第146話 正攻法が一番強い

 翌朝。俺は早めに起床し、ママンに鬼電で猛アタックしたが、結局応答なし。




 仕方なく、俺はシエルにメールを打った。すなわち、俺のビジネスの仲間内では婚約を受けるという方向で内定したが、未だママンの許可待ちであることを、素直に報告した。




 俺的には一刻も早くぷひ子たちに報告したいのだが、ママンの確約が出るまでは、話を持っていくことはできない。もし今、ぷひ子に婚約の話をした後、ママンが何らかの形でお兄様に渡りをつけて、婚約しないことになったら、俺はただのピエロになっちまうからな。




 ということで、色んな予定が先送りとなり、虎鉄ちゃんの告白キャンセルが最初となった。




「結論から言うと、俺は虎鉄さんの気持ちには応えられない。虎鉄さんは、人間として俺を好いてくれていても、恋愛的な意味では俺を好きじゃないと思うから。そして、俺の仕事の能力を評価してくれるのは嬉しいけれど、ビジネスという意味では、正直に言って、君の組を継ぐことは、俺にとって足枷でしかない」




 放課後。俺は、カバン持ちをしてくれている虎鉄ちゃんを空き地へと連れて行き、告げる。




 あれこれ告白を断るセリフを考えたが、結局、捻りなしのストレートとなった。




 シエルちゃんは自分との婚約を断るダシにしろと言っていたが、その案は却下した。




 だって、虎鉄ちゃんに『お前よりいい婚約者がいるからいらね』というのは、なんか冷たくて打算的な感じして嫌だからね。




 やっぱり、脳筋キャラには正攻法でいくのが一番だよ。




「――そう言われると、ぐうの音も出ないっす。小生、自分のことばっかで、マスターの立場を何も考えてなかったす! 申し訳ないっす」




 虎鉄ちゃんが深く頭を下げて言った。




 うんうん。素直で大変よろしい。




 暴走しやすいが、代わりに率直に己の過ちを認められるのが脳筋キャラのいい所である。性格がねじまがっていないのだ。




「本当に面目ないっす! 小生、組のこととなると周りが見えなくなって、ついやらかしちゃうんっす! 指詰めモノの失態っす! っていうか、今詰めるっす!」




 虎鉄ちゃんは地面に正座すると、どこからともなくポン刀を取り出した。




「待って待って! そこまでしなくてもいいから。誰も傷ついた訳でもなければ、金銭的な損害が出た訳でもないから」




 俺は、小指を躊躇なくスッパンといこうとしている虎鉄ちゃんを慌てて制止する。




「だめっす! 家出した小生を受け入れてくれた恩人のマスターに、貫目も考えずに失礼な縁談話を持っていくなんてありえないっす! 自分で自分が許せないっす! ――大丈夫っす! 指なんて一回斬り落としても、接着剤で適当にくっつけとけば余裕で治るっすから!」




 まあ、確かにヒドラクラスの回復力ともなれば、普通に治るんだろうけどさ。




 真昼間から刀傷沙汰とか見たくないんだよね。




「やめてやめて。本当にそこまでしなくてもいいんだってば。やり方はともかく、虎鉄さんの家の伝統や家族を想う気持ちは立派だと思うし、否定されるべきものではないと思うよ。俺本人がっこう言ってるんだから、何とか刀を収めてくれないかな」




「っす。マスターがそうおっしゃるなら……。優しさが身に染みるっす。漢泣きっす!」




 虎鉄ちゃんはポン刀を鞘に納めると、涙を手の甲で拭って、感動したように言った。




「ふう、よかった。――それで、代わりと言ったらなんなんだけどさ。俺じゃないけど、裏社会のビジネスを切り盛りできそうな人材には何人か心当たりがあるんだよ。もしよければ、その中から婿候補を探してみる? もちろん、俺自身は、彼らに婿入りを強制はできないから、説得は虎鉄さん自身でやってもらうことになるけど」




