第3話 彼女の故郷


 セレスティーナと並んで《竜骸ドラガクロム》から降り立つと、待ち構えていたように見覚えのある女性が2人へとってきた。


 幼樹の村であかあかばねと共に戦ったカミラだった。



「おじょうさま。よくぞおもどりになられました」

「カミラ! どうした? てっきり幼樹の村だと思ってたのに。隊はだいじょうなのか?」

「おじょうさまもどられるとあれば、むかえないわけにはまいりません。村は2人に任せてきました」



 2人、というのはもちろんキーヴァとエイリンのことだろう。


 幼樹の村からきゅうえんを求めにやってきた見習いの2人もカミラの様子を見る限り、どうやら元気にやっているらしい。



「そうか。また、世話になりそうだ。よろしくたのむ」

「お任せ下さいませ。いつでもお役に立ってご覧に入れます」



 二人して笑いながら、うでからませ合う。


 しばらく、そうして再開を喜ぶとカミラはなつかしそうにシズクに目を向けた。



「戦士殿――いえ、正式にとなられたのでしたね。シズク殿もごそうけんそうで何よりです」

「カミラさんも」



 少しえんりょがちにあいさつを返すと、カミラはそんなシズクの態度に思うところがあったのかみを深めるとぐいっと大きくうでしてきた。



「シズク殿」

「え?」

「やり方はご存じでしょう? さあ」



 さらにずいっとカミラが一歩前に出る。思わず後じさりになったところで、セレスティーナと目が合った。



「そういえば、シズクとは絡枝ジーガ・タンわしていなかったな」

「ジ、ジーガ?」



 そうかえすシズクの様子を見て、セレスティーナは少し呆れたように説明を加えた。



「位階にらず、たがいに認め合ったわすれいのことだ。ちゃんと勉強しておけと言ったでは無いか。ほら、こうしてだな」



 と、セレスティーナはシズクのうでつかむとごういんに自分のうでからませた。



「こういう感じだ。これは世界樹の枝と枝がからい支え合うように、たがいを助け合うという意味になる」

「あ、ああ」



 思いがけず、目の前に接近したセレスティーナの顔にどぎまぎする。ほとんどの時間をいっしょに過ごしているとは言え、ここまで近づくことはめっにない。


 照れくさそうなシズクを見て、自分もずかしくなったのかセレスティーナは少し顔を赤らめるとするりとうでを解いて一歩きょをとった。



「ま、まあ、こういう感じだ。わかったか?」

「な、なんとか」



 なんとも、おゆうのような2人をながめながらカミラがみょうな顔で再びシズクにうでを差し出す。なんとなく、ねたような表情になっている気もするが気のせいだろう。


 おずおずとカミラとうでからめると、思いがけず力強い感覚がうでを通して身体のしんながんできた気がした。

 その力の流れに負けじとぐっと力をめ返す。

 それだけで、不思議と足場がしっかりしたような、そんな安心感ががってくる。



「シズク殿。あなたはきっと良いになられる」



 カミラもシズクとの絡枝ジーガ・タンで何か感じるところがあったのだろう。

 シズクにそうってみせると、カミラはするりとうでを解きあらためて2人にむきなおった。



「それではそろそろ、中へと向かいましょう。みなさま、さぞ首を長くしてお待ちでしょうから。おじょうさまも一族のみなさまとお会いになるのはずいぶんひさりではございませんか?」

「一族のみな?」

「ええ。クリモアの主立った者ははせ参じてございますよ」



 どこかおかしそうにいうと、カミラはさあとばかりにじゅへき穿うがたれたきょだいな門へと2人を招き入れた。

 


 †


 

〝トゥーン人の貴族社会は地球でいうところの氏族社会によく似ているのですよ。要するにとにかくしんせきが多くて、上下関係も細かいので気をつけるのです。自分には関係無いとか思っていると、痛い目を見るのでちゃんと勉強しておくべきなのです。サクヤ先生からの忠告です〟



 カミラによって案内された世界樹のほらを利用して造られた広大な広間には、そんなサクヤの言葉を裏付けるだけの人数がひしめいていた。


 さすがにジャーガフォライスの夜会の時よりはずっと少ないが、それでも親族のつどいというスケールははるかにえている。

 いっぱんてきな日本の家庭しか知らないシズクからみれば、これ全部がしんせきだというのはちょっと信じられない規模だった。



「これ、全部セレスのしんせきなのか?」

「まあ、主だったところだけだが」

「こんなにいるのに全部じゃ無いのか!?」



 さすがにビビるシズクにセレスティーナはしれっとした顔で軽くうなずく。

 むしろ、シズクがなぜおどろいているのかわからないという感じだ。



ぼうけいまで来ていたら、この広間では収まらないな。シズクの家はちがうのか?」

「うちはみんな入れても10人もいないって」



 せいぜい、両親の祖父母に父方の叔父おじふうぐらいのものだ。



「それだけしかいないのか!? 何か大きな事故でもあったのか? いや、決して興味本位というわけではないのだが……」

「俺の国はみんなそんなもんだって」



 たがいの文化のちがいにおどろきながらも、つゆはらいのカミラに続いて広間を進んでいく。


 一番おくまった場所には明らかに他の席よりも格上の席が用意されていた。まだ、席は空っぽだがだれのために用意された場所かはトゥーンのれいうといシズクでもすぐにわかった。



