第70話 サメは大古からの生きた化石

「どう? 祈ちゃん。描写の参考になった?」




 俺は白玉の入ったおしるこをハフハフ食いながら問う。




「はい。想像以上の展開が繰り広げられて面白かったです。私の貧弱な発想では、雪玉に氷や石を仕込むくらいのイレギュラーしか思いつかなかったので」




 祈ちゃんは白玉をちょっとかじって頷く。




 祈ちゃんをハブった訳ではなく、彼女が小説の執筆の参考に実際の雪合戦をみたいというのでこうなったのだ。




「そうか。じゃあ、これで次回作もばっちりかな」




「ええ。少なくとも、出版社に損をさせないくらいの出来にはなると思います。えっと、祐樹社長? 編集長?」




「祈ちゃんがなって欲しい方でいいよ」




 祈ちゃんは、映画の脚本が評判となり、仕事の依頼が殺到したようなので、俺は祈ちゃんのために、小さめの出版社を買収し、創作の環境を整えた。まあ、祈ちゃんの作品は売れることがわかってるし、業界は大手出版社でもヤベー編集がゴロゴロいる魔境なので、変なトラウマを抱える可能性を排除したかったということもある。




「では、普通に祐樹くんで」




「それは中々な注文だな。自分が自分であることが、一番難しい」




 俺は冗談めかして言う。




 今の俺の境遇を考えるとあんまりシャレになってないけどな。




「ふふっ、哲学的ですね」




 祈ちゃんはクスっと笑うと、再び読みかけの文庫本に目を落とした。




 創作活動にも熱中できて、それを理解してくれる友達もいて、祈ちゃん的にはかなり満足した生活を送れてるんじゃないだろうか。彼女にはこのままクリエイターとしてどんどん忙しくなってもらい、現実世界の恋愛にあまり興味がないようになってもらえるとありがたい。




「あー、なんか食ったら、タルくなってきた。この後は、雪合戦やめて、まったりしねえ?」




 おしるこを三杯おかわりしてから、翼は大きく欠伸をする。




「あら、勝ち逃げなさるおつもりですの?」




 シエルが白玉にフォークを突き刺して言う。




「いや、マジで最近ちょっと寝不足なんだよ。前にユウキが、オレがちょろっと出た映画のDVD送ってくれたじゃん? あれが結構おもしろくて、ああいうジャンルの映画にハマっちまってさ」


「ああ、翼がエキストラやってくれた、『クロコdieル』な。一部のマニアに人気で、続編決まってるんだよ、アレ」




 俺は現在、メインラインのまともな映画とは別に、低予算のB級――とすらいえないC級映画を定期的にとっている。




 俺がママンから買った女の子たちは、一応子役という建前なので、彼女たちに仮初の仕事を与える必要があるからだ。




 ちなみに、『クロコdieル』はアサイ〇ムあたりが撮ってそうな、チープなモンスターパニックものだ。テレ東の午後のロード〇ョーとかで放映されると、実況が盛り上がるタイプの映画である。




「そうそう。ああいう、サメとかワニとか出てくるやつ、もっとテレビでやればいいのにな。ジ〇リとかばっかじゃなくてよ」




「あら、私はジ〇リ好きよ。ト〇ロのお腹でモフモフしてみたいわ」




 みかちゃんがさりげなく翼の器におかわりを注いでやりながら言った。




 さすがにみかちゃんは、あざとさアピールする機会を逃さないね。




 同じアニメでも、ここでディズ〇―とかマイ〇ロとかが好きとか言うとちょっとメンがヘラってるのかな? という警戒感を男子にあたえがちだけど、ジ〇リだと健全に育ってきたピュアな女の子なニュアンスが残るからね。




 まあ、みかちゃんはそういう計算づくではやってないんだろうけど、ナチュラルにあざとさの神に愛されているからしょうがない。




「それで、結局、今日の雪遊びはお開きですの?」




「いや、俺は遊び足りないし、普通に映画組と雪遊び組に分かれればいいんじゃね? 映画観るんなら、俺の事務所に大型のスクリーンがあるから、それ使っていいぞ。撮影の参考用にその手の映画は大体揃ってるし、なんなら、ソファベッドもある」




 俺はシエルの欲求不満を感じ取って、折衷案を出す。




「お、最高じゃねーかそれ。オレと一緒に来る奴はいるか?」




 翼が立ち上がって辺りを見渡す。




「フランス映画とかならばともかく、そういった類のジャンルは、ワタクシの趣味ではありませんわ」




「私は、次は実際に雪合戦に参加してみたいと思ってます」




「かわいくない映画いやー」




「ごめんなさい。私は、ゆうくんのお世話をしたいから」




「私もゆーくんと一緒ー」




 翼以外のヒロインたちはあまり乗り気じゃないようだ。




 まあ、クソ映画好きなんて少数派だしね。




「おいおい。オレだけかよ。やっぱ、香もか?」




「えっと、僕はどうしようかな……」




 香は、隣の渚ちゃんをチラチラ見ながら、逡巡する様子を見せる。




「翼、事務所の方に行くのは初めてだろ? 香、悪いけど案内してやってくれないか?」




 俺はすかさず助け船を出した。




 全く、俺氏は本当に気が遣える男だぜ。




 これじゃあ、俺の方が親友キャラみたいじゃねーか。




「でも、渚が……」




「大丈夫。渚ちゃんの面倒は私に任せて」




 俺の意図を察したみかちゃんがフォローする。




「なら、ちょっと、行ってみよう、かな」




 香がちょっと照れくさそうに言う。




「おっ、そうこなくっちゃな。やっぱ、ああいうのは、誰かとツッコミながら観た方がおもしれーからな――行くぞ!」




「そっちは反対方向だよ!」




 翼と香が連れ立って席を立つ。




(マイベストフレンドは翼ルート確定か……。できれば、もうちょっと彼を有効活用したかったな……)




 現状、香くんのスペックを十分に活かせてるとは言い難いが、変にこじれるよりはマシだと思うほかない。




 俺は親友の後ろ姿を、微妙な気分で見送った。


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