第139話 根回しこそが人間関係を潤滑にするコツ

 一泊二日の旅行は瞬く間に終わり、俺たちは元の退屈な田舎へと帰りつく。




 再び平日が始まり、俺は学舎の中の人。




 いつもは色んな子どもの勉強の手伝いをしている俺。しかし、今はお悩み中という設定のため、話かけづらいオーラを放ちつつ、アンニュイに窓の外を眺めて憂鬱アピール中だ。




 時折、プリントの問題を解く手を止めて、昨日帰りのバスの中で考えた作戦を、頭の中で整理する。




(まず、虎鉄ちゃんの告白を断ることは決定事項。その後のフォローとしては、別の婿候補を提案するってことでいいだろう)




 俺が、崩壊した竜蛾組からヘッドハンティングした人材の中には、いわゆるインテリヤクザも多い。彼らはヤクザのフロント企業を経営に慣れており、虎鉄ちゃんの求める人物像とおおむねマッチしている。合法と非合法の間にあるグレーゾーンを、上手い事渡っていける人材という訳だ。




(まあ、もし実際、そいつら中の誰かとくっつくとなれば、虎鉄ちゃんとの年の差がヤバイし、ただ金稼ぎが上手いだけの男なら東雲組長は認めない可能性が高いけど……。大事なのは俺が虎鉄ちゃんのことを真剣に考えたという事実を具体化することだからな)




 婿候補の選定が上手くいくかは、虎鉄ちゃんの人物鑑定眼次第。もし、失敗しても俺に責任が及ばないように、告白を断る時にそれとなく釘を刺しておく。




 というか、そもそも、家出した虎鉄ちゃんを受け入れている俺を、身の程知らずのお願いをして悩ませてるって時点で、彼女の行動は渡世の仁義的にどうなん? って話なんだけどね。




 今、多分、先日の告白の件を東雲組長が知ったら、普通に虎鉄ちゃんは『恩知らずかテメエ』ってブチ切れられると思う。




 まあ、『そんな無礼な虎鉄ちゃん相手にすら、義理人情から誠意を尽くした俺の器』を示せれば、婿候補が見つかるか否かに関わらず、東雲組長の好感度は維持されるどころか、上がるだろう。




 つまり、対外的にはこれで問題は完璧に解決。




(となると、後は対内的な問題――ヒロインたちへのメンタルケアだな)




 こっちの方が、俺にとっては問題だ。




 そもそも、理屈から言えば、別に俺は誰とも付き合ってないんだから、言い訳やフォローをする必要性は一ミリもないのだが、そんな正論をカマしていたらギャルゲー主人公は成り立たない。




各々おのおののヒロインの所を巡って、直接、ペラペラ言い訳するのはナシだよなあ……。一応、俺は本来、ぶっきらぼう寄りのキャラだし)




 キメる所はキメるが、基本的には不器用でぶっきらぼうなのが成瀬祐樹くんである。




 ビジネス関係ならまだしも、パーソナルな女性関係の処理において、口達者にヒロインたちに弁解して回るのは、逸脱が過ぎる。




(やっぱり、ここは、間に誰か空気の読める奴に立ってもらって、ヒロインたちへそれとなく情報を流すべきだろうな)




 評判というものは、他人の口から出る言葉により形成されている。




 自分で『俺は天才だ』と言う奴はほぼ悪役の噛ませキャラだが、モブから『あれが天才か』と言われるキャラは大体、重要人物であろう。




 要は、俺自身が弁解するより、『成瀬祐樹は女性からの告白に誠実に対応する信頼できる人間ではありますが、虎鉄ちゃんのことは異性としては何とも思ってませんよ』という事実を、第三者からヒロインたちへ告げてもらう方が、自然にフォローできるという訳だ。




(この辺りの空気が読めて、俺が言わなくても意図を察してくれるコミュ力の持ち主となると、シエルちゃんかみかちゃんの二択だが――ここは消去法でシエルちゃんだろうな)




 シエルちゃんもみかちゃんも、コミュニケーションスキルという意味では甲乙つけがたいのは事実。しかし、ぶっちゃけ、みかちゃんは俺への好感度が高すぎるので、この件では相談しにくい。だって、俺氏のことを恋愛的な意味で好きだと分かっているみかちゃんに、他の女からの告白に関する相談をするなんて、残酷な仕打ちだからね。




 従って、消去法で、いい感じの女友達ポジションに落ち着いているシエルちゃんが適任ということになる。




(などと色々考えてみたけど、正直、ここまで慎重に根回しをする必要はないかもなあ……。普通に告白を断るだけで十分かな? でも、念には念を入れた方がいい気もする)




 俺は逡巡する。




 告白を断るだけでも、『虎鉄ちゃんの好意には応えられない』ということは示せる。




 でも、主人公として、女の子を手酷く振ることはできないので、どうしても、告白を断る言葉は、直接的ではなく、やんわりとした言い回しにせざるを得ない。




 そうすると、『実は成瀬祐樹は虎鉄ちゃんのことが満更でもないんじゃないか』という疑念の芽がヒロインの中に残ってしまう可能性がある。その芽を完璧に摘んでおきたいのだ。




 うーん、考えすぎかなあ。でも、くもソラのヒロインって基本、めんどくさい性格の奴が多いしなあ。




「ユウキ。もうすぐ休み時間が終わりますわ。次は、図工室に移動ですわよ」




 俺の思考は、右斜め上から降ってきた声で現実へと引き戻される。




「あ、ああ。すまん。ぼーっとしてた」




 俺ははっと顔を上げ、優しい笑みを浮かべたシエルちゃんに軽く頭を下げる。




「ふふっ。感謝してくださいまし。他の方が話しかけづらそうにしている中、敢えて嫌な役を買って出て差し上げましたのよ?」




「……そうだな。みんなに心配をかけないように、気を付ける」




 冗談めかして言うシエルに、俺は沈んだトーンで答えた。




「……かなりお悩みのようですわね。ワタクシでよろしければ、相談に乗って差し上げてもよろしくてよ?」




 シエルちゃんは俺の机に頬杖をつき、視線を合わせてからそう言った。




(これは、渡りに船か……。ここは素直にお言葉に甘えさてもらうかな。まあ、別に、俺の考えすぎだとしても、慎重に慎重を重ねても特にデメリットはないだろう)




 そう結論づける。




「――じゃあ、ちょっと話を聞いてもらえるか。恥ずかしながら、この手のことには疎くてな」




 俺は言い出しにくげに、途切れ途切れの小声で答える。




 こうして俺は、流れに身を任せ、シエルちゃんに相談という名の根回しをすることに決めた。


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