 席の数は3つ。



 おそらくはセレスティーナとその両親のものだろうとあたりをつける。

 しかし、そんなシズクの想像とは裏腹にカミラが案内したのは少しはなれた場所にしつらえられたやや小ぶりの席だった。



「さ、おじょうさま

「ああ」

「シズク殿はこちらへ」

「あ、はい」



 カミラにゆうどうされるままに席に腰を下ろす。2人が定位置に収まったのをかくにんしたカミラがずっとはなれた席へと退くのを見送りながら、そっとシズクはセレスティーナに小声で話しかけた。



「セレスはあっちじゃないのか?」

「あそこは領主とその直系の血族の席だ。今の私は聖樹だんの一員だからな。あそこにすわる資格はない」

「そういうものか?」

「当然のことだ」



 家族なのに家族ではない、というのがどうもしっくりこない。だが、かんじんのセレスティーナがまるで気にしていないのだからこれがトゥーン流ということなのだろう。


 しゃくぜんとしないまま広間を見回すと、いくつものこうしんむき出しの視線がシズクに向けられていることに気がついた。

 中にはこうしんと言うよりもてきがいしんとも言うべき、とげとげしい視線も混じっている。


 セレスティーナはともかく、どうやらシズクはあまりかんげいされていないらしい。



「セレス。俺がここに居ててもだいじょうなのか?」



 自分だけならいざ知らず、セレスティーナまでんでしまってはさすがに申しわけ無い。せっかくのセレスティーナの里帰りにケチをつけるようなはしたくなかった。


 が、かんじんのセレスティーナはしれっとした顔で周囲から注がれる視線をあっさりと笑い飛ばしてみせた。



「そんな情けない顔をするな。堂々としていろ堂々と。なに、すぐにシズクの価値に気がつく」

「そんな簡単な話じゃないと思うけど」

「簡単な話をややこしく考えるのは悪い癖だぞ、シズク」



 などと言い合っているうちにも視線にさらにとげとげしいものが増えていく気がする。

 その視線に対してちょうはつてきにらかえすセレスティーナを逆になだめたりしているうちに、やがて雑然としていた広間がじょじょに静まっていく。

 ちつじょなざわめきがえんりょがちなささやき声になるにつれて、代わりに場にきんちょう感がめていくのがわかる。



「そろそろ、父上と母上が見えられる。シズク、とりあえず今回は私が雑技イリハグラスタで同調するからせいぎょ権を。変な動きはするなよ、最初がかんじんだからな」

りょうかい



 セレスティーナの指示に従いS・A・Sスキル・アシスト・システムせいぎょを一部セレスティーナへとじょうすると、すぐにセレスティーナがれい用の動作スキルをおくんできた。


 夜会の時と同じく、やはりここでもそれ相応の複雑なれいが求められるらしい。


 もちろん、そんなものはまったく覚えていないので完全にセレスティーナにお任せすることにする。


 空いたリソースにセレスティーナが同期させたスキルがどうを開始。セレスティーナとそろって、独特のリズムで席から立ち上がる。



(スキル様々だな)

。本当は自分の雑技イリハグラスタでこなさなくてはならんのだぞ。今回だけ特別だ。今後は時間を見つけて、せんとうだけではなくれいの訓練もするからな)



 などと言っているうちにも、そうねんの男女が静かに広間を進んでくる。

 その歩みに合わせて、座席をめるしんしゅくじょが自らの位階に合わせたれいでもって領主夫妻をむかえている。


 少しおくれて、さらにもう一人。


 こちらはまだ若い、というよりも幼い少年のようだった。

 従の正装に領主一族の一員であることを示すようにみぎかたたいじゅはいようしている。


 ということは、セレスティーナの弟だろうか。かみを短く切りそろえているので、印象はちがうが顔立ちは確かにそっくりだ。


 きんちょうしているのか表情がこわばっているところを見ると、姉のセレスティーナほど神経は太くないらしい。


 この辺り、やはりトゥーンの男性は女性よりも脳筋度合は低い気がする。


 領主夫妻がシズクとセレスティーナの前にさしかかると、そろいの動作で軽くかたひざをついて頭を垂れる。顔は見えないが、なんとなく夫妻がセレスティーナに笑いかけたのが感じ取れた。



(やっぱり親子だな)



