第176話 オリエンタルは外国人の憧れ

 秋の始め。




 俺はシエルちゃん家がある丘へと向かった。




 といっても、シエルちゃん家を訪れるのが目的ではない。




 もちろん、後で顔は出すけど、目的は別にあった。




(まーた、変なオブジェが増えてる)




 俺はシエル邸の隣にある邸宅を見て思う。




 信楽焼のタヌキと向かい合う、金ピカのインド風ヴィシュヌ像。




 その奥にある邸宅も和風――というよりは、東洋風。もっといえば、ハリウッドが日本を勘違いして作った東洋風といった感じの外観だ。風通しのいい、開放的な作りで、研究所にしては、無防備にも思える。




(まあ、もちろん無防備な訳ないんですけどね)




 オリハルコン金属で覆われた不可視で透明な壁に、俺は右手で触れた。




 IDやら生体認証やら時間ごとに変化するワンタイムパスワードやら、あれこれのセキュリティを突破して、内へと入る。




「ハンナさん、こんにちは。今月分のデータを頂きに参りました」




 俺は軽く頭を下げて、そう挨拶する。




 ハンナさんは、縁側らしき所に寝転がり、ノートパソコンを叩いていた。




 その隣のアビーさんは、澄ました顔で銃の手入れをしている。




「Oh! ナルセサン。イラシャイ。座って座って。今、飲み物を出すわね」




 ハンナさんはそう言って、寝転がったまま手を挙げて俺に応えた。




「お気遣いなく」




「そんなエンリョしないで。――カモン! ブラウニー!」




 ハンナさんは『OK、goog〇l』的なノリで、畳の間の奥に声をかけた。




 壁際に設置された鎧武者の口が大きく開き、舌で滑り台を作る。




 その口からピーターパンのような帽子を被った50cmくらいの小人がにょきっと顔を出した。缶ジュースを大切そうに抱きしめて、舌の滑り台を降りてくる。その勢いのまま、こちらへトコトコと駆け出そう――として、トテンと横にこけた。




 缶ジュースに押しつぶされながら、手足をバタバタさせる小人。




「Shit! だめだわ。やっぱり、二足歩行って力学的に不安定よね」




 ハンナさんはそう言うと、めんどくさそうに身体を起こし、缶を拾いに行った。




「なんかすみません」




 俺は頭を下げつつ、縁側に腰かける。




「――よお。少年。調子はどうだい」




「ぼちぼちです。――アビーさんたちはどうですか。ここの暮らしは。慣れましたか」




「私は思ったよりも快適だ。ハンティングもできるしね。ハンナも異文化を楽しんでるみたいだ」




 アビーさんは旧式の猟銃を磨きながら微笑する。




 結論から言えば、お兄様はハンナさん(を通じて俺が出した)の条件を受け入れた。




 もっとも、お兄様に先に情報が渡り、その一ヶ月後に俺に開示されるという、上下関係を示すためのマウントは取られたが、まあ、あってないようなものだ。おおよそ俺の目的は達成されたと言っていい。




 シエルちゃん邸近くには、突貫工事でハンナさんたちのラボが建設され、ハンナさんとアビーさん、そして、その他のスタッフが移住してきた。




 田舎といいつつ、かなりワールドワイドな様相を呈してきた我が故郷。




 でも、すでにこの田舎には多数の外国出身のプラナリアちゃんたちや、魔女っ娘たちが暮らしているので、住民たちも、「ああ、また、あの成瀬のとこの坊ちゃんが何か始めたのね」くらいの感じで受け入れられている。




 研究員たちはみんな頭も良く、民度も高めのエリートたちなので、トラブルもない。




「それはよかった」




「――ああ、でも、Natto? あれだけはダメだね。ハンナが持ってきたから、一度だけ興味本位で手をつけてみたが、あれは洗ってない足みたいな臭いがする」




 アビーさんは顔をしかめて言う。




「……日本人でも苦手な人がいるので、無理はしなくていいと思います。他には何かありますか?」




「いや、強いていえば、馬鹿話をできるソルジャー連中がいなくて、退屈なくらいだね」




「そうですか……。すみません。そちらまでは、手が回らなくて」




 ハンナさんたちの仲間の軍人ゾンビたちは、前線や危険な任務には投入しないという条件だけは付帯した状況で、サファちゃんと一緒にスキュラへと帰っていった。




 まあ、無理をすればこの田舎まで引っ張ってこれなくもなさそうな感触ではあったし、俺自身は別に軍人ゾンビくらいなら受け入れてもよかった。でも、ハンナさんたちのお世話役兼監視役をすることになるのはシエルちゃんとソフィアだ。彼女たちの心労が増える危険を考慮すれば、遠ざけておくのが無難だろう。下手したら軍人ゾンビたちと一緒に、サファちゃんまでこっちに出向してきかねないし。




