リトライ

日隅

リトライ


「好きです。付き合ってください」


「ええ、喜んで」



 直後、文字通り何かが『巻き戻る』感覚。握りしめていた卒業証書の、あの独特の感触が急速に失われていく。これで九九九回目だ。



 * * *



 –––––高校時代、僕は盛大な失恋をした。

 相手はクラスの、いや学校のアイドルとまで言われる美少女であったのに対し、当時の僕はといえばボサボサの髪、猫背、眼鏡。いわゆる『陰キャ』な人間だったのだから、はなから叶うはずのない恋だったのだ。


 入学式の日、同じクラスになった彼女に一目惚れをした。そして卒業式の日、三年間これといったアプローチをすることもなく想い続けていた彼女に告白し、



「好きです。付き合ってください」


「ごめんなさい」



 –––––見事に玉砕した。




 だが、僕は諦めなかった。悲しいことに、自らの愚かさと執念深さにだけは自信があったのだ。「両想いになれなかった要因を全て修正すれば告白は上手くいく」そんな馬鹿げた正論を掲げ、僕は失恋したその日から過去の修正に取りかかった。


 ……過去の修正、というとなにかSFチックなものを感じるが全くその通りで、過去に干渉すること、つまり『タイムスリップ』というものはちょっとやそっとで可能になるものではない。

 高校を卒業した僕は、職にも就かず何千何万という書を読み漁り、何千何万という実験を繰り返した。引き出しからタイムマシンに乗り込むアニメを見ればあらゆる引き出しに頭を突っ込んでまわったし、身体に衝撃を与えることで時間を遡る映画を見れば自ら屋上から飛び降りた。

 常人なら気の狂うような毎日だったが、彼女を振り向かせるためだと思えば全く苦ではなかった。僕は歪んでいた。



 そんな日々を狂ったように繰り返していたが、米寿を迎えた年。何度も叩きすぎて外れかかったエンターキーをくすんだ手で叩いたその瞬間、何かが『巻き戻る』感覚があった。長年悩まされていた腰痛が急速に消え、ここ数年聞こえていなかった秒針の音が突然聞こえるようになる。


 気づけば僕は高校生の姿で、目の前には『入学式』の看板があった。



 どうやら僕の人生を賭けた発明は成功したらしかった。ここまで辿り着けば、あとは失恋の要因となるものを片っ端から修正していくだけだ。


 僕は真っ先に自分の容姿を整えた。元がそれほど悪くないためだろうか、前髪を切り、コンタクトにするだけで周囲の僕を見る目が変わった。委員会や代表者にも真っ先に手を挙げ、とにかく知名度を上げた。彼女が行くであろう場所に先回りし、偶然を装って話しかけるという一歩間違えばストーカーになるようなことまでした。


 未来を知っている僕が失敗するわけもなく、高校三年間の計画は至極スムーズに進んだ。しかし、成功したからといって彼女との幸せな未来が確約されたわけではない、ということを僕は失念していた。



 人生二回目の高校卒業式の日、彼女に人生二回目の告白をした。



「好きです。付き合ってください」


「ええ、喜んで」



 全てが上手くいった、と思った。しかしその返事を聞いた直後、あの『巻き戻る』感覚がもう一度あった。手にしていた卒業証書の感触が急速に消え、瞬間、僕は意識を手放し、


 –––––気づけば目の前には『入学式』の看板があった。



 『タイムパラドックス』の存在を思い出したのは、それから五回ほど高校に入学したあとだった。『タイムパラドックス』とは過去に干渉したことにより起こる現代との矛盾のことで、タイムスリップとは切っても切り離せない。

 それを考慮すると、高校卒業以降の『僕』の人生に大きく作用するこの告白の成功は『あってはならないこと』であるため、告白が失敗しない限り僕は永遠に高校を卒業できない、ということになる。


 しかしその事実に気づいても僕は揺らがなかった。僕の目的は彼女と両想いになること、その一点に尽きるのだ。彼女を諦めて前に進むくらいならば、彼女と両想いになった状態で永遠に立ち止まっている方がずっといい。たとえ何度巻き戻されようと、「ええ、喜んで」を聞くために何度だって修正するだろう。やはり、僕は歪んでいた。


 * * *


 『巻き戻る』感覚が徐々に消えてゆき、僕は、ふ、と目を開く。

 少し大きめの制服。視界を遮る冴えない眼鏡と前髪。目の前には堂々たる『入学式』の文字。そして少し先を歩く、僕が九九九回告白した相手。



 さて、記念すべき千回目だ。張り切って行こうじゃないか。

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リトライ 日隅 @waka-nu-6109

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