第61話 アイドルはコメント力がものを言う

『――という訳で、今日はなんと、ゲストに、アイドルにして、最近は女優としても大変ご活躍の、小日向小百合さんに来て頂きましたー』




 テレビに映し出されたバラエティ系情報番組の司会者が、朗らかに言う。




『よろしくお願いします』




 拍手に出迎えられ、椅子に座った小百合ちゃんは照れくさそうにはにかみながら頭を下げた。いつまでも失われないこの初々しさが彼女の人気の秘訣である。




「あー、小百合ちゃんだー!」




「最近、ますます大人気よね」




 ぷひ子とみかちゃんが親しみの籠った声で言った。ただでさえ娯楽の少ない田舎なので、こんな所までわざわざ来てくれた芸能人への村人からの好感度は高い。




『さて、早速ですが、小百合さんはアイドルとしての不動の人気はもちろん、最近では、皆さんもご存じの、【君の名を時に刻んで】の体当たりの熱演が大変話題になりました。昨日、【キミキザ】が邦画の歴代興行収入を塗り替えたとの一報もありましたが、その辺り、どう思われますか?』




『そうですね……。映画の成功については、白山監督を始めとして、他のスタッフの皆さん全員の努力の賜物ですので、一演者の私が言えることはあまり多くないのですが、とにかく、あの素晴らしい映画を多くの人に観てもらえているということが、純粋に嬉しいです』




『またまたー、ご謙遜を。一部、インターネット掲示板の噂によると、あなたの圧倒的なオーラにほだされて、本物のヤクザが改心し、組をたたんだという小百合伝説がまことしやかに流れていますが!』




『それは嘘です! 私にはそんな力はありませんよ! 彼らが改心したのは、祐樹くん――プロデュ―サーさんが、社会貢献事業の一環として、優れた再生プログラムを組んだおかげだと伺ってます』




 小百合ちゃんが首をブンブン横に振って否定する。




 俺の名前を出さないでくれって言ってるんだけどなあ。小百合ちゃんは根が正直だから、嘘がつけないんだよね。




 ちなみに、今は司会が冗談半分で言ってるが、小百合ちゃんにはガチの精神感応系の力がある。




 第三作において、成長した小百合ちゃんは歌の力で国民全部に精神的にバフをかける強キャラとなっているのがその証拠だ。なんで遠い未来に小百合ちゃんがいるかというと――まあそれはいいか。




『出ました! 突如、彗星の様に映画界に現れた、名プロデュ―サー兼、天才子役。一部では話題作りのためのヤラセではないかという心無い噂もありますが……。確か、脚本の子や小百合さんの子ども時代役の子も、地元の小学生だと聞いています』




 司会の男がここぞとばかりに突っ込んだ。




 そりゃ気になるよね。




 白山監督もインタビューでやたらに俺や祈ちゃんを持ち上げてくれてるしな。




(映画が大ヒットしたのはよかったが、弊害もあるなあ……)




 やはり、何事も完璧にはいかないものだ。




 映画は俺の想定以上の売行きとなり、白山監督はキャリアを完全に取り戻し、小百合ちゃんは女優としての華々しい一歩を踏み出した。映画の舞台として、神社は有名になり、俺がテレビでCMを打ちまくったこともあって、参拝客も爆増している。それはすなわち、たまちゃんの生活が豊かになり、浄化パワーも溜まりに溜まっているということを意味する。




 それらは全て、文句なしに良いことだ。




 望ましくなかったのは、俺とアイちゃんにも少なからぬファンがついたことである。




 後ろ暗いことにも手を染めてる俺とアイちゃんにとって、有名になることは望ましくない。




 でも、世間の話題が流れるのは早い。このままメディアへの塩対応をしてればその内、俺とアイちゃんへの興味も落ち着くだろう。それまでは、まあ、町を歩いていて、聖地巡礼に来たファンに「写真撮ってください」って言われれば応じるくらいのサービスをしてやれば十分だ。




『そうですよね。にわかには信じがたい話だとは思いますが、それに関しては本当です。私が保証します。脚本家の祈ちゃんも祐樹くんもアイちゃんも、誰かの操り人形だということは絶対にありません』




 小百合ちゃんが真剣な表情で言う。




『だとすると、ますます気になりますねえ。あまり表に出てこられないようですが、どのような方々なのでしょう』




『彼らはあまりプライベートを明らかにすることを望んでいないようですので、私がアレコレ言う訳には――。ごめんなさい。でも、とてもいい子たちですよ』




 どうだろうなー。本当にいい子かなー。俺と祈ちゃんはともかく、アイちゃんは微妙なところだろうな。




『わかりました。では、お相手役の西入大介さんについてはどうでしょう。映画が素晴らしかっただけに、一部の小百合ファンは、現実世界でも映画と同じような関係になってしまうのではと、戦々恐々としております』




 司会が、「ここからが本題だ」とばかりに、力を入れて言う。




『えっと、素晴らしい俳優さんだとは思いますが、私は連絡先も知りませんので……。向こうも大変お忙しいみたいですし、あれから一度もお会いできてません』




 小百合ちゃんは困惑したように答えた。




『ほうほう。ここは、そういうことにしておきましょう。では、好みの男性のタイプは?』




『そうですねえ……。エネルギッシュで、仕事に対して真摯で、思いやりのある男性、でしょうか』




 小百合ちゃんがしばらく逡巡してから言った。




『西入さんでないとすれば――それは白山監督のような、でしょうか』




『ええ、ああ、そうか。この文脈だと、そうとられてしまいますよね。でも、白山監督はご結婚されてますよ』




『おおっと、今の答えは、白山監督以外に、具体的に思い浮かべるような気になる男性がいらっしゃると解釈してよろしいですか?』




『ふふっ――どうでしょう。アイドルは恋愛禁止ですから』




 小百合ちゃんは、含みをもたせた笑みを浮かべた。

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