「少年が謝ることでもないだろう。――まあ、でも、あいつらもあいつらで幸せにやってるみたいだ。この前、絵葉書が来たよ。書かれてる言葉は意味不明だけどね」




 ハンナさんはそう言って、肩をすくめる。




「――お待たせ! はい。ソチャですが」




「い、頂きます」




 俺は戻ってきたハンナさんから手渡された缶ジュース――というかエナジードリンクのプルタブを開け、口をつける。




「おかわりもあるわよ! ナルセサンはプレイボーイだから、たくさんエナジーをつけなきゃでしょう?」




 サムズアップしてくるハンナさん。




「ブフッ! ゲホ、ゲホ――どこで聞きました。そんな話」




 俺は炭酸を吹き出す。




「シエルが色々教えてくれたのよ! ナルセサンは、東洋一のプレイボーイ! 日本語で言うなら、スケコマシー?」




「甚だ誤解があるようですが、俺は誰一人コマしてませんので」




 俺はきっぱりとそう訂正した。




 まあ、でも、ハンナさんとシエルちゃんと仲良くやっているようでよかったよ。二人共、善人で知性派だから大丈夫だとは思ってたけどね。




「恥ずかしがることはないわ! 私は複数性愛ポリアモリーも歓迎よ。そこに愛があればね!」




 ハンナさんは勝手にそう一人合点して頷くと、俺の肩を叩いてきた。




 なお、ポリアモリーとは、関係者全員の合意を得たうえで、複数の人と恋愛関係を結ぶ恋愛スタイルのことである。




 さすがはアメリカ生まれ。ハンナさんは、科学だけでなく、倫理観も最先端の価値基準ポリコレで生きているらしい。




「ほう、そうかい。なら、久々に優しくされて嬉しかったから、私も少年を誘ってみようかな。どうやら、ハンナは浮気公認みたいだしね」




「それとこれとは話が別よ、アビー! いくら愛と自由を信条とする私でも、児童性愛はNGに決まってるじゃない!」




 アビーさんの軽口に、ハンナさんはそう言ってむくれ、少女らしい嫉妬を見せる。




「まあ、プライベートの話はともかく、どうですか。研究の進捗は」




「hum……。ちょっと停滞しているわね。理論自体はできているのよ。電子データを人格に転換する研究も、ほぼ完成していると言っていい。でも、人間のようなしなやかな肉体の再現も、膨大な電子データを収めることができる擬似的なコンピューターを脳サイズでコンパクトに作成するのも、現時点では不可能。私の仲間たちに肉体を用意するには、何かブレイクスルーが必要ね」




「そうですか。ソフトはともかく、ハードが厳しい、と」




「そう。まさに、そこがネックなの。もし、私の夢を実現しようとすれば、世界中のレアメタルとお金をすっからかんにしても全然足りない。オリハルコンを量産できれば、また話は違ってくるんでしょうけど」




 ハンナさんが、腕組みして考え込む。




(まあ、いくら天才でも今の段階では無理だよ)




 オリハルコンに限らず、はて星でアンドロイドに使われているような素材を量産するには、特殊な触媒が必要である。




 ファンタジー金属を作るために使われがちな物といえば? そう。賢者の石だよね。つまり、ヘルメスちゃんが覚醒して、まだこの世に存在しないハイパーチート物質を生み出さない限り、量産はできません。




「でも、すごいですよ。たとえ電脳空間に限定するとしても、死んだ人間を復活させられるんでしょう?」




「そうね。国家予算レベルの大量の記憶装置とCPUを使って、ようやく、数人分の人格を再現できる程度だけど。人間の脳って素晴らしいわよね。宇宙の神秘だわ!」




「すると、なにか。私はそういったことにはてんで疎いんだが、死んだ仲間たちは、二次元のペラペラピコピコ人間で復活ってことになるのか?」




「そういうことになるわね。メモリやCPUの技術が改善されるのを待って、仲間の人数分の人格を電脳空間に展開できるようにする。……それが現実的かしら。本当は、触れ合える肉体という物理デバイスを作りたいし、技術をオープンにして、全人類から『死の恐怖』を取り去ってあげたかったけれど、今の私の身分では、あまり無茶も言えないもの」




(ハンナさん、本編よりも、研究狂度が若干下がってるかも。まあ、厚遇されているとはいえ虜囚の身だし、アビーさんが普通に生きてるからな)




