第46話 名監督はいい画のために民家を壊す(2)

「香くん。もっと、突き放すような優しさでお願いします。部屋の中を徘徊する蜘蛛を外に逃がしてやるような、距離感のある優しさです。あなたは、親身になりすぎている。現段階で、ヒロインとの関係はそれほどまで深くはないはずです」




 監督から指摘が入る。




 俺は気にならなかったけど、まあ、香氏は優しすぎるとこあるからね。




「スタンバイ! 5、4、3、2、1」








 繰り返される冒頭シーン。




「大丈夫か」




「あ、ありがとう」




「別に。俺は下手に転ばれて境内を血で汚したくなかっただけ――」








「カット!」




(なんでやねん! マイベストフレンドめっちゃ頑張っとったやんけ!)




 俺は心の中で突っ込んだ。素人目には、香はちゃんと監督の要求に応えられていたように思うのだが。




「違う。違いますよ。なにかが、足りませんねえ。こう、大鳥のような。もっと、俯瞰で物を見ている雰囲気が……」




 白山監督が椅子から立ち上がり、顎に手を当てながら、グルグルと円を描いて歩き回る。




 なんかポエミーなことを言い出したぞこの監督。




「なにか、問題がありますか? 私の脚本のせいなら、合理的な理由をおっしゃって頂ければ直します」




 祈ちゃんが心配そうに言った。




「いえ、脚本自体には問題がありませんよ。むしろ、もっと脚本に忠実に展開したいだけです。彼は、実は未来からきた人間で、全てを知っている役どころですよね。つまり、少年といえど、どこか達観した部分が必要な訳です。香くんの演技は決して悪くないが、その『達観』が足りません。これは、演技指導でどうにかなるような問題ではなさそうですね……」




「えっと、それはつまり、ヒーロー役を変えろ、と?」




「はい。できればそうして頂けるとありがたい。重ね重ね言いますが、そちらの香くんの演技は悪くありませんでしたよ。落ち込まないでください」




 もう変更が決定事項のように、白山監督が言い放った。




 大御所がそう言うと、誰も逆らえない雰囲気がある。




(これは欲張らずに言いなりになる新人監督を引っ張ってくるべきだったかなあ)




 今更後悔するが、俺は映画に詳しくないので、新人監督のツテなんてない。




「えっと、変えると言っても、どうしますか? エキストラの男の子の誰かから選びます?」




 祈ちゃんが困惑顔で言う。




「それでは、おそらくだめですねえ。プロの子役は客観性がある子も多いですが。私が求めているのは、もっとこう、広義の、人生や世界観そのものに対する諦念がにじみ出てる人間です。そう。例えば――あなたみたいな」




 白山監督がアルカイックスマイルを浮かべたまま俺を見た。


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