第166話 着せ替えは人形遊びの醍醐味

 俺たちは連れ立って、ブラブラと屋台を見て回ることとなった。




 割と大きめの祭りなので、本来ならば混雑は避けられない環境である。だが、しかし、今はぶつからずに人とすれ違える程度の余裕があった。




 と、いうのも、客入りが本格化する夕方の前の数時間、外部からの入場制限をして、地元民だけが優先して遊べる時間を確保しているからだ。




 名目としては、祭りの協力者である地元民へのサービスであるが、本音は別の所にあった。




 ギャルゲーで祭りイベントと言えば、平穏無事に終わるということはまずない。ギャルゲーにおいて、複数人で祭りに参加した場合、大抵、誰かが迷子になって、そこで探す探さない云々の選択肢が発生したり、DQNに絡まれたりと、めんどくさいことになる。




 入場制限は、そういうトラブルを防ぐための予防措置のつもりだった――のだが。




 まあ、そんな努力もサファちゃんのおかげで全部台無しなんですけどね。




「えっと、サファさん、何か興味ある屋台ありますか?」




「んー? よくわかんないから、みんなのやりたいのでいいよー」




「ご配慮頂きありがとうございます」




「えへへ、サファとってもいい子でしょ? 誉めて誉めて!」




「はーい。いい子いい子」




 俺はギャルゲーのスキップモードの心持ちで、無心でサファちゃんの頭を撫でる。




 サファちゃんは基本的に他人を自分の思い通りに動くお人形さんだと思ってる。なので、俺が彼女の望む役割期待に背かなければ暴走することもあるまい。倫理的には問題だけど、サファちゃんに人間性の教育するのはミケくんの役目! なので、俺はとことん無責任に孫を甘やかすおじいちゃんポジションでいくんで、そこんとこヨロシクぅ!




「えっと、じゃあ、みんな、まず何からやる?」




 香が俺たちの顔を見回して言う。




「遊戯でしたら、私はカタヌキをやりたいです。あまり欲しい物もないですし、金魚とかは取っても後の扱いに困るので」




 祈ちゃんが控えめに言った。




「ねえ、イノリ。カタヌキってなんですの? お正月の屋台にはありませんでしたわよね?」




「板状のお菓子に描かれた様々なデザインを、尖った針などでくりぬく遊びです。上手く切り抜くと、難易度に応じた景品がもらえます。ここのカタヌキは――成功すると、屋台のみで使える金券が貰えるシステムのようなので、もし成功しても、かさばらなくてよいかな、と思いまして」




 祈ちゃんがスラスラと説明する。




(まあ、シエルちゃんが知らなくても無理はないか。世間では、この時代でもすでにカタヌキはかなり姿を消しつつある状況だからな)




 カタヌキは、創作物の縁日では定番であり、よくヤクザ屋さんが成果物に難癖をつけるシーンとセットで描かれることが多い。しかし、現実の商売としてのカタヌキは、客がじっくり取り組むせいで、回転率が低く、金稼ぎの効率が悪いから、衰退していった。




 にも関わらず、なんで俺がカタヌキを残しているか。それはまさに、祈ちゃんみたいな騒がしいのは苦手だけど黙々と作業するのは好きな子でもお祭りを楽しめるようにするためである。




「なるほど。それは刺繍みたいで楽しそうですわね。ワタクシもお付き合いしますわ」




 シエルちゃんが朗らかに祈ちゃんに寄り添う。




 シエルちゃんは祈ちゃんを担当してくれるということか。




 こういう賑やかな場所だと祈ちゃんは孤立しがちだからな。シエルちゃんがフォローしてくれるとありがたい。




「えー、カタヌキとかタルいのやってられっかよ。そういうのは家でもできるじゃん。どうせだったら、祭りしかできないのをやろーぜ。輪投げでも、射的でも、バスケのフリースローのやつでもなんでもいいけどよ」




 翼ちゃんがウズウズと身体を上下させながら言う。




 祭り欲が溜まっているらしい。




「ねえ、翼お姉ちゃん。じゃあ、輪投げやって! 渚、あのブレスレットが欲しい!」




 渚ちゃんは、近くの輪投げの屋台の景品を指さして、翼ちゃんにすがりつく。




「おっしゃ、任せとけ! でも、金はお前持ちだからな?」




「えー、渚、プリキュ〇のお面も欲しいのにー。お兄ちゃーん」




「はいはい。いいよ。僕、今日のためにお小遣いを溜めてあるから」




 香くんが渋々ながらも、ドシっと構えて頷いた。




 なんかもう夫婦感出てるなこれ。




「えっと、それじゃあ、とりあえず、いくつかのグループに分かれて、屋台で遊んでから、一時間後くらいに鳥居の近くで合流する形でいいかしら。それぞれ屋台で買った物を持ち寄って、みんなで分け合いましょう」




