第53話 専守防衛は日本の誇り(3)

「えっと、いや、あの、普通に交渉に行くだけですよ? この映画に使えるような切った張ったのシーンは撮れませんから、無意味です」




 俺も小声で返す。




「やめましょう、嘘は。あなたの目には、鳩ではなく、鷹が宿っている。ただお金を払って終わり、ということはないでしょう」




 わかるの?




 名監督ってスゲー。これが人間観察眼ってやつ?




「……そうですね。もちろん、相手が相手だけに、丸腰では交渉にはいかないですよ。ただ言いなりになるだけだと、死ぬまで搾取され続けるんで、それなりに踏ん張るつもりです。場合によっては、血を見るかもしれません。ですが、たとえどのような展開になろうと、俺が行く交渉シーン、映画には使えませんよ。言うまでもなく、様々な法に抵触する上に、色んな機密もあります。いくら監督でも、そこは譲れません。無茶して映画が公開中止になってしまえば、元も子もないでしょう?」




 俺は淡々と筋道立てて言った。




 理屈の分からない人じゃないし、これで納得してくれるよね。




「シーンの使える使えないは、後の編集次第でどうにでもなります。とにかく、私は撮りたい。撮らなければいけない。映画監督歴40年の勘が、そう言ってるんです」




 急に勘とか言い始めたよこの人。




 さっきまではロジハラおじさんだったじゃん。いきなりパッションキャラになれても困るよ。いや、いきなりじゃないか。白山監督の映画魂に火をつけたのは俺だ。




 うーん。無理に断るとやる気なくしそうだなー、この監督。一度決めたら譲らなそうだし。




「ですが、本当に危ないですよ。文字通り命の危険があります」




「先ほど私はこの映画に命をかけると言いました。私を、嘘つきにしないでください」




「……わかりました。でも、連れていけるのは最低限の人数だけです。くれぐれも、内密に」




「もちろんです。こう見えて、私は潜入ルポ系の映画も撮ってましてね。その辺りの配慮はご安心ください」




 白山監督は静かに呟いて、何事もなかったかのように元の監督席に戻っていく。




「ふふふ、なんだか、おもしろくなってきたわねぇ! 早く殺しに行きましょうよぉ!」




 アイちゃんが今にも絶頂を迎えそうな高めの声で話しかけてきた。




「――いや、やっぱり殺しはなしだ。俺もぶっ殺そうと思ってたが、事情が変わった。戦闘現場を撮られるなら、あんまり派手にやり過ぎるとマズい。ヤクザは生きたまま無力化する」




 白山監督は気にしないだろうが、18禁グロ現場を俺がこしらえた所が映像として残ると、ヒロインたちの好感度が下がる可能性がある。




「はぁ!? もう殺しの身体になっちゃってるんですけどぉ? このアタシの火照りぃ、どうしてくれる訳ぇ?」




 そんな今日は「ラーメンの口になっちゃってる」みたいなこと言われても知らんし。




「落ち着け。今から、雑魚ヤクザを殺すよりも感じる所に連れて行ってやるから。アイとの約束を果たす。お望み通り、強くしてやるよ」




 言うまでもなく、ただ殺すよりも、生きたまま無力化する方が難しい。殺すだけなら今のアイちゃんで良かったが、無力化なら、念のために彼女を強化しておいた方が安心だ。




「大きく出たわねぇ! アタシの楽しみを奪うっていうならぁ、相応のモノなんでしょうねぇ! もし、これ以上ふざけたことするんならぁ――」




 アイちゃんが俺の両腕をガッチリ掴んで犬歯を剥き出しにする。




 イタタタタタ。力強っ。




 これ後で見たら青痣になってるやつや!




「かなり自信はある。でも、マジでキツいぞ?」




「誰にもの言ってるのぉ? そんなの余裕に決まってるでしょぉ? 痛いくらいが、気持ちいいのよぉ!?」




 アイちゃんがアヘアヘ笑って言った。




 いいだろう。なら、アイちゃんを早速ご招待しよう。超スパルタ式ユウキズブートキャンプへ!

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