「そ、それはめちゃくちゃありがたいんっすけど、いいんっすか!?」




 虎鉄ちゃんが宝くじに当たった人のように表情を輝かせる。




「うん。こうして巡り合ったのも何かの縁だと思うし、お見合いのお世話くらいはさせてよ。


 ――といっても、婿候補は全員、虎鉄さんよりはかなり年上になるけどね。若くても、二十代後半とかだから。それでもよければだけど」




「小生的には、全然問題ないっすよ! ヤクザの世界だと、40、50のおっさんが若いねーちゃんをはべらせてるなんて珍しくもないっすからね」




 虎鉄ちゃんは即答した。




「それならよかった。ビジネスの能力はともかく、虎鉄さんの親父さんが求めるような人柄の立派な人物は中々いないかもしれないけど、そこは、ね? 虎鉄さんの心意気次第ということで」




「っす! 任せて欲しいっす! 見初めた男を一流に育て上げるのが、女の醍醐味っすからね!」




 虎鉄ちゃんが自身の胸を叩いて、自信ありげに言った。




 のせられやすくてチョロいところも脳筋キャラのいい所の一つである。




「うん。じゃあ、そういうことで、後で婿候補のリストを渡すから。――とりあえず、帰ろうか」




「っす! 本当に、マジで感謝っす! おカバンお持ちするっす!」




 虎鉄ちゃんが俺のランドセルに手を伸ばす。




「そう。じゃあ、俺は虎鉄さんのランドセルを――」




「いえ、今日だけは全部小生にやらせて欲しいっす! 感謝の気持ちっす!」




「じゃあ、よろしくお願いしようかな」




 俺は虎鉄ちゃんの肩へと伸ばした手を引っ込める。




 先を行く俺の後ろを、虎鉄ちゃんが半歩下がってついてくる。




 (ふう。これで虎鉄ちゃんの件は、一応解決か)




 将来的に、誰も虎血組の後継者にふさわしい人物がいなくて、虎鉄ちゃんが俺の所に戻ってくる可能性はまだ残っている。でも、もしそうだとしても、虎鉄ちゃんが俺の抱えている人材を全て見極めるには、相当な時間がかかることは確かだ。何年後かにまた虎鉄ちゃんがやってきたら、その時はその時。また対策を考えるとしよう。




 などと、考えていると、あっという間に俺の家の前へと到着する。




「あら、ユウキ。ごきげんよう」




 ふと、声のした方を見る。




 そこには、ソフィアちゃんを連れたシエルちゃんが立っていた。




「なんだ。シエル。俺の家になんか用か?」




「いえ。今日はミシオさんのお家にお邪魔してましたの」




 シエルちゃんがサラっと爆弾発言を放り込んでくる。




 『ました』。こいつ、『ました』って言ったよな今。




「ん? ぷひ子の家? おいおい、それってまさか、婚約の件とかじゃないよな?」




「ええ。もちろんそれ以外に何があって?」




「――まだ俺の母の許可が取れてないから婚約を確定できないって、朝、メールしたよな?」




「ええ。存じ上げてますわ。でも、ワタクシがユウキに婚約を申し込んだという事実を伝える分には差し障りないでしょう」




「……」




 俺は閉口した。




 わかってる。シエルちゃん的には、俺に気を利かせてくれたんだよね。俺の口からはぷひ子に婚約のことを言いづらいと思って、忖度してくれたんだ。それは責められない。責められないけど、もうちょっとだけ待って欲しかった。




 ここは俺が先行を取らなきゃいけない場面なんだよ!




「あら、何か問題ありまして? ワタクシとしても、ミシオは大切なお友達ですし、彼女がユウキに好意があることは分かっておりますもの。不義理はできませんし、きちんと話は通しておいた方がよいかと思ったのですけれど」




「――そうか。問題はない。ぷひ子の気持ちをおもんぱかってくれて感謝する」




 俺はそう言って頭を下げた。起こってしまったもんは仕方がねえ。くそっ。




「いえ。このくらい、淑女として当然ですわ」




 シエルちゃんが楚々として微笑んだその時――カチャっと、隣家の玄関の扉が開く音がした。




「ゆーくん……」




 ぷひ子が扉の隙間から、ゆらりと顔を覗かせる。




 その表情には、完全なる無が張り付いていた。


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