第2話 灰色だとしても青春は有限である

 ゲームが始まる。




 抜けるような蒼穹をバックに、タイトル画面が俺を出迎える。




 実は、このゲーム、初プレイ時はタイトル画面のバックが完全な曇り空だが、ヒロインを攻略するたびにちょっとずつ空が晴れていき、トゥルーエンドを迎えると、今のような『曇りなき青空』が現れる演出になっている。




 つまり、当時の俺はこれを全クリしたということだ。




『はじめから』




を選択。




『――ぬばたま。三日月。紅の蝶。破れた蚊帳。朽ちる黄金。蛭子の神楽』




 意味深な単語を呟く、重苦しい着物を羽織った黒髪の女。




「ああ、そうそう。この感じ」




 俺はその、トゥルーエンド攻略対象(ラスボス)のセリフを途中で遮って、速攻スキップボタンを押した。そして、主人公が目覚める。彼は何も覚えていない。




 当時は引き込まれたが、今から思えば陳腐な演出だ。




 つーか、夢のシーンから始まるギャルゲー多すぎじゃね?




 俺はスキップを駆使して読み飛ばしながら、ゲームを進めていく。




 そんなんで内容が分かるか?




 もちろん分かる。何度もやったゲームだし、実を言うとクソみたいな人生を送ってきた俺にも、一つだけ誇るべき特殊能力があるからだ。それは、『カメラアイ』と呼ばれる、『瞬間記憶能力』であり、俺は一度みたテキストなら、どんなものでも細部まで思い出すことができる。




 じゃあなんでもう一回やる必要があるのか。




 それは、ギャルゲーとはストーリーだけじゃなく、音楽、絵、テキストが渾然一体となって生み出される総合芸術だからだ。テキストだけ思い出しても、それはギャルゲーをやってるとはいえない。


ともかく、少年時代のパートがスタートする。




『ぷひひ。ゆーくん。おはよ』




 寝起きの主人公の身体の上に乗っかっている金髪ツインテールの美幼女が、満面の笑みと共にそう挨拶してきた。彼女が純日本人なのに金髪なのはギャルゲー時空の話なので気にしていけない。




 美汐は、いわゆる『天然ドジっ子幼馴染キャラ』である。鼻をぷひぷひ鳴らすので、主人公から『ぷひ子』とかいうあだ名で呼ばれている。




 ちなみに、適当に選択肢を選んでいれば、一番好感度を稼ぎやすいメインヒロインである『御神美汐(みかみ みしお)』ルートとなる。




「そもそも、このメインヒロインは あんまり好きじゃないんだよなあ」




 俺はどうもマイナー厨の気があるらしい。




 ゲームそのものも、あまり知名度のないような作品を好きになるし、ヒロインも不人気の奴から攻略したくなることが多い。




「別のヒロインを――おっ。さすが俺。こまめにセーブデータを整理してある」




 昔の俺は相当このゲームが好きだったのだろう。各ヒロインごとに、ルート分岐の重要ポイントでセーブし、コメント付きで印象的なシーンを分類してあった。




 俺は、スキップとロードを駆使して、数時間で再び全ヒロインを攻略し直す。




「ま、こんなもんだよな」




 懐古欲は満たされたが、やはり昔のように感動はできなかった。




 俺ももう、30代も後半。




 創作物とはいえ、キラキラした青春の物語を――ギャルゲーを素直に楽しめる年齢ではなくなってしまったということだろう。




 なんとなくもの寂しい気分になった俺は、そのまま寝酒のビールを煽り、ベッドに倒れ込んだ。

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