があると思い至ったと?」




 俺の説明を聞き終えたミケくんが、白魚のような白い指を資料に這わせて言う。その憂いを帯びた真剣な眼差しは、男の俺でも見惚れるほどに美しい。香氏もかなりのイケメンだけど、ミケくんはそれに加えて、ある種の神々しさがあった。




(やっぱりこうしてみると、ミケくんはレベルの違うイケメンだな。数少ないギャルゲーの女性ファンから支持されるのも頷ける)




 ミケくんは、日頃は行儀のいい子犬っぽいかわいいらしさがあるのに、いざとなるとワイルドな男らしい一面を見せることもある。実力に裏付けされたクールな優しさと、時折見せる弱さを併せ持つ、母性本能をくすぐる要素の塊だ。例えて言えば、少女漫画か、ラノベはラノベでもトワイライ〇みたいな、海外のヤングアダルト小説に出てくるタイプのイケメン、とでも言おうか。




 乙女回路がキュンキュンしてくるね!




(そもそも、くもソラのシリーズで一番人気なのは、セカンドのヨドうみだしなあ)




 統計をとった訳ではないから正確なところは分からないのだが、所感としては、三作以上シリーズ化されたギャルゲーにおいては、二作目が一番の名作と言われるケースが多い気がする。一作目はシリーズへのリスペクトを込めてレジェンド扱いをされるが、人気と売り上げでは二作目の後塵を拝するのだ。具体例でいうと――N〇ver7とEve〇17、To h〇rtとTo hea〇t2、canvasとca〇vas2などの例が挙げられるだろうか。いや、後に挙げた二つは微妙か?




 ともかく、かくいうくもソラのシリーズもご多聞に漏れず、2作目が一番人気である。ライターのコアなファンは、陰湿な後ろ暗さのあるファーストのくもソラを誉めがちだが、一般人気はセカンドのヨドうみ方が勝る。




 ヨドうみは、ちょうどオタク界隈で異能バトルがもてはやされていた時期でもあり、その時流に上手い事乗った。




 異能者を育成する特殊機関という舞台設定が、血生臭いライターのクセを上手い事カモフラージュしていたということもあるだろう。




(あの頃は、『読者に想像力を要求する異世界モノは流行らない。読者は半径数メートルの身近な物語にしか共感しない』なんてもっともらしいデマがまことしやかにささやかれていたっけ』)




 なにかもが懐かしい、世間がまだ異世界チートの気持ち良さに気づいていない、むかしむかしのお話である。いや、この世界ではまさに今がその時代の真っただ中なんだけど。




「そうです。この地元の作家――三剣蓮の残した文章を見てください。そのままだと昔の言葉で読みにくいので現代語訳しますが、『姫巫女は同じ女性同士、ぬばたまの姫に共感して慰めることで人々にふりかかる呪いを和らげることができる。しかし、それではぬばたまの姫の怒りや嘆きを根本的に拭い去ることはできず、呪いも完全に解くことはできない。だが、もし、いつか、男子でありながら、ぬばたまの姫に認められた選ばれし御子が現れた時、その者が全ての人間を呪いから解き放つ解放者となるだろう』とあります」




 俺は説明を続けた。




 この文章は、いくつかのルートにおいて、主人公がヒロインを呪いから救うために悪戦苦闘する中で見つけるものだ。




 本編の成瀬祐樹君はこの文章を見て、「もしかして自分がこの解放者かもしれない」と考えて喜ぶのだが、すぐにそれが自分ではないことに気が付く。つまり、上げて落とす鬱展開のための前振りに使われる訳だ。自分が英雄でないことを悟り、それでもなお足掻く主人公。そこにドラマが生まれる。アーチャ〇って言うな。




 ともかく、結局本編ではこの文章は『結局、頭のおかしい作家の戯言に過ぎなかった。こんなものを信用するなんて俺はどうかしていた』といった感じで片付けられてしまう。だが、実はこの文章はただの嘘ではなく、ミケくんの存在の予言していた――ということが、続編をプレイすることで明らかになるのだ。




