第168話 サプライズはイベントの華
ほどよくざわめく会場。
「それでは早速、今回の白山映画祭、各部門受賞者の発表とまいりましょう。まずは、助演男優賞から――」
ステージ上の地元テレビ局の女性アナウンサーが、明るい声で間を取る。
俺は、最前列の関係者席からその様子を見守った。
俺の隣には、サファちゃん。
他の友達は、もうちょっと後ろの席にいる。
俺は関係者席に座る様に進めたが、みんな人間ができているので、『直接関わってない映画祭で前の方に座るのは恥ずかしい』ということで遠慮しているのだ。
「観客の皆さんの厳正なる投票の結果、最優秀助演男優賞に選ばれたのは、『boringボーリング』、松前国和さんです!」
「おめでとう。松前くん。君のコミカルながらも哀愁溢れる演技は、映画界の宝です」
「どうもどうも。いやあぼくですか。照れるなあ」
拍手に迎えられ進み出る、小太りの中年男性俳優。
「おめでとうございます! それでは、アシスタントさーん。トロフィーの授与をお願いしまーす」
「ヴヴヴヴヴォー」
アナウンサーの呼びかけに応じて、ステージの脇から登場するゾンビ役者。
バッチリメイクに迫真の演技で、トロフィー片手に這いつくばるように階段を上ってくる。
「ありがとう。――このトロフィー受け取っても、感染しないよね?」
俳優の小ボケに、観客から笑いが漏れる。
茶番といえば茶番だが、授賞式を見ずに帰っちゃう客が結構いるので、こういう場つなぎも必要なのだ。
「――どうですか。サファさん。俺は中々様になっていると思いますけど」
俺はサファちゃんを退屈させないように話題を振る。
「んー。あれって、【うそっこ遊び】だよね? だとしたらまだまだかなあ。わざとらしく足を引き摺ってるけど、本物のゾンビさんなら、アホな子でも、自分で足を食いちぎるよ? 重くて邪魔なだけだもん」
「なるほど……」
「それにー、そもそも、四足歩行にするなら、人間さんタイプにする意味なくない? サファなら、首から上はそのままにして、腕と脚はもっと速いのにするなー。ワンちゃんとか、チーターさんとか」
「確かに戦力的にはそっちの方が強そうですね。ちなみに、普通のゾンビ犬とかじゃだめなんですか?」
「そうだなー、戦況にもよるけどー、頭だけ人間さんの方が、窓から顔だけ出して、他のお友達を釣ったりできるからおもしろいよ? 騙された子が人間だと思って近づいてきたところをガブッってするの」
サファちゃんが犬の真似をして、口を大きく開く。
かわいいけど、やっぱマジで性格悪いなこいつ。もしかして、
まあ、意地悪いからこそ、兵器としては強いんだけどさ。
「では、次は脚本賞の発表です。これは、かなり接戦でしたが、わずか4票差で、こちらの作品が選出されました。『孤と群』。井上美佐子さんです」
「さすがの貫禄ですね。また一緒にお仕事させて頂きたいものです」
「いやよ。監督、すぐホンをいじるんだもの。でも、まあ、お客さんからの評価が得られたのは素直に嬉しいわ」
皮肉っぽい雰囲気の妙齢の女性が進み出た。
「それでは、アシスタントさーん。お願いします!」
「うひょぴょーい!」
ゾンビが出て来たのとは反対方向の袖から、一人の小男が文字通り、『跳び出して』きた。
シルクハットと燕尾服を着た紳士風の格好で、バッタかキリギリスにも見える。
小男はイカれた奇声を上げながら、たった一度の跳躍で、女性の前に着地した。
「おおおおおおおおおおお!」と観客から驚きの歓声が漏れる。
「ワイヤーアクション? たかが授賞式に大した無駄遣いなこと。――でも、気が利いてるわね。作品になぞらえて、群生相ってことね」
脚本家の女性は、一人合点して頷く。
「すごい脚力だね」
「バネっちだよ。かわいいでしょ?」
サファちゃんは誇らしげに言って、スマホをフリック入力するような感じで指を動かす。
異能を発動しているのだろうか。
再び「うほほーい」と叫んで、バネっちは舞台裏に跳んでった。
「……。思わず見入ってしまいました。それでは、次は作曲賞の発表に移ります!」
次々と賞が授与されていく。
アンデッド風役者とビックリ人間が交互に出現し、会場もかなり盛り上がってきた。
っていうか、これって、対決になってるのかな?
