第66話 かがくのちからってすげー

 俺は手抜きでも超速いアイちゃんについていくのに息を切らしながら、ハードめの散歩を終える。




 その終着点は、もちろん、シエルの洋館の前だ。




 閉ざされた門扉の先では、佩刀はいとうしたメイド服姿のソフィアが一人、神妙な面持ちで佇んでいる。




「ようこそ。ミスターユウキ、そしてお付きの方も」




 ソフィアが距離感のある口調で言って、西洋式のお辞儀をした。




 つまり、「知り合いといえども容赦しませんよ」という合図だ。




「あらぁー。チュウ子じゃなぃー。アタシをお出迎えしてくれるのねぇー」




「はい。お嬢様がお客人に失礼があってはならないとおっしゃりまして」




 ソフィアは静かにそう答えて抜刀する。




「何か仕込んでるわねぇ? ――まぁ、いいわぁ! この前の続きをしましょうよぉ!」




 アイちゃんも鋼鉄の爪を構えて駆けだした。




 門扉に足をかけて跳び上がると、ソフィアへと襲い掛かった。




「お相手します」




 ソフィアは剣でアイちゃんの斬撃を受ける。




「遅ぃ! 遅ぃ! 遅ぃ!」




「腕を上げましたか?」




「優しぃマスターぁが、かわいがってくれるものぉー。うらやましいかしらぁ?」




 アイちゃんがやや優勢だ。ソフィアは何とか致命傷は避けているが、細かな切り傷をあちこちに作っている。




 どうやら、アイちゃんは能力を抑えてはいても、ワンランク上の動きを身体が覚えているせいか、素の力もちょっと上がってるらしい。




「いえ。私にはお嬢様がおりますから」




 ソフィアはクールに言って、徐々に後ろへと退却していく。




 やがて、二人の戦場が、コの字型の建物に囲まれた中庭――イングリッシュガーデンへと移った。




「ふふふ。いつまで逃げられるかしらぁ? このままじゃ、袋のチュウ子よぉ?」




「では、窮鼠猫を噛ませて頂きましょう!」




 ソフィアがそう叫んだ瞬間、ザッ!っと、空気が揺れる音がした。




 蜃気楼に囲まれたようにアイちゃんの姿が見えなくなる。




「うぐぐぅ! どっから湧いたのよぉ! このウドの大木どもわぁ!」




 アイちゃんが苦しげにうめいた。




「光学迷彩です。しかも、赤外線センサーも通り抜けられる優れものですよ。あなたが熱量感知に優れていることは知っていましたから――あっ、対刃、耐熱性能にも優れていますから、大人しくしていてください」




「だからどうしたぁ! こんなものぉ! 何回かぶん殴れば壊れるでしょぉ!」




 アイちゃんが必死に暴れる。




 兵装が損傷したのか、宇宙服をイカツくしたような男たちの姿が現出する。バイオ〇ザードのアンブレ〇社が繰り出してきそうなやつだ。




 彼らが、巨大な盾でアイちゃんを押しつぶしている状況らしい。




「さすがにやりますね。ですが、10秒も持てば十分です」




 ガラッっと、洋館も窓が一斉に開き、メイドが大量に飛び出してくる。




 彼女たちの肩には、バズーカ砲みたいなクソでか銃が装備されていた。




 その砲身から、半固形状の何かが発射される。




 阿吽の呼吸で盾男たちが飛び退き、アイちゃんに大量の白いネバネバがブチ当たった。




 ものの数秒もしない内に、アイちゃんを囲むドームが完成する。




 どうやら、さっきの銃はグルーガンの強化版とでもいうべき鎮圧用の武器だったようだ。




「あなたが外に出られたことを、スモークでお祝いしましょう。毒性はありませんから、安心してください」




 ソフィアが剣を振ると、ダイアモンドダストが宙を舞った。




 アイちゃんを囲むドームから、白い煙が漏れ始める。




「くっ。ドライアイスぅ!? チュウ子ぉー! 覚えておきなさいよぉー! アタシはぁ! 絶対に勝ち逃げは許さな――」




 しばらく喚いていたアイちゃんだったが、やがてその声も途切れた。




 よかったぁ。実は俺、勝負に熱くなったアイちゃんが、ついパワーアップバージョンの力をつかっちゃうんじゃないかって心配してたんだよね。強化したアイちゃんの本気の炎は、二酸化炭素ごときじゃ消えない。『魂』を焼き尽くす煉獄で厨二なアレだからさ。




 でも、蓋を開けてみれば、見事な負け演技だ。




(よくやってくれた。アイちゃん。君をパートナーに選んでよかったよ)




 あんまりこっちが強すぎると、シエルのお兄様の警戒を呼ぶから、ここは負けてくれるくらいでちょうどいい。つーか、メイド長はこっちの戦力を測るつもりでこの対決をもちかけてきたんだろうし。




「勝負は決したな。俺たちの負けだ。潔く認めるから、アイを解放してくれないか」




「――かしこまりました。では、お嬢様に伝えて参ります」




 俺の頼みに、ソフィアは綺麗なお辞儀で応えてみせた。

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