第52話 専守防衛は日本の誇り(2)

「おらあ! どうした! だんまりしてんじゃねえぞ!」




「責任者出てこんかい!」




 ヤクザたちが肩をいからせて叫ぶ。




「――ふう。私ですか……。実記シリーズの時代を思い出しますねえ……」




 白山監督は、全く動じることなく立ち上がった。




 ありがたいけど、ここはギャルゲー的には主人公の見せ場だ。




「いえいえ、監督。責任者といえば、ここは、一応、プロデュ―サー兼、出資者の俺だと思います」




 俺は一歩進み出る。ヤクザの目的は基本的にお金であるので、雇われの監督を脅しても意味がない。現にヤクザたちがこっちガン見してきてるし。




 ヤクザさん的には、大勢の前で俺をやりこめて面子を潰して、映画を中止に追い込んで、地元での権勢を維持できればベスト。それが無理でも、協力金という形で揺すってマウント取るのが勝利ラインってとこかな。




「おう。ガキ。いくらママのおっぱいが美味いからっていつまでも吸うとったらあかんぞ。そろそろ、乳離れせんかい! ペッ」




 ヤクザは小馬鹿にしたように言って、俺に唾を吐きかけてきた。




 俺は一歩引いてかわす。




 腹パンしてこないだけ、ヤクザさんも一応、子ども相手だから手加減してるのかもしれない。




 っていうか、ヤクザさんたちは、ママンが色んな金稼ぎの首謀者だと思ってるんだね。




 まあ、当たらずも遠からずだし、常識的に考えて、俺みたいな小学生がガチで全部考えてると思う方が不自然だ。




 実際、ママンは、裏の仕事だけじゃなくて、合法的な表の事業でもそこそこ名を馳せた実業家だもんね。




 でも、このヤクザさんたちはスキュラのことは知らないみたい。まあ、知ってたら手を出してこないだろうしね。




 所詮はヤクザって言っても、田舎も田舎の下部団体だもの。情報網もショボいもんだ。




 これが東京都心の上級ヤクザとかになると、話は違ってくるんだけど。




「生憎、離れるもなにも、俺は一度も母さんの乳を飲んだことはないですよ」




 俺はヤクザさんたちに微笑んで言う。




「その代わりに今はスネしゃぶっとるやないけ」




「そうじゃのお。ガキやと思うて大目に見てやってたら、随分好き勝手やってくれとるみたいやなあ」




 ヤクザズは俺を左右から睨みつけてくる。




「なんのことでしょう」




 俺はとぼけて首を傾げる。




「工場の誘致も、庁舎の改築も、全部ワシらの組が進めてきた話やぞ。それを後から割り込むなんて勝手が許されると思っとんのかい!」




「よくわかりません。競争入札は法律で決められた正式な手続きですよね」




「そういう話しとるんとちゃうやろがい! ワシらは人としての誠意の話をしとるんやがい!」




「あんまり舐めとったら、痛い目みるで」




「そんなことおっしゃられても、俺は地域の振興のために尽力しているだけなので」




 俺は肩をすくめた。




「必要ないけ。江戸の昔から、ここは賽蛾組が仕切って盛り立ててきとんじゃけ!」




「余計なことしくさってからに!」




 ガン! と、ヤクザたちが錆びたシャッターを蹴飛ばしてすごむ。




 盛り立ててって、その果てがシャッター商店街なんですけど! あんたら放っておくと、地元の禁忌無視の無茶工事のせいでいらんものが掘り起こされてヤバフラグが立つんですけど!




「そうですか。では、地域を想うもの同士、仲良くしましょう。誤解があるようですけど、俺は賽蛾組の皆さんに、『誠意』を見せてもいいと思ってますよ」




「ほう。殊勝なガキやな。ほな、とりあえず、入札分の誠意を見せてもらおか」




「今からうちの事務所に来いや」




「行っても構いませんが、時間の無駄になります。俺に最終決定権はないので、母と相談させてください。もっとも、長くはお待たせしませんよ。明日中に『ご挨拶』に伺いますから」




 俺はヤクザたちを真っ向から見返して言った。




「……まあ、そういうことならええやろ。その言葉、忘れんなや」




「もし舐めた態度とったら、今度はもっと大勢で遊びにくるきぃなあ!」




 ヤクザたちはそれだけ言い残すと、踵を返し、肩で風を切って、去って行った。




「さあ! 皆さん、ご心配おかけしました! トラブルは解決しましたので、ご安心ください」




 俺は空気を変えるように手を叩き、努めて明るい声で言った。




「祐樹くん……」




 俺に近づいてきた監督が、何とも言えない表情で肩を叩いてくる。




「白山監督、安心してください。撮影スケジュールには影響が出ないように、ちゃんとカタをつけてきますから。――監督は、このくらいで映画撮影を諦めたりしませんよね?」




 俺はわざと注目を集めるように、周りに聞こえるような大声で言った。




 この監督なら周りを鼓舞するようなことを言ってくれると期待して。




「もちろんですよ。私も、私のスタッフも、この程度で弱気になるようなヤワな人間はいません! 私はあなたの映画作りへの情熱に心打たれました。命に代えても、この映画を完成させる所存です」




 果たして監督は、俺の期待通りの答えをしてくれた。監督にここまで言われたら、内心ビビってるスタッフもやらざるを得ないだろう。




 撮影現場に、静かな闘志がみなぎるのが分かる。




「よくぞ言ってくれました! 最高の映画を作りましょう!」




 俺と監督はがっつり握手をかわした。




「――佐久間さん。私、初めての映画がこの現場で、本当によかったです」




「そうねえ。でも、これが当たり前だと思うと、他の現場でがっかりしちゃいそうね」




「ぷふー! ゆうくん、かっこいいー」




「男の子って、熱いわね……」




「言葉は――表現は、剣よりも強いということを、野蛮人に証明しましょう」




「僕も、大したことはできないけど、最後まで付き合うよ!」




「渚もいっしょー!」




 俺に向けられるヒロインたちからの尊敬の眼差し。




 ここは、主人公の面目躍如といったところか。




「よかった! 皆さんのご協力に感謝します! では、演者の皆さんはしばらく休憩にして、セットが直ったら、撮影を再開してください!」




 俺は熱気冷めやらぬ内にそう宣言する。




 慌ただしく動き始める現場。




 俺は邪魔にならないように、隅の方へと移動する。




「――それで、祐樹くん」




「ああ、監督、まだ何か」




「――いえ、その、せっかくですから、あなたが暴力団の事務所に交渉に向かう所、撮らせてもらえませんかねえ」




 白山監督は、なぜか照れくさそうに頭を掻きながら、俺の耳元で囁いた。




 その瞳には、静かな狂気が宿っている。




 いや、いきなり、何言い始めたのこの人。


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