第169話 お盆のシメは盆踊り

 そして三日目がやってきた。




 お盆ということで、ステージはやぐらに見立てた和風のもの。




 観客は立ち見形式で、周囲を円形に取り囲んでいる。




 なるべく多くの人間が見られるようにという配慮だ。




『――ご清聴ありがとうございましたー。『宇chu☆遺産』でしたー』




 男性アイドルグループがにこやかにはけていく。




「マサトー! かっこいー!」




 渚ちゃんが男性アイドルグループに黄色い声援を投げかけ、カラフルな団扇を振る。




 ちなみにさっきのダンス中心の別のグループの時は、別の青年の名を叫んでいた。




 なお、うちわは名前部分のシールだけを張り替えた模様。




「今の普通に音外れてませんでしたか? 世の女性は、あんな中身のない空っぽな男性のどこがいいのか、私には理解できません。二つ前の演歌の方の方が、よっぽど上手かったと思います」




「イノリ、偏見はよろしくありませんわよ。空っぽなのは半分くらいですわ。センターと、右端と、おまけで左から二番目は言うほど悪くなかったと思いますわ ――まあ、世界レベルの音楽かと言われると間違いなく否と言わざるを得ないのですけれど」




 芸にうるさい二人が、厳しめの選評を語り合う。




「つ、翼も、やっぱり、ああいうアイドルってかっこいいと思う?」




 それとなく翼ちゃんの顔を窺う香くん。




「いや、あいつら細くね? すぐ骨折れそうじゃん。あんなモヤシより、普通にスポーツ選手の方がかっこいいだろ。K-1の魔〇斗とみたいにツエーとか、イチ〇ーみたいに野球が上手いとかよ」




 翼ちゃんが率直にぶっちゃける。




 翼ちゃんは『足が速いから好き』という平均的な小学生メンタリティを持っていらっしゃる。俺の周りは早熟な娘が多いからあれだけど、むしろ、こっちが普通だよね。




「格闘技と野球か……」




 香氏はキリっと真剣な表情で呟く。




 香氏は本編ではテニス部という典型的なイケメン部活だったが、この世界線ではもうちょっと男臭い方にいくのかな。まあ、どの道を選ぼうが、俺は香氏を応援するぜ。




「ねえ、ゆーくん。さすがに人がいっぱいだねー」




 俺と右手をつないだぷひ子が、気圧されたように言う。




 はじめはそれほどでもなかったのだが、後半になり、演者の知名度が上がるに応じてどんどん観客も増えた。




 今となっては、立ち見でも入場制限を課さなければならないほどの人が会場に訪れている。




 一応、俺たちの周りには兵士娘ちゃんたちがカバーに入ってスペースを確保してくれているので、足の踏み場もない――というほどではないが、それでも息苦しいくらいの人いきれだ。




 とはいえ、通勤ラッシュ時の山手線とかに比べれば余裕すぎてヘソでタピオカミルクティーが沸かせるレベルだけどな。




 都会民には分からない感覚だろうが、田舎ガチ勢は人混みというものになれていない。




 文字通り、人混みに酔うのだ。この程度の混み具合でも、ぷひ子にとってはプレッシャーなのだろう。




「ああ。かなり広めの会場にしたつもりだったんだが、こりゃ来年以降の反省事項だな」




 俺はぷひ子の手を強めに握り直して言った。




「混んでも仕方ないわよ。だって、次は小百合さんの出番だもの」




 俺のもう片方の手を握るみかちゃんが言う。




 今の俺の気分は、さながらアメリカの特殊機関に連行されるグレイ型宇宙人のようです。




「ねえ、お姉さん。サユリってだぁれ?」




 俺の頭の上から、萌え声が降ってくる。




 俺氏は今、サファちゃんのご所望で、肩車させられております。




 サファちゃんはとても軽いので肉体的疲労はあまりないが、サイコと密着するというのはかなり怖い。




 兵士娘ちゃんたちが常に目を光らせてくれてても怖いものは怖い。




「アイドルの小日向小百合ちゃんよ。聞いたことないかしら」




「知らなーい」




 サファちゃんが首を横に振る。




 そっか、サファちゃんは知らないんだな。研究所では被験体たちが余計な知識をつけないように、テレビやネットは遮断されてるからな。とはいっても、ヒドラクラスになるとアクセス権はあるはずだけど、サファちゃんの場合は精神的に未熟だから、ママンも変な刺激を受けないように苦慮しているのかもしれない。