「ふむ。ここに来る前にちょっと調べさせてもらったんだけど、確かこの町は女児出生率が異常に高いんだったね」




「ええ。男性を嫌うぬばたまの姫の呪いのせいだと言われています。それでも、過去には、何人か貴重な男児をぬばたまの姫に仕えさせようとした例もあったようですが、全て悲惨な結果に終わっているようです。そのせいで、今では男児をぬばたまの姫に奉仕させるのはタブーとなっています」




 実はそうなのだ。




 この町では、男児がほとんど生まれない。もし生まれても、原因不明の病気にかかったり、不自然な怪我をするせいで、すぐに外に出て行ってしまう。




 改めて見てみれば、実は俺――成瀬祐樹も生まれはスキュラだし、香氏だって外から引っ越してきた人間である。たまちゃんのお父さんだって婿入りで、一応、神職関係者アピールで禰宜の格好はしているが、霊的な能力はない。重要な儀式を実際に執り行うのは、全部女の子のたまちゃんだ。




「事情はわかったけど、にわかには信じられないかな。仮にその作家さんの書き残した文章が本当だとしても、その『解放者』がボクである根拠は何もない。確かにボクは男なのに異能を使える珍しい人間であることは認めるけどね」




「根拠――ですか。では、お尋ねします。突然ですが、ミケさんは、この子が見えますか?」




 俺はクロウサを抱えて、ミケくんの視線の高さまでもってくる。




「見えるよ。かわいらしいお嬢さんだね」




 ミケくんが優しげに目を細めた。




「やはり! ならば、それこそが、ミケさんが解放者であることの証明です。彼女が見えるのは、ぬばたまの姫と関わりが深い人間だけですから。具体的にいえば、この村の出身の一部の女児や、母によってぬばたまの姫の因子を植え付けられたスキュラの女の子たちには見えます。でも、ぬばたまの姫と縁が薄いヘルメスさんや魔女の子供たちには、彼女は見えません。とはいえ、声は聞こえる子はいるみたいですけど。無論、一般人には姿はもちろん、声すら聞こえません」




 俺はクロウサを降ろして、ポケットから取り出したカルパスの小袋を開ける。




「でも、祐樹君にもその黒い兎さんが見えているよね?」




 ミケくんが当然の疑問を返してきた。




「俺は、あくまで母からぬばたまの姫の因子を植え付けられた『まがいもの』にすぎません。つまり、無理矢理見えるようにされただけです。でも、ミケさんは違いますよね?」




 俺はクロウサにカルパスを与えながら尋ねた。




「確かに、ボクは君の母君の研究施設――スキュラで生まれた覚えもないし、実験動物にされた記憶もない。もちろん、そのぬばたまの姫とやらの親戚になったつもりもね。少なくともボクの両親は、二人共日本人ではない。そのことは確実だ」




「はは、やはり、簡単には信じて頂けませんよね。自分でもかなり荒唐無稽なことを言っていることはわかってます」




 俺は苦笑して言った。




「ああ、すまない。別に祐樹君を責めるつもりはないんだよ。正直、半信半疑であることは否めない。でも、もし、ボクに誰かを苦しみから解き放つことのできる力があるなら、それは素晴らしいことだと思うよ」




 ミケくんが陰のある笑みを浮かべて言う。




 タタタタタタタタタ、ポン。




 クロウサがミケくんの方に駆けていき、慰めるように腕に手を置く。




 そのまま甘えるようにミケくんの手を甘噛みし始めた。




「驚いた。彼女が俺以外には懐いたことがないのに」




 俺はもっともらしく驚いて、目を丸くして見せる。




 一度は言ってみたかったこのセリフ。




 本来はヒロインが主人公に言うケースの方が多いけど、この際贅沢は言うまい。




「……芸達者なウサギさんだね」




 ミケくんがクロウサを撫でながら呟く。




 あっ、俺が仕込んだと思ってる?