 みかちゃんが空気を察してか、そう提案する。




「ああ、そうしよう」




 まあ、妥当なところだよな。みんなで回るっていっても、この人数でまとまって動いて、交替しながらじっくりそれぞれの屋台をプレイしてたら、時間が足りないしな。それぞれやりたいことができないってことになりかねない。




 俺としても、サファちゃんの接待にみんなを付き合わせるのは申し訳ないので、それぞれで楽しんでくれた方が嬉しい。




「よろしいのではなくて? ねえ、イノリ」




「はい。異存ありません」




「僕もそれでいいと思うよ」




「おう。オレが景品取りまくってても驚くなよ!」




「翼お姉ちゃん頑張ってー!」




 香・翼・渚グループと、シエル・祈グループが二つに分かれる。みかちゃんとぷひ子は――俺たちについてくるつもりのようだ。




「では私はこのチューリップにします」




「ではワタクシはこのティーカップの型に挑戦してみますわ」




 祈ちゃんとシエルちゃんは、それぞれカタヌキを選んで爪楊枝を手にとる。それから、パイプ椅子に座り、長机に向かい始めた。




「えっと、はい。300円ですね――はい。翼」




「おう。じゃあいくぜ――。……チッ。ちょっと強すぎたか」




「おしい! 翼お姉ちゃんならできるよ!」




 輪投げ組の方もプレイを開始したようだ。




「では、サファさん、どれがいいですか?」




「んー、じゃあ、とりあえず、あの、お魚さんのやつにしよっかなー」




 サファちゃんが一つの屋台を指さす。




「金魚すくいですか。わかりました――すいませーん。ポイ5つください」




 俺は先んじて代金を払い、金魚すくいの道具を確保してみんなに配る。




「和紙が張られている方が表なので、こっちを上にしてください。水に入れる時は、斜めの角度で。水に漬ける時は一気に入れてしまった方が、破けにくいですよ」




 俺はそう説明しながら、水面付近でアップアップしてる弱り気味の金魚を一、二匹取って見せる。文字通りの雑魚という訳だが、こういうのは取りやすいけど、飼ったら病気になってるのが多くてすぐ死ぬんだよなー。




「わかった。やってみるー」




 頷いてじっと水面を見つめるサファちゃん。




「ぷひゅっ。もうやぶけちゃったー。いつか、一匹くらいはとれるようになりたいなー」




「ぷひちゃん。私のはまだだから、一緒にやりましょう」




「ぷひゅー。ありがとうみかちゃん。頑張る」




 ぷひ子はみかちゃんの介護を受けながら、励んでいるようだ。




 やっぱり、ファーストヒロインたちがこういう無難なやりとりをしてくれると落ち着くね。セカンド勢のヒロインたちはみんなキャラが濃すぎて、一度に食べると胸やけするからな。




「そもそもぉ、こんな小魚とってどうするのぉ? 全然食いでがないじゃなぃ」




 そう言いながらも、ガンガン金魚を乱獲していくアイちゃん。




 ポイを効率的に使い倒し、最後にはプラスチックのふちで大物のらんちゅうをゲットする達人っぷりを見せつけてくる。




「サードニクスすごぉい。よぉし、サファも頑張るぞー。……。……。……。わっ。やった! 取れた! ねえ、お兄ちゃん。黒くてお目めのおっきいのが取れたよ! すごい? すごい?」