「えー、サファちゃん、テレビとか見ないの?」




 ぷひ子が目を丸くして言う。






 ワー、キャー、ウオオオオオオ、ヒャー! サユリチャーン! コッチムイテー!






 そうこうしている内に、辺りが会話もままならないほどの喧騒に包まれる。




 その原因は明らかだった。




「小日向小百合です! 本日は、短い間ですが、精一杯歌わせてもらいます! よろしくお願いします!」




 和風の衣装で登場した小百合ちゃんが、礼儀正しく頭を下げる。




 バックダンサーたちもばっちりスタンバイ。




 音楽が鳴り始め、小百合ちゃんが数々のヒット曲をメドレー形式で披露し始める。




 爆発的な盛り上がりを見せる会場。




 その大音声だるや、森の動物が全てビビッて逃げ出すんじゃないかと心配になるほどだ。




「ねえ、お兄ちゃん。あのお姉さん、かなりの『力』を持ってるね。スキュラおうちにきたら、きっといいヒドラになれると思う」




 サファちゃんが感心したように呟いた。




「ほう。やはり、そうですか」




「うん。サファ、一緒におままごとしたいなー。お母さん役にぴったり!」




 小百合ちゃんにバブみを感じておぎゃるサファちゃん。




 さすがに小百合ちゃんはママになるには早すぎるんじゃないかな。みかちゃんと双璧で並び立つくらい、母性はすごいけどね。




「さすがですね。音程もリズムも完璧ですし、振り付けは――まさか、今回のメドレーのために新しいのにしたんですかね。前でシエルさんのお家で観たライブ映像とは違いますよね」




「イノリ。今は彼女のパフォーマンスに集中しましょう」




「ですね。お喋りがすぎました」




 皆が小百合ちゃんの歌唱力に圧倒され、聞き入る。




 楽しい時間はあっという間にすぎ、小百合ちゃんは息を切らすこともなく、およそ二十分に渡るメドレーを歌い終えた。




「ご清聴ありがとうございました。……それでは、最後に、お盆にぴったりの曲を歌わせて頂きたいと思います。私事ですが、この村は私の祖母の故郷でもあるので、天国のおばあちゃんにも届いていればいいなあ、なんて思ったりもして。ええっと、せっかくですので、もしよろしければ、分かる方は、皆さんも一緒に踊ったり、歌ったりしてくださると嬉しいです。――それでは、聞いてください。『恋人は聖なるお化けセイントレイス』」




 小百合ちゃんが、大きく一つ深呼吸して、歌い始める。




 最後だから気合いを入れたのか、ギアが一団上がった感じだ。




 呼びもしないのに勝手に湧いてきた小百合ちゃんの熱心なファン親衛隊が、それとなく人の流れを整理して、盆踊りできるスペースを作った。




 踊れる者は踊り、歌える者は歌い、それ以外の聴衆も手拍子で参加する。




 何とも言えない一体感が、会場を包み込んだ。




(ああ。この曲、懐かしい。はて星の佳境のBGMでも使われてたなー)




