第98話 姉妹百合は尊さの塊

「アイ。帰るぞ」




 俺は中庭でソフィアとジャレてるアイちゃんに声をかける。




「そう? ――じゃあね。チュウ子。次に遊ぶまでにはもうちょっと強くなっておきなさいよぉ」




 アイちゃんはクルリとバク転し、俺の隣に立った。




 ボロボロのソフィアを見るに、終始アイちゃんの方が優勢だったらしい。




「くっ。ユウキ。一体、アイにどんなトレーニングをさせているんだ! 私も訓練しているのに、ここまで差が開くなんて」




「えっと、それは、主に実地経験の差じゃないかな。――あとは、企業秘密?」




 アイちゃんもアホではないので、チートな異能の使用は抑えている。しかし、異能抜きでも、そもそも俺が仕事を振りまくってるので、踏んでる場数が違うのだ。




 ソフィアちゃんは基本的にシエルの護衛として終始張り付いてるからね。




「そういうことよぉ。悔しかったらチュウ子も、マスターにご奉仕してみるぅ?」




 アイちゃんが人差し指で俺の胸とツツツツっと撫でる。軽く汗ばんだ彼女の、桃にも似た体臭が香った。




「ユウキ、まさかアイにいかがわしい何かを……。そういえば、東洋には房中術とかいう怪しげな術があるらしいな」




「ははは。してないしてない。ソフィアも中々想像力がたくましいな」




 俺はソフィアの疑念を一笑に付し、彼女に背を向けた。




 まあ、アイちゃんは俺をからかうために風呂場に乱入とかはしてくるけどな。




 『ラッキースケベだわーい!』なんて楽しむ余裕など微塵もなく、もし現場をぷひ子とかに見られると一発アウトになりかねなくて、かなりビビるからやめて欲しい。




「それで、お話は終わったのぉ?」




 シエルの屋敷から出たあたりで、アイがそう話しかけてきた。




「ああ。向こうの返答待ちだけど、おそらく戦闘になると思う」




「ふぅん。楽しめそうな相手かしらぁ?」




「――普通の人間なら嫌がるかな。アイなら、喜んでもらえると思うけど」




 俺はちょっと考えてから答えた。




「なぞなぞは嫌いなのよぉ。スフィンクスとかぶち殺したいわぁ」




「悪い悪い。さっきまでシエルと話してたからか、婉曲に話してしまった。――ぶっちゃけると、次のメインの敵はアイのお姉さん」




 俺がそう呟く。




 刹那、アイの身体から熱気が漏れ、またすぐに元に戻った。




「……あの女。生きていたのぉ。もう死んだかと思っていたわぁ。アタシを見捨てた雑魚のくせにぃ」




 アイちゃんが感情を抑えるような低いトーンで言う。




「きっと、アイを守れなかったから、努力したんだよ」




「そぅ。昔は、コードネームすらもらえないクズ石ノーネームだったのにねぇ。できることといえば、せいぜい、まっずい乾パンの味をマシにすることくらぃ」




「お姉さんは今、ヘルメス賢者の石なんてシャレた名前で呼ばれてるらしいよ。あっ、これ秘密ね。多分、シエルのお兄さんも知らないと思うから」




「――ヘルメスって、伝説の錬金術師ぃ? ご立派ねぇ。倒し甲斐がありそぅ」




「うん。強いよ。基本的に物理的装備は役に立たないと思って欲しい」




 ヘルメス賢者の石ちゃんは、続編メインヒロインらしくかなり強い。そのモース硬度は計測不能アンカウンタブル。本来この世に存在してはいけないはずの秘宝だ。




 能力としては、概念操作系で、物質の段階を上げ下げできるチート持ちだ。




 具体例としては、価値のない石ころを、本物のゴールド《金》に変えるなんていうところが有名だろうか。




 こと戦闘においては、氷を水に変え、烈風をそよ風に変え、さらには銃弾を一瞬で錆びさせて土くれに戻すなんてこともできる。




 加えて、素の戦闘力も高いので、異能や武器に依存した並のエージェントでは彼女に対応できないという訳だ。




 ぶっちゃけていえば、お兄様の科学的装備など彼女の前では『ぬののふく』同然なので、いくら兵士の武装を強化しても意味ないのだ。




 さらにヘルメスちゃんがレベルアップすると、精神系にまで干渉してくるが、今はまだそれほどの力は備えていないはずだ。




「……そぅ。楽しみねぇ。どれだけ強くなったかぁ、見せてもらおうじゃなぃ。――やっぱり、マスターはぁ、アタシを楽しませてくれるわねぇ」




 アイちゃんがそう言って、俺の手を恋人つなぎで握ってくる。




 ボディタッチが多いなぁ。みかちゃんもそういう傾向があるけど、あっちは天然でこっちはわざとだしなあ。




「言っておくけど、殺さないで捕まえてね。昔、色々あったのは分かるけどさ」




 俺は懇願するように言ってからアイちゃんの手の甲を擦る。




「もちろんよぉ。殺したら、反応が楽しめないでしょぉ。今のアタシを見たら、あの女、どんな顔をするかしらぁ」




 アイちゃんが歪んだ笑みを浮かべて言った。




(大丈夫だよな。これ。本編の二の舞はごめんだぞ)




 本編でのアイちゃんの扱いは相変わらず悲惨だ。お兄様から協力を乞われたママンは、危険な作戦に虎の子である一流のヒドラたちを出したくないと考える。そこで、ママンは、戦闘力こそ一級品だが、かなり頭がおかしくなって制御しにくくなっていたアイちゃんを使い捨ての駒として供出する。




 その先に待つのは――もちろん、姉が妹をその手で殺すという悲劇的結末だ。




 これは、本編ヘルメスちゃんがママンを恨んでぶっ殺したいと思ってもしょうがないよね?




(それにしても本編のアイちゃん。親友に殺されるか、姉に殺されるかの二択という、中々ハードな運命だな)




 なお、本来、本編において、このイベントはもう数年後に起こることになっている。しかし、この世界線では俺が情報を小出しつつも、ママンに協力しているため、研究の進展が早まっているのだ。




 それに伴って、ママンと組んでるお兄様の襲撃計画も前倒しされているという訳である。




「まあ、とにかく、兵隊の娘たちの準備を頼むよ。装備に頼らない戦い方に慣れさせておいて」




「わかったわぁ。料理には下準備が大切だものねぇ」




 アイちゃんは握っていた俺の手を放してから、クスクスと笑った。


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