 今のはクロウサの本心からの行動だよ。




 まあ、俺がミケくんの立場でも同じようなことを考えただろうけどね。




「そいつは強情なんで、中々芸は仕込まれてくれないんですよ。単純に、ミケさんを気に入ったんだと思います」




 俺は餌でクロウサをこちら側に引き戻しながら告げる。




「わかったよ。まあ、そういうことにしておこう。――じゃあ、疑うのはこれくらいにして、仮に祐樹君の言うことが本当だとしよう。その場合、ボクはどうやればその解呪の力を得られるんだい?」


「それに関してもはっきりとしたことは言えないのですが……。ただ、歴史的資料によれば、ぬばたまの姫の巫女は、恋をした時に、その力を増すといった記述が散見されます。そこから類推するに、おそらく、ミケさんがどなたかに恋をしてくだされば道が開けるかもしれません」




 俺はロリババアの時代あたりの古文書を示して言う。




 俺がミケくんへ開示できる情報は、あくまでゲーム知識のメタなしに、収集した資料から類推できる範囲までだ。




 ミケくんの力の源とか、クロウサの正体とかは、知っていても現段階では明かせない。もどかしい気分だけどね。




「恋か……。普通の人なら当たり前に経験することなんだろうけど、ボクのような人間には難しいね。ボクに恋をする自由はない。他のほとんどの異能者と同じように」




 ミケくんが困り顔で視線を伏せる。




「月並みなセリフですが、恋はするものではなく、落ちるものだと言います。したくなくてもしてしまうものが恋なのでしょう。――などと、若輩者の俺が言っても、説得力はないでしょうが」




 俺は照れ笑いをして言った。




 マジでそうとしか言えない。




 ミケくんがヒロインの中から誰を選ぶかなんて、俺は知り様がない。




「本当だよ。君、まだエレメンタリースクール小学校くらいの年齢だよね」




「そうです。生意気にも大人ぶってビジネスしていると、自然とこういう感じになってしまうんですよ」




 俺は肩をすくめて言った。




「難儀なことだね。まあ、ボクもあまり人のことは言えないか――とにかく、善処? するよ。恋なんてどうすればいいのかわからないけど、もう少し、異性というものを意識してみる。ヘルメスからもせっつかれているし」




「ええ。そうしてください。しばらく、こちらに滞在されるでしょう? 俺の身辺調査をするために、色々聞き取りとかもありますよね。――どなたの指示かは存じ上げませんが」




「バレてたか」




「ええ。鈍感な方ですが、さすがにそれくらいは――。どうぞ、お好きに調べていってください。その代わりと言ってはなんですが、俺は少しでもミケさんに恋をして頂けるように、勝手なお節介をさせてもらうのであしからず」




「ははは、祐樹君はおもしろい人だね。それ、ボクに言ったら駄目なやつじゃない?」




 ミケくんは上品に手で口元を覆って笑う。




「――かもしれませんが、変に勘繰られるよりはあらかじめ言っておいた方がいいと思いまして。ふふふ」




 俺も釣られたように笑って答える。




「確かに急に女の子が寄ってきたら、ハニートラップかって疑っちゃうかもね。――とにかく、OK。いいよ。交換条件――になるのかはよくわからないけれど、ボクも好きに調査するから、祐樹君も好きにしてくれ」




 ミケくんが上半身を乗り出して握手を求めてくる。




「よかった。よろしくお願いします」




 俺はその手をがっつり両手で握り返した。




(怖いよー。頼むから俺の生命力をチュウチュウしないでね!)




 その体温低めでスベスベの肌の感触を体感しながら、内心ではビビりまくる俺。




 一応、表向きには回復能力しかないということで、タルクという最弱のコードネームを冠しているミケくん。だけど、最弱は最強っていうのが、創作物のお約束。ミケくんが生命力を吸ったり出したりできる吸血鬼みたいなチートだということを知っている人間は、この世界にまだあまり多くはいない。

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