 なお、曲の内容としては、死んだ恋人がお盆に戻ってきて、困るけど嬉しいという乙女心を表現している感じである。




 コミカルながらも、どこか切ない印象を残す、小百合ちゃんの最近の人気ソングだ。




 なお、小百合ちゃんは、冠婚葬祭・春夏秋冬、世間の全ての重要イベントを歌謡曲で制覇しているので、人気なのはお盆に限った話ではないのだが。




「わー! わー! わー! わー! すごいすごいすごいすごいすごい!」




 曲がサビの部分に差し掛かった時、サファちゃんが興奮して手を叩き始める。




 彼女の太ももにも力が入り、俺の首がちょっと締まった。




 苦しいから勘弁して欲しい。これでもサファちゃんは身体能力はヒドラの中では弱い方だけどさ。




「ど、どうしました?」




「え? うそっ。お兄ちゃん、見えないの? お兄ちゃんも、プリンセスぬばたまの姫の魔法をかけられてるんでしょ?」




「すみません。訓練不足なもので」




「もうだらしないなー。お姉ちゃんの歌に惹かれて、そこら中の魂が集まってきてるんだよ! 今、お姉ちゃんに憑いたおばあちゃんが、魂を選別してるとこ! でも、おもしろくないチョイスだねー。いい子ちゃんばっかり集めてる」




「そのおばあちゃんって、小百合さんの守護霊ですか?」




「多分そうだと思うー。顔とか似てるしー。お姉さんの魂の器が大きいんだねー。あれだけたくさんの守護霊を抱えられる子、サファ初めてみたかもー!」




 テンション爆上げで叫ぶサファちゃん。




 小百合ちゃんの祖母の守護霊は本編にも出てきていたが、他にも親衛隊みたいなのがついているとは初耳だ。




 生者どころか、死者まで虜にするとは。さすが神アイドル。




 芸能人の『オーラ』とは、背負ってる守護霊の多さによるものなのかもしれない。




「うふふ。これは思わぬラッキーチャンスだねー。魂さんの取り放題だー! ほらー、おいでおいでー! サファがいっぱい遊んであげるね!」




 俺の頭の上で、怪しく手招きするサファちゃん。




 やめてー。なんか俺にもとばっちりで変なのつきそうじゃん。




「ええっと、よくわかりませんが、小百合さんには迷惑はかからないんですよね?」




「当たり前でしょ! サファ悪い子じゃないもん! サファは、人のおもちゃを盗ったりしないよー。おばあちゃんが弾いた行き場のない子たちを拾ってあげてるだけだよー。ね? サファ、いい子でしょ? 偉い? 偉い?」




 サファちゃんが身を乗り出して、俺の顔を覗き込んでいる。




 その顔は、高級エステに通った後であるかのようにツヤツヤだった。




 俺には霊は見えないが、心なしかサファちゃんの邪悪なオーラが増したような気がする。




 質の悪い悪霊・魑魅魍魎の類だけを吸い込んだせいだろうか。




(これはあれか。ホワイト企業に落ちて、ブラック企業に就職せざるを得ないみたいな感じか)




 小百合ちゃんの親衛隊と、サファちゃんのキルキル殺人おもちゃ。どちらがいいかなんて言うまでもない。




 魂になっても格差社会がついて回るとは。




 全くこの世もあの世も地獄だぜ!




「えへへー。お兄ちゃん。ありがとう。サファ、こんなに素敵なプレゼントがもらえるなんて思わなかったよ!」




 ニッコニコで俺に礼を述べるサファちゃん。




「……お気に召して頂いたようでなによりです」




 そして、ただ頷くしかない俺。




(すまない。みんな! 無力な俺を許してくれ。後でむっちゃ供養とかするから!)




 心の中で、サファちゃんに捕らわれた不幸な魂たちに合掌する。




 サファちゃんも飽きたらいくらか魂を手放すと思うので、供養塔でも立てて、たまちゃんに浄化してもらうか。




「ほんと大満足だよー。これは、あのお姉ちゃんにお礼をしないといけないね! サファが、このパーティーをもっと盛り上げてあげる!」




「えっ? それって、どういう――」




 俺が疑問を差しはさむ間もなく、ステージにカチャカチャと不気味な音を立てて登場する、骨、骨、骨。




 いくら警備員がいても、ダイレクトにステージに召喚されちゃ防ぎようがないよ。




「急ごしらえだから、珍しい動物さんは用意できなかったけどー、たぬきさんとー、にわとりさんーと、鹿さんとー、牛さんとー、馬さんー! さあ、みんなで楽しく踊りましょ?」