観客には、ゾンビの方はコメディで、サファちゃんのはイリュージョンだと思われてる節があるけど。
まあ、何事もなく終わってくれればそれでいいや。
「おめでとうございます! それでは、最後の最後、栄えある作品賞の発表です。作品賞は――――『おちゃっぴいす』! 満呂木煉瓦監督! おめでとうございます。女優としても高名な満呂木さんですが、初監督作品にして、作品賞受賞という華々しいデビューとなりました」
「ほ、本当ですか!」
30代くらいの美人が、瞳を潤ませ、感極まったように口を手で押さえて立ち上がる。
なお、白山監督自身はレジェンド枠なので投票の対象外である。新人の発掘と応援が目的の賞だからね。
「まろちゃん。おめでとう、初監督作品でここまでのクオリティを仕上げられる人は中々いませんよ。でも、もう、女優さんをやってくれないとなると、監督の私としては少し寂しいですね」
「そ、そんな。白山監督の作品なら、いつでも喜んで出演させて頂きますよ」
「改めまして、おめでとうございます。作品賞を獲得された満呂木さんには、トロフィーと、副賞として特別に、好きな映画を撮影できる権利が授与されます。それでは、二人のアシスタントさんに、同時に登場してもらいましょう!」
まず出て来たのは、トロフィーを持ったゾンビ役者さんたち。
三段の肩車に加え、左右にも人を抱えている。計五人のコミカルな大技ボスゾンビ――というよりは、軽業師。でも、かなり熟練のスタントマンだなこれ。
観客が拍手と共に笑う。
「なあに。あれ。あんなの、絶対弱いよ? 脚を攻められたらすぐ負けちゃうよ?」
「で、ですね」
「サファが『本物』を見せてあげなきゃ。野獣伯爵ーー!」
サファちゃんが、ラーメンツケメンの人の『スタッフー』的なノリで口笛を吹く。
舞台袖から、ドシン、ドシン、と、腹に響く重々しい足音を立てて、その異形が姿を現す。
「う、が、が、が、が、が」
下半身はゴリラ。上半身は虎。顔は人間で象の鼻をくっつけられている。
インドの神様か、クトゥルフの邪神のごとき風体の怪物が、『映画撮影権!』とかかれた巨大フリップを掲げて、階段を上っていく。
『すごい迫力。本物の動物を組み合わせたのかな。ほら、猿と鮭をくっつけた人魚のミイラみたいな』
『いや、さすがにそれはないでしょ。あれは人形でしょ? アイ〇のすごいやつみたいな。スポンサーが、IT系に詳しいみたいだし』
『いやいや。いくらんでも動きがリアルすぎるって。中に人入ってるでしょ?』
全部正解で全部間違ってるぜ! オーディエンス!
「す、すごいですね。キリンくらいの背丈がありますよ。横幅も、相撲取り二体分くらいあるじゃないですか」
「でしょー? かなり調整が難しかったのー。骨が折れたりねー、お肉がつぶれたりねー、でも、サファ、頑張ったの。だってねー。おとぎ話のおままごとをする時には、絶対、【怪物】役が必要だから! ねえ、すごい? すごい?」
サファちゃんが目を輝かせて、誉めて欲しそうな顔で俺を見る。
「はい。すごいですね! こんなことできるヒドラ、他にいませんもんね」
俺は適当に相槌を打った。
「まずは、ゾンビさんからトロフィーの授与です! 上手い事キャッチしてくださいね!」
「は、はい――と、取れました!」
高めの所から落とされたトロフィーを女優さんが見事にキャッチする。
「おめでとうございまーす。さらに、続いて、副賞の映画撮影権でーす。モンスターさん、お願いします」
「ウゴガガガガ」
口から泡を吹き出す野獣伯爵。
「あ、あの、モンスターさん? フリップの授与を、お、お願い、したいんですけど」
困惑するアナウンサー。
「ウゴガガガガ、オ、オンナ、オンナ」
白目を剥く野獣伯爵。
「あ、あの、サファさん。なんかあの野獣伯爵、挙動がおかしくないですか?」
「え、えっと……。そ、その……。う、うううううううううううううううううううううう。さ、サファ悪くないもん。あのお姉さんが、えっちな匂いのする香水をつけてるから悪いんだよ。お人形さんがお人形になる前のことを思い出しちゃったの。あの素体は元々、フジョボーコーのシケイシューさんのだから!」
サファちゃんは手をしばらくグニョグニョ動かしてから、開き直ったように吐き捨てた。
幼女らしい責任転嫁して頬を膨らませ、そっぽを向く。
そんな流行歌みたいなこと言われても。
君のドル〇ェ&ガッバーナの香水のせいだよってか。
「お、お゛オ゛ンナ゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアア!」
野獣伯爵が満呂木監督に襲い掛かる!
