第107話 好事魔多し(2)

 4人くらいが相部屋になってる普通の病室。




 カーテンで区切られた左奥のスペースに、香一家が勢ぞろいしていた。




 香の父親は、右脚にギプスをして吊られた状態で仰向けに寝転がっている。




 和やかな雰囲気で、本当に『命に別状がないらしい』。




「あーっ! ユウキお兄ちゃんだ!」




 父親の胸にすがりついて甘えていた渚ちゃんが、俺を指さして言った。




「こんばんは。お加減いかがですか」




「祐樹。わざわざ来てくれたのかい?」




 香が笑顔を浮かべる。




「当たり前だろ。これ、みんなからってことで」




 俺はお見舞いの花束を香に手渡す。




「ありがとう」




「俺だけで悪いな。他の奴らも来たがってたんだけどさ。あんまり騒がしくするのも迷惑かと思って」




「ううん。十分すぎるよ。骨折くらいでそんなに大げさにされたら、かえって恥ずかしいよ」




 香はそう言ってはにかむ。




「本当に。この人がそそっかしいだけなんだから――ああ、お花、せっかく頂いたんだから生けてくるわね」




「ああ、うん。お願い」




 香から花束を受け取った香ママが、病室から一時退室する。




「とにかく、大事にならなくてよかった――あつしさん。ご無沙汰しています」




 俺は香パパへ、丁寧に頭を下げた。




「こんばんは。祐樹君。いつも香や渚と仲良くしてくれてありがとう」




 香くんに似て、線の細い優男が、笑顔を浮かべて言った。




「いえ。こちらこそ。――こうしてきちんとお話させて頂くのは、初詣以来ですかね?」




「ああ、その時以来になるかな。――そうそう! 初詣といえば、祐樹くんからおすすめしてもらったお守り、本当に効いたよ。変な話、これがなかったら、もっと大きな怪我をしていたかもしれない。後でお礼参りしなくちゃなあ」




 香パパはそう言って、枕の裏に手を突っ込んで、『安全祈願』のお守りを取り出した。




 元は黒かったそれが、白く変色している。白と言っても、清潔な感じじゃなく、蛆虫のような不快感のある色合いだ。




(やはり、保険はかけておくものだな)




 初詣の機会を利用して、それとなくお守りを買う流れに誘導しておいてよかった。実はそのお守りはお守りでも、たまちゃんの祈りが籠った特製のやつだ。すなわち、これが効果を発揮するということは――。




(ぬばたまの姫の呪いに関係があることはほぼ確定か。これは、もう少し探りを入れる必要があるかな)




「――それで、一体何があったんです?」




「いやあ。それが私にもよくわからなくてね。地表調査のために山に登って、ボーリングをしようと準備していたら、何かに背中から突き飛ばされたんだよ。それで急斜面を転がって、気付いた時には病院にいたって訳さ。医者はイノシシか鹿にやられたんじゃないかっていうんだけど……」




「けど?」




「そういう感触じゃなかったんだ。『ドンッ』じゃなくて、『グウッ』って感じの押され方だったんだよ。接触時間が長い、とでも言えばいいのかな」




「えっと、つまりそれは、野生動物ではなく、誰か人間の犯行だと?」




「うーん。いや、どうなんだろうね。あの辺りは廃村しかないから、その可能性も低いと思うんだよね。あの辺りにいる人間として考えられるのは、猟師さんかキノコ狩りに来た人くらいだけど、さすがにそれなら気が付くと思うし」




 香パパは困惑気味に言った。




(廃村? うわー。なんかよくわかんないけどすごく嫌な予感しかしない。これ、さすがに放置はしておけないよなあ……)




『触らぬ神に祟りなし』が俺の基本方針であるが、さすがに何も分からない状態で放っておくのは怖すぎる。くもソラクオリティなら、いつの間にか手遅れになっていたパターンは余裕であるしな。情報収集は必須だろう。




「……ともかく、知り合いの巫女さんにお願いして、少し調べてみようと思います。非科学的なやり方ですが、神様のお守りが敦さんを助けたんですから、そういった方向からアプローチしてみるのもいいかもしれません」




「いいのかい? こう言ってはなんだけど、祐樹くんは、ダム建設に関して好ましくないと考えていると思っていたよ」




「俺個人の考えでは、ダム自体は治水のために必要だと思います。ただ、まあ、わがままな話なんですが、自分の故郷に作られるのは望ましくないというだけで。俺としては、ダムを建てる以上の価値が、あの村にあると思っているので。偏狭な愛郷心なのかもしれませんが」




「いや、それは人として自然な感情だよ。こう言ってはなんだけど、私も仕事でやっているだけで、正直、ダムがそこで暮らす人々の営みを壊してまで建てる価値のあるものなのかまでは、よくわからないしね」




 香パパは柔和な顔で笑う。




 香くんを育てただけあって、香パパは基本的に善人だ。




 まあ、本編では、高校生になったあたりで香パパの上司がパワハラ野郎に代わって苦労するんだけどね。その世界線では、香パパは、もっと積極的にダム建設賛成派を増やす工作をするように迫られて、結果、香くんの家庭までギスギスしちゃうのだ。




「ともかく、本当にお力になれるかは分かりませんので、期待せずにお待ちください」




「ああ。そうするよ。親切にありがとう――でも、君は本当に色々すごいな。さすがは小学生社長だね。大人顔負けだ」




 香パパが感心したように言った。




「いえいえ。この年で早くも将来の配偶者を見定めている香くんには敵いませんよ」




「ちょっ、祐樹。いきなり何を言い出すんだい?」




「だってなー。――ねえ、渚ちゃん。この前の翼からの手紙、すごかったんでしょ?」




「うん! そう! お兄ちゃんと翼お姉ちゃんはラブラブなのー」




「情報源が丸わかりだよ。渚は本当にお喋りだね……。大体、それを言ったら、祐樹の周りには何人の女の子がいるんだい? 両手の指じゃ足りないよね?」




「いやだなあ。彼女たちはみんな、大切な従業員だよ。下衆な勘繰りはやめてくれたまえ」




「ははは。羨ましいよ。私のような職種は、仕事場に女っ気がなくてね」




 香パパが冗談めかして笑った。




「お父さん、浮気―? 浮気願望なのー? お母さんに言いつけよー!」




「渚。やめてくれ。下手したら、お父さん、左脚まで折れちゃうかもしれないから」




 香パパが眉をひそめる。




「家内安全のお守り、追加で買ってきましょうか?」




「ははは、中々おもしろいジョークだね。祐樹くん」




 そんなテンプレっぽい会話をして場を和ませながら、俺は無難に香パパのお見舞いを終えるのだった。

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