 と少しだけホッとした次のしゅんかん、シズクは頭上からキリをねじむようなきょうれつな敵意に満ちた視線を感じ取った。

 敵意の主がピタリとシズクの前に足を止める。



「お前が異世界人ですか」



 独り言、というには声が大きい。

 明らかにシズクに向かって話しかけている。

 ただ、ここで返事をしてしまって良いかがわからない。



おそろしくて声も出ませんか。このようなおくびょうものが正などと。政事まつりごとの都合で爵をもてあそぶとはやはり異世界人がばんだといううわさは本当のようですね」



 さすがにそろそろ言い返したい気分になってくるが、セレスティーナのことを考え必死にこらえる。セレスティーナもじっと静かにしているところを見ると、おそらくこのままやり過ごすのが正解なのだろう。


 だが、次の一言はさすがにまん出来なかった。



「……ばんじんぜいが姉上をたぶらかし爵を手にするなど、クリモアのはじばんじんおのれが地へもどるが良い」

たぶらかす!? どういう意味だ!?」



 思わず立ち上がりながら、声をあららげる。

 しまったと思ったしゅんかん、続けてすぐとなりから聞き慣れた声がひびいた。



たぶらかされた!? どういう意味だ、答えよロシーニア・クリモア・エクルース!」


 シズク以上にげきこうしたセレスティーナが少年をにらみつける。だが、少年もまた後へは引かずに真っ向からセレスティーナの視線を受け止める。



「そのままの意味です、お姉様! ばんじん共のそうくつへ行ったかと思えば、役にも立たないばんじんの男をペットよろしく連れ回し、挙げ句の果てに正などと! はじだとは思わないのですか!? 口さがない者はお姉様はばんじんろうらくされたとまで言っているのですよ?」

「役に立たぬだと? いかにも実戦を知らぬものの考えそうなことだな。クリモアのの中でシズクに勝てるがどれほどいるか、あやしいものだ」

「お、おいセレス」


 かばってくれるのはうれしいが、さすがにそこまで言っては逆効果だ。

 なんとか上官の頭を冷やそうとそでを引っ張るが、それがまた余計に神経をさかでしたらしい。



「こ、このような場でそでを引くなどれんな! お姉様、これでもあいがんの類ではないというのですか? ばんじんでしかも男ですよ? 男のなど弱兵の見本ではないですか!?」

「いや、お前も男だろ」



 確かにトゥーン人のはスキルのあいしょう的にあっとうてきに女性の方が優位ではある。だが、他ならぬ男がそれを言っちゃあおしまいだろう。

 と思わずつっこむシズクのそでを、今度はセレスティーナがくいっと引っ張った。



「シズク、ちがう」

ちがう? って、その格好どうみても……」



 男と言いかけて、ようやくシズクは日本の感覚で周囲を見ていたことに気がついた。シズクの着ている正装は寸法こそちゃんと採寸しているがデザインはセレスティーナと基本的に同じものだ。

 なのでシズクは自分自身を基準にして考えていたが、パンツスタイルとは言えデザインベースは当然ながらトゥーン人ののために考えられている。

 つまり、の正装は本来は女性向けであり、機能性を追求した結果として男女けんようになっているだけなのだ。

 当然、それは従の正装でも同じ事が言える。

 つまり、少年では無く少女であり、弟では無く妹だということだ。



「ぶ、じょくするな、ばんじん!」

「あ、いや。すまん。男の子にしか見えなかったから、つい。てっきり弟かと」

「ま、まだいうか!? ばんじん! ほどを思い知らせてくれる! けんけ!」



 さらに失言を重ねるシズクにとうとう、少年もとい少女がはいようしていたけんき放つ。

 切っ先がプルプルとふるえているのが少しわいいが、本人は本気でキレているだけに始末が悪い。


 少女の興奮が広間に伝わったのか、同じように興奮して立ち上がったいくにんかが勢いよく「けっとうだ!」とさわぎ始めるにいたり、それまで成り行きを見守っていた領主夫妻がついに声を発した。



うわさには聞いていたが、確かにばんじんと言われるのもわかるというものだな。実にけんの売り方がいではないか」

「ええ、まったく。これならば、確かにセレスも気に入るのもわかります」



 どこか楽しそうに、セレスティーナの母親がシズクを見つめ目を細める。



みなに告げましょう。この異世界のがどれほどのれか。うわさは聞けども、それを目にした者は数少ない。であれば、それをみなに示すのが道理」

「ゆえにクリモアの世界樹の守護者たる我らの名において、樹前しんぱんを宣言する」



 領主夫妻の声にどよめきが広間にひびく。

 ただ1人、成り行きをあくしきっていないシズクはこんわくしながらかたわらのセレスティーナに目を向けた。



「えっと?」

「わかりやすくいうと、けっとうでどちらが正しいかを決するということだ。不本意ではあるが、まあ、まとめて黙らせるには良い機会だな」



 あきれながらも、それはそれで望むところだという自信たっぷりのみをかべて答えるセレスティーナにシズクは思わず歴史の教科書を思い出した。



「し、神前裁判かよ! そんなばんな裁判やってんのか!?」

「お前が言うな、



 そう答えるセレスティーナはなぜか少し恥ずかしそうに見えた。

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