第33話 巫女巫女はやっぱりナース

 まだ空に朝焼けが残る早朝、俺は一人、村の外れにある神社へとやってきた。




 俺がコンクリ詰めにした方じゃなくて、公式な方のちゃんとした神社である。




 全国でも珍しい、黒い鳥居の端をくぐり、石段を一段とばしに駆けあがる。




 シャッ、シャッ、シャッと、境内を掃き清める心地よい音が、小鳥の鳴き声に混じって聞こえてきた。




「――祐樹様。おはようございますー」




 竹ぼうきを握りしめた巫女が、掃除をする手を止めて、深々と頭を下げた。




 名前は、桜空環(おうそらたまき)と言う。




 環は、巫女服を着た、中学生くらいの美少女だ。容姿ももちろん整っているが、みかちゃんを狐顔とすると、こっちのたまちゃんは彼女はたぬき顔というか、垂れ目でどこかおっとりとして、儚げな雰囲気がある。ついでに、設定上、シエルの次に乳がでかい。シエルは今はまだ小学生で成長途中なので、現状は彼女が最強ということになる。




 そのまさしくぬばたまの黒髪と表現するにふさわしいロングヘアが、朝陽を受けてきらめく。みかちゃんも髪を伸ばしているが、彼女の髪は地面につくスレスレだ。なお、この御髪おぐしはかつらにしたら高い値で売れるということが、本編で証明されております。




「うん。おはよう」




 俺は軽く挨拶をしてから、そのまま本殿へと向かい、札束のお賽銭をぶち込んでから、参拝を済ませた。




 こうして俺が支援してあげないと、彼女がおまんま食い上げちゃうからね。




「いつもいつも、たくさんの初穂料をお納め頂き、ありがとうございますー」




 たまちゃんは感謝七割、申し訳なさ3割くらいのトーンで礼を言った。




「こういうのは気持ちだから。それで、環さん。朝の忙しいところで悪いんだけど……ちょっと、話、いいかな?」




 俺は、ぷひ子が俺を起こしにくる幼馴染イベント前にベッドへと戻らねばならぬ。




 全く主人公は不自由な身分だ。




「はい。もちろん。どうぞ社務所へー」




 環は快く頷いて、社務所へとのったりゆったり歩き出した。本人は急いでいるつもりだろうが、クソ遅い。彼女はこういうまったり系のキャラなのでしょうがないね。ゆっくりしていってね。




「――そういう訳で、近日中に、一人の女の子がくるから、『病気平癒』の祈祷をお願いしたいんだ。『裏巫女の呪い』に関わる案件で、かなり厄介なんだけど、お願いできるかな」




 俺はアイちゃんの件を説明し、たまちゃんの顔を窺う。




 祈祷といっても、当然、気休めのインチキではなく、霊障系に特効のあるやつだ。




「わかりましたー。お引き受け致しましょう」




 環はのほほんとした笑顔を浮かべながら頷いた。




「本当にいいの? 万全は期すつもりだけど、かなり危険性はあるよ」




 俺は再度そう確認する。




「困っている方を見捨てないのが、この神社のモットーですので。それに、祐樹様にはー、一生かかっても返し切れない御恩がありますから」




「それとこれとは話が別だから、無理することはないんだよ」




 とは言いつつ、断らせるつもりはなかった。




 彼女を助けるために、かなりの投資をしている。




 具体的には、宝くじの一等賞以上の額を払って、大病した父親に移植手術をほどこしてやり、破綻寸前の神社を買収して、何の見返りも求めないどころか、修繕費用まで出してやって、今はこうやって生活費も工面してやってるんだからな。しかも、ご神体の勾玉も取り戻してやったし。




 これで感謝しないのは、虐待されがちな饅頭型生物くらいのもんだよ。




 なお、本編ではグッドエンドであっても、父親は死んでいるので、ある意味、彼女には本編以上の幸せを提供してやれたともいえる。男は主人公以外にも星の数ほどいるが、父親は一人だけだからね。なお、たまちゃんのママンは彼女が産まれた時に亡くなってるのでいません。




「いえ、本当に大丈夫ですよー。裏巫女様に関わることは、神社にとっても最優先事項ですしー。本来、私たちが対処すべきことを、祐樹様にお任せしてしまってる訳でー、重ね重ね申し訳ありませんー」




「いいんだよ。俺は幼馴染を助けたいだけだから。好きでやってることさ」




「それでも感謝しなければなりませんー。畏れ多くも、祐樹様に教えて頂くまで、私たちは本来のお役目について、何も知らずに生きていたのですからー」




「ぬばたまの姫の秘密は口伝だからね。継承するのは難しいよね」




 巫女は本来、表巫女と裏巫女でセットなのだ。表巫女の神社――環ちゃんの一族は、無償で善行を施し、地域住民の帰依を集めて、その信仰の力を持って、ぬばたまの姫の魂を鎮撫する。




