第178話 ウェブアイドル2.0

「――興味深い話ね」




 俺の話を聞き終えた佐久間さんの反応は、思ったよりも好感触だった。




「そう言って頂けますか」




「ええ。これからはインターネットの時代だと思ってるわ。今はまだ、国民全てに普及しているとは言い難いけど、いずれそうなることは間違いないでしょう」




 佐久間さんが確信に満ちた声で言う。




 さすがに有能マネージャーは先見の明があるね。前に小百合ちゃんを襲った狂信的なファン(俺が黒服を使ってボコした)がネットオタクだったので、変な偏見がないか心配だったんだけど、そこは冷静だ。




「おっしゃる通りです。佐久間さん。分かっていらっしゃる」




「お世辞はいらないけど――どうも日本の芸能界は旧態依然としたところがあって、新しい技術への反応が鈍いのよね。でも、ネットメディアへの展開は、これからの時代には必須よ。しかし、かといって、小百合を簡単な『会いに行ける』アイドルにはしたくないの。小百合は、手の届かない孤高で至高な存在でなければいけない」




「おっしゃることは分かります。小百合さんのイメージにふさわしい展開が必要ですよね。興味を持って頂けたようなので、そこら辺は次までにもうちょっと詰めておきます。まあ、なんといっても、電脳空間の存在ですから、もし失敗しても、別人ということで済みますし。逆に上手くいけば、「小日向小百合」の知名度は世界的なものになります。損はないはずです。これが成功すれば、御社の他のタレントを売り出す足掛かりにもなるでしょう。もちろん、その際には俺のIT系の会社も全面協力しますよ。今、ネットコンテンツの開発に力を入れてるんで」




 俺はペラペラとそう並べ立てた。




 この世界ではNetfli〇に好き勝手はさせないぜ!




「商売上手ね。――でも、正直言うと、ショボいのだと困るわ。娯楽としてのボーカロイ〇は認めるけれど、あのレベルの歌声なら、小百合のブランドは貸せない」




 佐久間さんが釘を刺すように言った。




「まあ、ともかく、一度見に来てくださいよ。百聞は一見に如かずですから。ヘリとかはこちらで手配するんで」




「わかった。何とか時間を見繕ってみるわ――そろそろ出なくちゃいけないから、切るわよ。」




 通話終了。




「どう? ナルセサン。ナイチンゲールは歌ってくれそう?」




「マネージャーさんにはかなり好感触でしたね。ただ、歌姫のイメージを守るため、活動の内容は制限されそうです」




 ハンナさんの問いに、俺は携帯をポケットにしまいながら答える。




「ノープロブレム。それなら、慈善団体を立ち上げる形なんかがいいんじゃないかしら。生身なら行かせられないような危険な地域にも、バーチャルな歌姫なら派遣できるわ。被災地域の慰問や、貧困地区の支援。もしかしたら、歌で戦争を止めちゃったりなんかして?」




 ハンナさんがおちゃめに言う。




「ハンナさん、もしかして、マクロ〇でも観ました?」




「イエース! ナルセサンのとこの動画配信サービス、中々充実のラインナップね! 今、私は日本のアニメに夢中よ! このタイプのサービスは、これからどんどん伸びると思うわ」




「いやあ、今は先行投資で普通に赤字ですけどね。権利関係とかも大変で。まあ、楽しんで頂ければなによりです」




 クールジャパンがやりたがってた、日本のアニメコンテンツのプラットフォーム作りにも俺は力を入れている。別に愛国心云々からではなく、獲得競争が激しい海外の有名コンテンツより、まだあまり世界から注目されてない日本のアニメの方が権利料安いからだ。




「まあ、ブロックバ〇ターDVDレンタル店もないような田舎でも暇が潰せるのはありがたい話だね。私もドラゴンボー〇を初めて字幕付きで見たが、違和感があったな。なんで日本のカートゥーンは男の登場人物の声を女にやらせるんだ?」




「そこら辺は色々と、日本アニメ史の特別な事情がありまして――」




 などと、しばらく、ヲタクっぽい談義をして親睦を深めた後、俺は最新の研究データを受け取って、ラボを後にした。


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