第45話 名監督はいい画のために民家を壊す(1)

 撮影開始当日は、絶好の秋晴れに恵まれた。




 寂れていた神社の境内は、撮影機材やらスタッフやら演者やらでごった返し、周囲には村中からやってきた見物客が首を長くして待っている。




 まあ、退屈な田舎には滅多にないイベントだからね。




 この上、小百合ちゃんが来たら、すごいことになりそうだな。




 小学校? んなもん。余裕で公欠だわ。今や俺が出した金で飯食ってる村民が少なからずいる状況だからね。彼らの反感を恐れて、教師たちもあまり強く出れない。さらに、村のPRという役割を兼ねているとなればなおさらだ。




 ほんと金と権力って最高!




「こんにちは。この度は、こんな素人の映画をご高名な白山監督に撮って頂き、とても光栄です」




「いえいえ、素人なんてご謙遜を。こんな素晴らしい脚本をとらせて頂き、とても嬉しく思っています」




 白山監督は深々と頭を下げた。




 白山監督は、細身の中年男性である。




 服装も全身量販店のものに身を包み、髪には白髪がメッシュで入ってる。一言でいえば、某無免許医ブラックジャッ〇を素直にしたような顔だ。




「でも、正直、困惑されたんじゃないですか。私のような小学生が出資者で、脚本も俺の友達だし」




「創作活動に年齢は関係ないですよ。出来上がった作品が全てです」




 白山監督は仏のようなアルカイックスマイルを浮かべて答える。




 なんだ。やっぱりいい人そうじゃん。




 誰だよ。癖強とか言ったやつ。




「そう言って頂けると助かります」




「では、早速、私の仕事をはじめても構いませんか?」




「そうですね。お願いします」




「――では、いきましょう」




 白山監督はスッと目を細めて、右手を振ってスタッフに合図を出す。




「本番一分前でーす! 準備お願いしまーす!」




 スタッフが大声でそう呼びかける。




 映画の冒頭は、神社で子どもたちが遊んでいるシーンから始まる。鈍くさくてみんなからいじめられてるヒロイン役のぷひ子を、香ことヒーロー役が助ける場面である。




「ぷひゃー、緊張するー」




 ぷひ子が目を白黒させて言う。




「ふうー」




 香が大きく深呼吸する。




「早く遊びたーい!」




 渚ちゃんはよくわかってないのか、大物なのか、ワクワクしたように肩を震わせている。




 そして、他のプロのエキストラ子役のみなさんは、落ち着いたものだ。




 あっ、ちなみに翼は、夏休みが終わってとっくに親元に帰ってるのでここにはいない。彼女は夏休みの間だけ、祖父母の家があるこっちの田舎に遊びにきてただけだから。もちろん、関係性が途切れた訳ではなく、本編とは違って、ちょっと長めの連休があったら遊びにやってくる程度のつながりは維持している。だが、今回の件に関しては、まあ、本人も「あ? 演技なんかできねーよ。セリフとか覚えらんねーし」と興味なさげだったのでよしとしよう。まあ、打ち上げに呼んで高めの飯でも食わせとけば、奴は十分に満足するだろう。




「本番、5秒前! 4、3、2、1!」




 カチンコが小気味いい音を立てて、映画撮影がスタートする。








 鬼ごっこに興じる子どもたち。




 ワーキャー言いながら走り回るモブ子役たちを必死で追いかけるぷひ子。だけど追いつけない。つーかリアルぷひ子もかけっこはクソ遅いので演技の必要がない。




「もー、いつまでこの子が鬼―?」




「ったくさー、鬼が遅すぎたら鬼ごっこにならねーよな」




「ああ。ぶっちゃけ邪魔だよ」




「トロは足が早いのに、トロ子の足は遅いのね!」




「トロ子は大人しく家に帰ってマグロ女とガリでも食ってろ!」




 マグロ女とはもちろんエッチなやつではなく、ぷひ子が演じるヒロインの母親が寿司屋を営んでるからである。




「「「帰れ! 帰れ! 帰れ! 帰れ!」」」」




 モブ子役たちがぷひ子を煽る。




「か、帰らない、もん!」




 涙目のぷひ子が必死に子役たちを追いかける。




 あー、鬼ごっことか心臓がドキドキする。伝奇ものやホラーで鬼ごっことか大体ろくなことにならないし。




 もちろん、この境内はたまちゃんパワーで聖域サンクチュアリになってるからセーフだけど、もし監督が他のところで撮りたいとか言い出したらどうしよう。




「ぷひ、ぷひ、ぷひ、ぷひ、あっ!」




 ぷひ子が境内の縁石に足をとられてバランスを崩す。




 今にも転びそうになったその時――




「大丈夫か?」




 ガシッとその腕を掴む少年。




 禰宜ねぎ姿の香くんの登場だ。




 女の巫女がいいって?




 変なフラグが立つから絶対やらせねーよ?




「あ、ありがとう」




「別に。俺はただ、下手に転ばれて境内を血で汚したくなかっただけだから」




「お、追いかけなくちゃ」




「なんで?」




「だって、私、鬼だから」




「もう、違うだろ」




「え?」




「俺に触ったんだから」




 香のイケメンスマイルが炸裂! きっとショタコンお姉さんも喜んでくれるはずだ。などと思っていた矢先――




「カット!」




 監督の一声で、突如撮影が中断した。

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