第165話 祭りの前
翌日。
夕方というにはまだ早すぎる昼間に、俺は神社の前までやってきた。
すでに祭りの準備は整い、境内はもちろん、その周辺にも、ずらりと縁日の屋台が並んでいる。
これらの屋台は、前はアコギな賽蛾組が仕切っていた。しかし、彼らが壊滅した今、金とヒトを出しているのはもちろん俺氏。俺は、祭りは地元への奉仕であるため、こんなところでチマチマ儲けようとは考えていない。そのため、運営だってクリーンそのもの。万が一youtuberが突撃してきてクジを全部引く嫌がらせをしてきても全然問題ない、超健全仕様となっている。
「祐樹くん、こんにちは」
文庫本に視線を落としていた祈ちゃんが、俺の存在に気が付いて顔を上げた。
どうやら彼女が一番乗りらしい。
「祈ちゃん。早いね。だいぶ待った?」
集合時間まで、まだ十分近くある。
「いえ、私も数分前に来たばかりです」
「そうなんだ。――その浴衣の生地、もしかして、大正時代のやつ? いいデザインだね」
俺は、量販店のものとは明らかに違う、品のある生地を見て言う。
「気付かれましたか。実は、シエルさんと一緒に、祖母の着物を仕立て直したんです」
祈ちゃんが嬉しそうに彼女自身の着物を撫でながら言う。
「へえ。シエル、洋服だけじゃなくて和服も扱えるんだね」
「こちらにいらっしゃってから、かなり勉強されたようですよ」
「へえ。シエルは、ああ見えて努力家だからね」
俺は感心して言った。
本編ではあまり絡みがない祈ちゃんとシエルちゃんだが、この世界ではかなり仲良くやっているらしい。
そんな感じで世間話をしていると――
「おーい、祐樹―!」
向こうから、香くんと渚ちゃんの兄妹、そして翼ちゃんが並んでやってくる。
事前に誘い合わせて一緒にやってくる程度には、香氏と翼ちゃんの仲が親展しているようで何より。
「よう。香。両手に花とはいいご身分だな」
「いや、翼はともかく、片方妹だし。っていうか、祐樹には言われたくないって。今日も女の子をいっぱい連れて、巡回してたよね。財前教授の総回診かと思ったよ」
「ははは。まあ、一応、責任者的なものだからな。祭りの前に現場チェックはしないと」
俺は香と肩パンをし合って、軽口を叩く。
「なんかよくわかんねーけど、会う度に偉くなってんな。お前」
翼ちゃんが欠伸一つ言う。
「よう。翼、今日は浴衣じゃないのな」
正月は振袖を着ていた翼だが、今日はいつもの俺っ娘スタイルだ。
「はは、何言ってんだ、祭りだろ? 浴衣なんて着てたら、飯をいっぱい食えねーじゃん。金魚掬いとか輪投げとかやる時邪魔だしな」
翼ちゃんは少年思考丸出しで笑う。
思春期はまだ遠そうだ。
「ゆーくん、お待たせ」
「聞いて。ゆうくん。ぷひちゃん、ついに自分で着付けができるようになったのよ」
みかちゃんに連れられて、ぷひ子がやってくる。
二人共浴衣姿だ。
なお、ぷひ子の薬指には例のキショい婚約の指輪ががっちりはまっている模様。
ちなみに、二人が俺と一緒にこなかったのは、非日常な待ち合わせ感を出したい女心だそうだ。
「へえ、やるじゃん」
「ぷひゅひゅ、どう? ゆーくん」
ぷひ子がその場でクルっと一回転して浴衣を見せびらかしてくる。
「ああ、よく似合ってるよ。もちろん、みか姉も」
俺は二人に向き合って、照れずに言い切った。
まあ、二着とも俺が選んだ――というか選ばされたやつだからな。
これ以外言うことねー。
「みなさん、ごきげんよう」
そうこうしている内に、ソフィアちゃんとサファちゃんを連れたシエルちゃんがやってきた。
シエルちゃんは、浴衣ではなく、着物の端切れのパッチワークで作った和柄のスカートとシャツを着ている。
ああ、手作りのこれのお披露目を楽しみにしてたのね。祈ちゃんを始めとするお友達とワキャワキャガールズトークしたかったのに、サファちゃんにぶち壊されてテンションただ下がりだったって訳だ。
なお、ソフィアちゃんはいつものメイド服、サファちゃんは標準装備のゴスロリ服である。
「……」
ギロり。
ソフィアちゃんが、俺に『わかってるな』的な目配せをした。
わかってるさ。これも仕事だ。ここから全ての厄介は俺が引き受けてやるぜ。
「わー! 素敵なお友達候補がいっぱいいるねー。えーっと、そこのイケメンさんはサファのお兄ちゃんで、美人さんはお姉ちゃんでー、眼鏡さんはメイドさんかなー? おチビちゃんは妹がいいかもー」
俺のフレンズたちを勝手にそう認定していくサファちゃん。
おそらく、サファちゃんの脳内では、ゾンビった彼女たちを劇団員とする家族おままごとが繰り広げられているのだろう。
さりげなくぷひ子だけは避けているのはわざとなの?
(あー、もうやだ帰りたい)
「祐樹、この女の子が、昨日、メールで言ってた娘かい?」
「ああ、俺の母さんとシエルのお兄さんの共通の知り合いでな。ちょっと祭りの案内をすることになった」
俺は大したことでもないように答えた。
嘘は一つも言ってない。本質も話してないけど。
「……ホストはワタクシなのですけれど、本当にお任せしてよろしいんですの?」
シエルちゃんが俺の顔を窺うように言った。
「そりゃ、お祭りのエスコートを頼まれたのは俺だしね」
俺は笑顔で答える。
「後は――アイの奴か。相変わらず時間にルーズだな」
ソフィアちゃんが溜息一つ言う。
「――チュウチュウうるさいわねぇ! ギリギリ間に合ったわよぉ!」
いつの間にかアイちゃんがそこにいた。
遅れて一迅の風が吹き抜け、樹々が青葉を散らす。
どうやら、神社の樹々を飛び移ってここまでやってきたらしい。
「アイ、お疲れ」
俺は片手を挙げて、アイちゃんに労いの言葉をかける。
俺がアイちゃんに買ってやった浴衣は、既に帯がなく、はだけている。
もっとも、下にはTシャツとショートパンツを着ているから、露出的な意味では問題ない。全体として、なんか着物の概念を勘違いしたハリウッドセレブみたいな感じの装いになってる。
「本当よぉ。マスターは人使い荒らすぎなんだからぁ!」
アイちゃんが叫んだ。
それから浴衣を脱いで付着した木の葉や塵を払い、再びマントのように着込む。
とにかく、頼むぞアイちゃん。いざサファちゃんが暴走したら、彼女をキルしてでも俺は他のヒロインを守らなければならない。
「それじゃあ、お兄ちゃん。サファをいっぱいいっぱい楽しませてね?」
小首を傾げて、プリンセスのごとく片手を差し出してくるサファちゃん。
「はい、頑張ります」
俺は頬が引きつるのを感じながらも、彼女の片手を取った。
さあ、地獄のカーニバルの始まりだ!
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