 サファちゃんが笑顔で手を叩く。




 スケルトン動物たちがぐるぐると小百合ちゃんの回りで踊り始めた。




『あなたと「いつか本物を見たいね」って言っていた、遊園地のパレード。今なら、一緒に行けるかも』




 小百合ちゃんは一瞬スケルトンたちを横目で見たが、動ずることなく歌い続ける。




 さすがはプロアイドル。アクシデントにも強いぜ。




『えっ、あれどうやって動いてるの?』




『ワイヤーかな、ロボットかな。どっちにしろすごくない?』




(ああ、これまた、俺が佐久間さんに怒られるやつじゃん。『死霊の盆踊り』ってか? 冗談じゃねえ)




 などと思うが、もちろん、対策は打ってある。




 サファちゃんを連れて歩く以上、無策はあり得ないからね。




 今、アイちゃんたちは会場の治安維持で忙しい。となれば、白羽の矢が立つ人物はただ一人。




「――失礼致します」




 警備員たちが動き出すよりも早く、待機させていたたまちゃんがステージへと上がる。




『巫女さんだー。かわいー。本物?』




『そうだよ! 環さんって言うんだよ!』




 町の看板巫女娘の登場に、地元民も嬉しそうだ。




『でも、やっぱりダメね。夢の国に、丑三つ時はないから。あなたはきっと、セイントレイス。お帰りには、特別な乗り物を用意するわ。牛さんじゃないのよ。思い出のバイセクル自転車。二人乗りはもうできない。そういう時代なの』




「破! 破! 破! 破ぁ!」




 たまちゃんが上手い具合に曲のリズムに合わせながら、ぬさでスケルトンたちを打っていく。浄化されたスケルトン動物たちが、ただの骨へと戻った。




 ちょうど曲が死んだ彼氏があの世に戻っていく場面にさしかかっていたこともあって、演出としては最高のタイミングとなった。




 「……お騒がせ致しました」




 たまちゃんはペコリと一礼した後、こちら――というより、俺の肩の上にいるサファちゃんを睨みつけてくる。善良なたまちゃんとしては、魂を弄ぶサファちゃんを許せないのだろう。




 俺はうなだれて、たまちゃんに『本意ではない』感を全力でアピールした。




 実際、マジで気分は良くないし。




 俺だって嫌なんだよ。強いられてるんだ!




「ううー、あの巫女のお姉ちゃんきらーい。もうこの子たちはサファのおうちの子になったんだから、絶対にあげないもーん!」




 サファちゃんが、両腕を横に突き出した通せんぼのポーズをして、たまちゃんを睨み返す。




 サファちゃんのこの立ち居振る舞い、もう完全に悪役ムーブじゃん。




『来年もまた来てね。私のセイントレイス。好物を用意しておくわ。たっぷりのケチャップライス』




 小百合ちゃんが見事に曲を歌い終える。




『小百合ちゃん最高―!』




『もっと歌ってー!』




 鳴り響く止まない拍手とアンコール。




 小百合ちゃんは結局、三曲ほどサービスで歌ってからステージから去っていった。




「はあー、楽しかったー! プロフェッサーの言う通り、優しいお兄ちゃんでよかったよー。【戦争ごっこ】でも、サファといっぱい遊んでね?」




 サファちゃんが、俺の肩から降りながら、耳元で囁く。




 色々あったが、なんとか接待は成功したようだ。




「はい。一緒にいい仕事にしましょう」




 俺はにこやかに答える。




(そうだよ。仕事の本番はこれからなんだよなあ……。もう12連勤明けくらいの気分だけど)




 ずっしり重くなる心を抱えつつ、何とか無事に終わったフェスに安堵する俺だった。


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