第62話 小学生の一年間は大人の五年相当

「アイドルとしてそつのない対応をしつつも、番組的なヒキも作る。さすがだな」




 俺は適当に知ったような口を利く。




「ふーん、ゆーくんはああいう子と結婚したいんだあー」


「アイドルがライバルだと、さすがにハードル高いなあ」




 二人が俺をジト目で見てくる。




 よかった。二人の矛先が小百合ちゃんに向いてくれて。身近な幼馴染二人が争うより、『気になる男が自分とは似てないアイドルをタイプだと言って不機嫌』なイベントの方がずっといい。身近にいないアイドルへの嫉妬は罪がないからね。




「なに言ってんだ。小百合さんは中学生のお姉さんだろ」




 俺はぶっきらぼうに答えた。




 作中において、小百合ちゃんの年齢は明言されてないが、おそらく、四~五歳くらい年上だと思われる。




 大人になれば、このくらいの年齢差なんて大したことないが、小学生時代におけるこの差はマリアナ海溝より深い。一つ違う学年の教室に行くのにも、勇気がいるお年頃だからね。




「ふふふ、でも、ゆうくんがこのまま俳優さんになったら、きっと小百合ちゃんの他にも、美人な女優さんといっぱい出会うわよ。ドキドキがいっぱいね?」




 ぷひ子ママンがからかうように言う。




「役者の真似事はあれ一回きりですよ。俺は裏方の方が向いてるんです」




 俺は冷や汗を掻きながら、そう決意表明する。実は白山監督とか、佐久間さん経由で俺やアイちゃんにオファーは来ているが、全部のらりくらりと回避しているのだ。




 つーか、さっきは無意識的に本編の主人公のセリフを抜き出して、総理大臣になりたいとかほざいてしまったが、よく考えたら今の権力志向な俺の立場だと半分シャレにならんな。反省反省。




「そうかな。私はゆうくん、役者の才能もあると思うけど」




「うん! 私もみかちゃんに賛成ー!」




 みかちゃんとぷひ子が俺をおだててくる。




 ああ知ってるよ。




 ギャルゲー主人公という生き物はカメレオンなんだよ。ルートによって大体、なんでもそこそこできるように仕組まれてるんだ。




「お世辞はいいって。それより、朝ごはんを食べようよ。――ん? この納豆にかかってるの、なんだ? 醤油じゃないよな?」




 俺は箸で納豆をかき混ぜようとして、手を止める。




「あっ! あのね。今日はね。タレをナンプラーとごま油にしたんだよ。ゆーくんが、お醤油の味に飽きたって言ってたから、『くふー』したの」




 ぷひ子が自慢げに胸を張った。




 醤油味に飽きたっていうのはそういう意味じゃねーよ。




 たまにはバターをしゃびしゃびに浸したトーストを食いたいって意味だよ。




「ナンプラー? そんな邪道な――美味いじゃねえか」




 俺はベテランお笑い芸人のような反応を返し、内心の不満を押し隠してご飯と納豆をもりもり食べる。




 ヒロインの出してくるメシは、炭化してようが、ダークマターだろうが黙って食う。それがギャルゲーの主人公の誇りというものだ。




「ぷひゅひゅー。そうでしょ。ゆーくんがおいしそうに食べてくれて、嬉しいな。今、お茶を入れるね」




 そう言いながら、ウキウキでティーポットからカップに液体を注ぐ。




 ぷひ子が嬉しそうでなにより。




「努力してて偉いわ。ぷひちゃん! だから、お茶もタイ風にハーブティーなのね!」




「そうなの! ほら、ゆーくんも飲んで! ――あっ!」




 嫁気取りで世話を焼こうとしたぷひ子が、盛大にハーブティーをテーブルにぶちまける。




「っつ!」




 しぶきが手とパジャマにかかり、俺はくぐもった声を漏らした。




「ぷひゃひゃー。ゆーくん。ごめんー! はい、拭くものー!」




「いや、それ床を拭いた雑巾じゃねーか!」




 ギャルゲーにありがちな出来損ないのコントみたいなノルマを達成する。




 おもんないって? これも主人公の義務なのです。文句はキロバイト制でライターの報酬が決まる、ギャルゲー業界の闇に言え。




「はい。ゆうくん」




「ああ、ありがとう。みか姉」




 みかちゃんがさりげなく出してきたハンカチを受け取って、手と服を拭く。




「ぷひゅー。またやっちゃった」




「気にすんなよ。どうせ出かける前に着替えるしな」




 俺は鷹揚に言った。




「ゆーくん、後で私がお洗濯しておくね!」




 こう言うみかちゃんは、隠れドスケベでにおいフェチの気があるので、後で俺の脱いだ服をくんかくんかするつもりだろう。バリきも――くはないけどあざとー。




「みかちゃん、私のせいで濡れたんだから、私がやるー!」




 ぷひ子はそういう変態性はないけど、洗濯水に納豆菌をぶち込んだら綺麗になるとかいうオカルトを信じてるからNG。




「いや、二人共、洗濯は自分でするから大丈夫だって。それに、みかちゃんには新しい仕事を頼むから、減らせる負担は減らしていかないと」




 そもそも、今日、みかちゃんがここにいるのも、この後で仕事のイントロデュースをするためだし。




「お仕事って、前に言ってた、新しく来る子たちのお世話?」




「うん。女の子ばっかりだから、俺だと色々行き届かないだろうし」




「いいなー。私も、ゆーくんのお手伝いしたーい!」




 やめろ。ぷひ子。お前がやる気を出すと大体ろくなことにならない。




 『無能な働き者は殺せ』って、ネット軍師様がゆってた!




 でも、ぷひ子もなんか仕事に絡めてやらないとねそうだしなー。




 他のヒロインは将来から逆算して、適切な仕事を振れるけど、ぷひ子はマジで『主人公のお嫁さん(爆)』以外の役割が与えられてないし、困るんだよなー。漬物屋にでもするか、マジで。




 親でもないのに、ぷひ子の将来を心配しながら、俺はごちそう様を言って、みかちゃんと一緒にぷひ子家を後にした。


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