 一方、裏巫女の神社――俺がコンクリ漬けにした方は、ぬばたまの姫の呪いの力を利用して、血生臭い仕事を請け負って稼ぐ。まあ、俺のママンのような人間は太古からいたってことだ。




 そういう両輪で回すシステムだったのだが、裏巫女の部分だけ抜け落ちたら、そりゃたまちゃんも困窮しますよね。




 起源的には、本来は軍事力に関わる裏巫女の神社の方が重要で、表巫女の神社はぬばたまの姫にまつわる陰惨な真実をカモフラージュする意味合いが強かったのだが、長い歴史の途中で、いつの間にか立場が逆転してしまった。そして、応仁の乱や、戦国時代、世界大戦など、いくつかの戦のせいで伝承者が殺され、裏巫女の存在を語り継ぐ者がいなくなって、徐々にその存在を忘れ去られていったという訳である。




 もちろん、言うまでもなく、ロリババアやぷひ子は裏巫女の血筋です。しかも、ロリババアの時代の辺りで、本来タブーである、表巫女と裏巫女の血族の混交とかいうタブーもやらかしている。んで、ともかくまあ、色んな業を煮詰めて、抽出して、圧縮した呪いの終着点がぷひ子な訳で、だからあいつはヤバイんですわ。




「お恥ずかしい限りですー。私の子孫が出来たらー、ちゃんと再び真実を伝承していくつもりですー」




「へえー、環さん、そういう相手はいるの?」




 表巫女は、別に処女性が要求される訳じゃないので、たまちゃんが誰とくっつこうが基本的には自由だ。だが、変な男とくっつかれて厄介ごとが増えるのは困る。




「い、いませんよー。で、でも、父は、その、『祐樹様と巡り合えたのもぬばたま様のご縁だから、仲良くしなさい』と」




 たまちゃんがそう言って頬を赤らめる。そりゃまあ、ここまで助けてやれば、俺とのフラグも立つよね。まあ、手を出すつもりはないけどね。俺とたまちゃんは恋愛関係というより、主従関係に近いものになっているし。




 執事モノでもない限り、純愛ゲーは基本的に、二人の関係性が対等でないと成立しない。今、すでにたまちゃんが小2のガキの俺を『様』付けで呼んでる時点で、恋愛関係に至るには壁がある。本編では、仲良くなっても、『祐樹さん』だったからね。




「ふーん、環さんと俺がかー。俺、まだガキだから、そういうの、全然想像できないや」




 俺は適当に、ピュア少年の鈍感ムーブでかわしておく。




「わ、私も分かりませんー」




 たまちゃんが消え入りそうな声で呟き、俯く。




(まあ、万が一間違いが起こっても、すでに彼女のトラウマフラグは潰し切っているから大丈夫だろ)




 ちなみに、本編では、賽蛾組に神社が買収されて潰され、父親の手術費用を工面しようと、今まで解呪や除霊云々で助けてやった村人の下へ支援を求めに訪ねるもすげなく断られ、結局助けることができず、彼女は全てを失って天涯孤独の身となる。それから、「私はこんな奴らのために頑張ってたのか」と絶望したところを、ぬばたまの姫につけこまれて闇墜ちして、賽蛾組と村人への復讐のために危険な『裏巫女』の儀式に手を出す。表と裏の巫女を兼ねる――つまり、ぬばたまの姫に憑依ひょういされて現人神そのものとなった彼女は、荒ぶる御霊みたまとなって、村を破滅に追い込む。




 まあ、ストーリー上のたまちゃんを攻略するキツさはぷひ子ルートをかなりイージーモードにしたといった感じだな。




 最終的に主人公が失うのは、片目と片腕と片脚と――つまり、半身だから、くもソラのハッピーエンドの代償としてはヌルい方だ。




「ごめん。話の腰を折っちゃったね。ともかく、アイちゃんのこと、助けてあげてよ。キツければ、勾玉を使ってもらってもいいから」




「いえ、ご神体に頼らずとも、今まで鎮魂の儀式を怠っていた分、逆に邪気退散の力は蓄えられておりますので、お一人ならば大丈夫だと思いますー。しかし、これから先、何人も治すとなると、お恥ずかしながら、現在の参拝客の程度では――」




 たまちゃんはそこで言いにくそうに口ごもった。言うまでもなく、寂れた田舎の神社を訪れる人は、現状、かなり少ない。




「うん。分かってる。この神社にもっと信仰を集めないといけないんだよね。参拝客を増やす計画も、考えておくよ」




 俺はたまちゃんを安心させるように言った。




「祐樹様がそうおっしゃるなら、私の方は何も心配ありませんー。詳しい日時が決まりましたら、お知らせくださいー。しっかり身を清めておきますのでー」




「うん。それじゃあ」




「あの、よろしければ、朝食を――」




「ありがとう。でも、もう幼馴染のお母さんが作ってくれてると思うから、これだけ貰っておくね」




 俺はたまちゃんがお茶請けに出してくれた、ぬばたま団子(あんこの串団子)を頬張ると、ぷひ子家の納豆飯を食いに向かった。


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