胡弓の話
古澤 侑山
第1話 届いた荷物
ある日、自分宛に荷物が届いた。
キヤベツが入っていたらしい段ボール箱は、受け取った時にカシャカシャと音がした。
「ハンコかサインお願いします」
言われて、自分の名前を書きながら差出人の名前を見る。何故か伝票は二枚張ってあり、一枚は自分が契約している劇団の名前。もう一枚には「稲田スミ」と書いてある。
「ありがとうございました」
「どうも」
笑顔で挨拶を交わし、戸を閉めながら、差出人「稲田スミ」さんの住所を見る、が覚えはない。
仕事で使う新しい小道具か何かと思い、携帯電話片手に箱を開けようとテープを剥がそうと、爪で引っ掻いた。深爪気味なので中々剥がれない。
「はい、劇団エルムです」
電話が繋がった 。高目の掠れた大声は佐藤さんだ。
「もしもし、僕、ふるー」
「ああ、はいはい、どうしたの?」
名乗ろうとして遮られる。声だけで誰か判るらしい。最近頻繁に会っていたからか。
「今、大丈夫ですか?」
「ああ、いいよ。どうしたの?」
「なんか、今荷物が届いたんですけど」
「ああ、それね。事務所宛に届いたからさ、送ったのよ」
テープが剥がれた。新聞紙が見える。
「ああ、中は見てないよ。一昨年?だったかな、北陸を巡ったじゃない?そこの老人ホームの人が送ったみたいでね。確認したらそうだっていうからさ」
「そうなんですか、解りました。それー」
「ああ、今お客さんくるから、またね、週明けは鎌田かなよろしく」
「はい、鎌田で、失礼します」
あわただしく通話を終えた。
箱を完全に開けて、新聞紙を取り出す。カセットテープが隙間無く詰められていた。
一つ取り出してみると、まだ新しいらしくキズがない。テープケースの背にはなにやら書かれている。
“雨”
いくつか出して、それらにも書かれている。”怒る“、“道を歩いていて見つけた“、”山“
多分、テープの中味のことだろう。題名だと思う。テープ一本につき一つの言葉や一言、文字。
自分の部屋に行って本格的に中味を出してみた。新聞紙はかさばってゴミ箱はいっぱいになった。
テープの数は60本。結構な数だ。
テープのだし始めは題名を確認していたが、面倒になって、取りあえず全部出してみた。
箱の底には、大きな分厚い封筒が入っていた。紐で閉じるようになっているそれを開けると、中には結構な量の紙が入っていた。まるで芝居の台本だ。
紙束を出して読む。
一枚目には、綺麗な字で「初めまして、突然の荷物を送り付けるという無礼をお許しください。
私は“あおぞら老人ホーム”で働いている安部と申します。この度、当ホームに入居されている稲田スミさんに頼まれて、荷物を送らせていただき、筆を取らせて戴いております。
稲田スミさんは、すでに認知症になられています。が、どうしても、あなた様に、このカセットテープと思い出を受け取って欲しいと、当ホームに入所されてからのご希望でした。
突然のことで驚きや戸惑いもあるかと存じます。
ただ、身寄りもない一人の老婆の願いを無碍にできず、稲田スミさんが話す、あなた様の優しさに甘えさせていただきました。
こちらの勝手な行為ですので、お手元に届きました荷物はいかようにされても結構です。捨ててしまってもかまいません。
送ったことで、当ホームも、稲田スミさんも満足しています。
一度でも手に取って戴けたと思うことで、幸せです。
取り留めもない文にて、重ねてのご無礼をお許しください。」
数枚を読み終え、テープの山を見つめた。
稲田スミ、あおぞら老人ホームの名前を思い出そうとするが、思い出せない。
それでも紙の束をめくってみた。
自分の書く金釘流とは違う、書き慣れたであろう達筆な字。少々読むのに難しい手記を、軽い気持ちでよんだ。
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