 本編では、アビーさんが殺されたので、喪失感と肌寂しさから、肉体を持ったアンドロイドにこだわるハンナさん。しかし、この世界線は普通に生きて側にいるので、色々な執着やこだわりが薄くなっている。




 それじゃあ、メンバーに対する態度が平等じゃないじゃんって思わなくもないけど、失ったのが恋人か、それともただの仲間なのかで反応が変わってるくるのは、人情として致し方ない。




「そうか……。仲間たちとまた話せるのは嬉しいが、いちいち、パソコンの画面に向けて話しかけるのか? なんだかしまらないな」




「アビーならそう言うと思ったわ。――Hey、シルフ。ショータイム!」




 ハンナさんが指をパチンと鳴らす。




 ボワンと登場したヘンテコおじさん――インド映画に出てくる悪役のようなコミカルな髭男が、謎の音楽と共に歌い、軽快なダンスを踊り出す。




 時折こちらに向けてウインクしてくるところを見ると、視覚的認識もできそうだ。




「3Dホログラムですか!」




「そう。物理的な肉体は無理でも、三次元で出力した方が親しみが持てると思って、スクリーンなしでも空間に投影できる技術を作ってみたわ。少なくとも、お化けゴーストよりは人間でしょう?」




 ハンナさんは謙遜してそう言うが、質感はほぼ三次元そのまんまだ。触らなければわからないレベルである。




 俺が元いた世界では、2020年段階でようやく原初的なものができるかできないかレベルの技術なのに。さすが天才。




「おお、これなら一緒にアメリカンボウルくらいなら観られそうじゃないか。早速、誰か復活させてやるのか?」




 アビーさんが足でリズムを取りながら言う。




「それなんだけどね。全員分をまかなうほどのハードが用意できないでしょ? やっぱり、復活させる時は、みんな平等に一緒にしてあげたいし、万が一がないようにテストもしたいの。だから、どうせなら、新しい人格を造っちゃおうって思うんだけど」




 そう言うと、ハンナさんはアビーさんの太ももに頭を預けて寝転がる。




「そんなこと可能なんですか?」




「そうねえ。一から全て造るのは難しいから、誰かの人格をコピーさせてもらおうと思ってるわ。もちろん、記憶とかプライベートに関わる部分はカットしてね」




「それならハンナでいいんじゃないか? 私はお前以上に平和な頭を持った奴を私は知らない」




 アビーさんが銃を脇に置いて、ハンナさんの頭を撫でる。




 全く欧米人は人目をはばからずにイチャつくんだから(偏見)。




「私本人だと、色々主観が入っちゃうから、検証の対象としてはふさわしくないのよね。できるだけ、善良でコミュニケーション能力の高い人がいいわ。たくさんの対人データが欲しいから」




「善人ねえ。キリストでも呼んでくるのかい?」




「悪くないかもね。でも、二度も復活したらありがたみが薄れるからやめといた方がいいんじゃない?」




 そう言って二人は笑い合う。




(あの、俺は典型的な日本人なので、このラブラブ空間にいるのそろそろきついんですけど。早くデータくれないかなー)




「それもそうだね。やっぱりこういうのは、純粋な子どもに選ばせた方がいいんじゃないかい? 私はもう悪い大人を見過ぎて、誰が善か悪かなんてわからないよ」




「いいこと言うわね、アビー。子どもは未来を造る宝だもの。――ということで、ナルセサン。誰かいい人いないかしら。これが、電脳のエデンの創世記よ! あなたに、神になる権利をあげるわ」




「ええ!? 俺ですか」




「ええ! ナルセサンのおかげでアビーとこうして一緒にいられるんだから、お礼だと思ってくれていいわ。人間という存在が再定義される瞬間! これは、歴史に残るわよー。責任重大ね!」




 ハンナさんは大仰なセリフの割には、随分適当なサムズアップを俺に向けてくる。




「うーん、そうですね。善良で、コミュニケーション能力が高い人。しかも、多くの対人データが必要ってことは、人間的に魅力的な人格がいいですよね。たくさんの人が周りに集まってくるような」




 俺はそう確認する。




「イエース! 科学でより多くの人をハッピーにするのが、私たちのテーマ。だから、第1号のモデルも、とびきりハッピーな人がいいわ。例えば、サンタクロースみたいにね」




 ハンナさんがウインク一つ言う。




「うーん……それなら、歌姫ディーバとか、いかがですか?」




 俺はしばらく考えた末、おずおずとそう切り出した。


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