「きゃあああああああああああああああああああああああ!」
絹を裂くような悲鳴。
「お痛はぁ、だめよー?」
刹那、ステージにキラキラ炎エフェクトと共に登場したアイちゃん。
満呂木監督と野獣伯爵の間に割り込み、腹パンを決める。
野獣伯爵の巨体が一歩後ろに下がる。
(アイちゃーん! 待ってたあああああ! でも、もうちょっと早くきてくれるともっと嬉しかったああああああ!)
『あっ。あの子、【キミキザ】に出てた子役じゃない?』
『ほんとだ。すごーい。サプライズかな』
『映画より実物の方が美人さんだねー』
観客たちが口々にアイちゃんを指さす。
これが正常性バイアスってやつか。
「オンナオンナナナナナアアアアアアアアアアアアア!」
目の前の脅威を排除しようと、ゴン太な腕を振り回す野獣伯爵。
「ざぁこ、ざこ、ざこ、ざこ、ざこモンス!」
アイちゃんはその攻撃の全てを軽々とかわすと、野獣伯爵の象の鼻を掴んでジャイアントスイング決め、大空へと放り投げた。
「おががががががががががががが、おがっすううううううううううう!」
「うるさいわねえ。そんなに性欲を持て余してるなら、長い鼻で自分のアレでも吸っときなさいよぉ!」
「あがああああああああああああああああああああああ」
アイちゃんが炎球を放つ。まるで戦隊モノの怪人のごとく、空中で爆散する野獣伯爵。
「はい。一丁上がりぃ。――あっ、そうだ。おまけもいたわねぇ」
アイちゃんが振り返り、合体ゾンビ役者さんたちに手を向ける。
かなり手加減した、でも強めの風。
役者たちは見事にアドリブで合わせて、大げさに崩れて見せた。
『わー。すごいアクション!』
『新作映画の宣伝かな!』
拍手喝采の観客。
アイちゃんは、こちらに向けてウインクを一つして、颯爽と舞台袖に去っていく。
「ほほう。やりますねえ祐樹くん! 私にも内緒のサプライズという訳ですか!」
白山監督は愉快げに手を叩きながら、俺に向けて叫んでくる。
「え、ええ。実はそうなんです! 私には白山監督のような素晴らしい映画は撮れないので、せめてステージ演出で一矢報いたいと思いまして!」
俺は立ち上がって、ヤケクソ気味に叫んだ。
「なるほど。なるほど。――それにしても、やはりアイさんは映えますね。何度もお願いしましたが、彼女主演で撮らせてもらえませんか」
「はは、俺は構わないんですが、ああ見えて彼女はシャイなので、表舞台にはあまり出たがらないんですよ。今日も、俺が無理を言って出てもらったんです!」
俺は苦笑してそう答えてから、観客席に再び腰かける。
「――は、はい。色々ありましたが、最後までワクワクが止まらない、素晴らしい映画祭でしたね。――それでは、改めまして、受賞者の皆さん。前にお願いします。……。よろしいですか。それでは、皆様、素晴らしい映画を届けてくださった彼・彼女たちに、ありったけの拍手をお願い致します」
動揺していたアナウンサーもさすがはプロだ。すぐにリカバリをして、そうまとめる。
会場が再び拍手に湧いた。
「ううー。サファの野獣伯爵が……。怪物役がいないとおままごとが盛り上がらないのに……」
サファちゃんが、いじけたように人差し指をクニュクニュ絡め合わせる。
「まあまあ、不幸な事故ですから。すぐには無理ですが、代わりの動物なら、俺がなんとか用意して、研究所に届けさせますので」
俺はなだめるように言う。
(ううう……。もうちゅかれたぁ……。あ、あと、一日ぃ。あと一日ぃ)
俺はなんとか怪我人もなく終えることができた今日の幸運に感謝しながら、大きく息を吐き出した。
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