 サファちゃんが自慢げにお椀の中に入った出目金を見せつけてくる。




 サファちゃんは直接戦闘型ではないが、それでもさすがはヒドラだな。反射神経は常人離れしてる。




「すごいですね。初めてでそんな大物は中々取れないですよ」




 俺はわざとらしくそう驚いてみせ、太鼓持ちに徹する。




「えへへー。そうでしょそうでしょ? ――あっ、でも、もう破けちゃったー」




 サファちゃんは枠だけになったポイを拍子抜けしたような表情で見つめる。




「新しいポイを貰いましょうか」




「ううん。もういいや。だって、サファの欲しい子、もうサードニクスに取られちゃったんだもん」




 サファちゃんはそう言って、ポイをゴミ入れに投げ捨てる。




「ねえ、ゆうくん。見てあげて。ぷひちゃん、金魚、二匹もとれたのよ」




「おっ、やるじゃん。去年は一匹もとれなかったのにな。――褒美に、まだ使える俺のポイをやろう」




「わーい。で、でも、まだ上手くないから、私、ゆーくんと一緒にやりたいな?」




 上目遣いで俺を見つめてくるぷひ子。




「しゃあねえな」




 俺はぷひ子の隣に移動すると、彼女と手を重ねて金魚をすくう。




 まあ、ぷひ子への接待も必要だよな。




 婚約フラグの強化で精神を安定させたとはいえ、まだまだ心配だからね。




 などと考えていると、一匹すくった所で、すぐにポイの寿命が来た。




 店主に、獲った金魚を手提げの小さなビニール袋に入れてもらう。




「えへへー。みかちゃんとゆーくんと取った金魚だー。ねー、ゆーくん。金魚さん、納豆食べるかな?」




「どうだろうな。食べるかもしれないけど、水がすぐ汚れそうだな」




「えー、納豆はお水を綺麗にするんだよー?」




 だからそのオカルト信仰はやめろ。




「うふふ。いい水槽を買ってあげないとね」




 みかちゃんが微笑ましげに言う。




「うん。やっぱり、この黒いお魚さん、おめめがとってもキュートだねー。――でも、サファ、やっぱり、黒には赤がセットだと思うの。いいなー。サードニクス、いいなー。おっきな赤いお魚さん欲しいなー」




 前を行くサファちゃんが、アイちゃんのランチュウを物欲しげに見つめる。




「はぁ? この終始ウンコ出しまくってるデブ魚のどこがかわいいのぉ? まあ、いいわぁ。今日はアンタの接待らしいから、タダでくれてやるわよぉ。対価はマスターぁに払ってもらうわぁ」




 アイちゃんはそうもったいつけてから、サファちゃんに金魚の入ったビニール袋を手渡した。




 空気を読んでくれたのか?




 いや、多分、金魚を持って歩くのがめんどくさいだけだなこれ。




 まあ、でも、サファちゃんが機嫌よく過ごしてくれるならそれに越したことはない。




「わーい。ありがとー!」




 サファちゃんが両腕を挙げたバンザイポーズで喜びを露わにする。




 よしよしいい感じだぞ。今の所、普通のほのぼの縁日イベントだ。




 こうして見ると、サファちゃんも普通の無邪気な幼女だな。




「んー、やっぱりおめめはこの黒いのがかわいいけどー、尻尾はフリフリしてる赤いやつの方がすてきー。そうだ! 合体させちゃおー♪ ピューピューピュー。中身のワタさんはいーらないっ!」




 サファちゃんは口笛を吹きながら、片方のビニール袋に手を突っ込んで、らんちゅうの下半分だけを引きちぎる。そして、もう片方のビニール袋の黒出目金の下半分も切り離し、二つの半身を互い違いに入れ替えた。




 そして、宙に放り出される哀れな金魚さんの臓物。




(わぁい。黒白キメラ金魚の完成だぁ)




 俺はその蛮行が繰り広げられる前、ヤバイ雰囲気を察した瞬間、すかさず身体を動かして、みかちゃんとぷひ子の視線を遮る。今の俺にできるのはこれくらいのものだよ。




 全く。ナチュラルに狂気を出してくるからセカンドのヒロインは怖い。




 ビッ。




 刹那、アイちゃんが指先から熱線を射出し、金魚の臓物を一瞬で消し炭にする。




 そして、彼女はそのまま、足で炭を地面に紛れさせた。




 もちろん、全て俺だけに見える角度で、だ。




 タンパク質の焦げる嫌な臭いは、やがてイカ焼きの匂いに混じり消える。




 アイちゃんが俺の方を振り向いて、にやりと笑う。




(みかちゃんとぷひ子は気付いてない――か。 サンキューアイちゃん。フォーエバーアイちゃん)




 俺はみかちゃんとぷひ子を横目で見る。




 二人は、呑気に金魚の名前を考えているようだ。




 多分、アイちゃんは、みかちゃんとぷひ子にサファちゃんの不規則発言が聞こえないように、風の異能でも使って音を遮断してくれたのだろう。




(はあ、こんな精神的な綱渡りが、あと二日も続くのかよ……)




 俺はうんざりした気分になりながらも、祭りの雰囲気を壊さぬよう、努めて陽気に振る舞うのであった。

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