第24話 ドッグファイト

 このあかあかばねは前回戦ったあかあかばねよりも、強力な敵かも知れない。


 セレスティーナとスイッチし、いったん後ろに下がったシズクは荒い息をつきながらそう感じていた。


 カルディナが戦っているはずの未成熟な個体はもちろんのこと、それなりに成熟した個体であったはずのかつての強敵よりもずっと大きくタフでそして速い。

 なによりも、その行動にはろうかいさを感じさせるような、そんながあった。まるで事前にこちらのことを学習しているというような、そんな雰囲気だ。


 シズクの知っているあかあかばねは一言で言うと超反応の化物だ。


 こちらが何かする、という寸前のタイミングで攻撃に転じてくる。


 後の先、というのを体現したような、そんな存在だ。


 だが、このあかあかばねは少し違う。


 化物じみた超反応は変わらないが、その一枚上というべきか。こちらの行動を誘っているような雰囲気を感じる。


 例えば、シズクは滴PGのアシストによってあかあかばねの行動を阻害するような行動を取る。

 その場合、複数存在するあかあかばねの行動範囲のうち、どれをつぶしにかかるか? ということはシズクの任意になるわけだが――その任意の選択肢を選ばされるように感じることが数回あった。


 結果として、誘導が甘くなり包囲の詰め将棋が初手に戻されるというようなことが何度も起きている。


 持久戦に持ち込むというのはセレスティーナの基本方針だったが、その持久戦でこちらの持久力がもたないという状況に追い込まれつつあるのではないか。


 そんな危惧がじわりと頭をもたげてくる。



『……やりづらい、こいつ!』



 それはセレスティーナも同じだったらしい。


 融合した後の独特の口調でもって、焦れたようにスキル――騎技ドラガグラスタを繰り出す。


 しかし、それがことごとくスカされている。かわされるのではない、騎技ドラガグラスタそのものが意味を持たないというような形で無効化されている。



「セレス、少し休め! 俺が出る!」


『……了解。少し、頼むわ』



 シズク以上に荒い息をつくセレスを後ろに下げて、再びトゥーンの空を縦横に舞うあかあかばねたいする。

 あざわらうかのようなキチキチキチキチキチキチという顎を鳴らす音。

 耳障りな上に神経に障るが、そういった焦燥さえもあかあかばねの手の内では無いかという不気味さが常につきまとう。



『気のせいか……ずいぶん、賢くなってる気がするわね』


「ああ。こっちの巣は出来てから、かなり時間がってるみたいだしな。あかあかばねも女王もそれだけ経験を積んでるってことじゃないか?」


『……厄介ね。ただでさえごわいのに経験まで積んで賢くなるなんて』


「けど……それなら、それで逆に隙が出来るかも知れない。少し試したいことがある、もう少し下がってくれるか? 完全に安全圏まで頼む」


『シズク? そこまで下がったらバックアップが……』


「頼むよ」



 シズクの口調に確固たる自信を感じ取ったのか、セレスティーナは数瞬の間をおいて了解との答えを返してきた。



『何を考えてるのか知らないけど……このままじゃ、こっちが根負けしそうだものね。いいわ、任せる』


「助かる」



 セレスティーナが安全な領域まで下がるのを確認し、《竜骸ドラガクロム》を高速モードに移行。そのまま、急上昇をかける。


 《アジュールダイバー》の外部アタッチメントをフローティングアーマーとして活用することによって可能になるこのモードは《竜骸ドラガクロム》ほどの機動性はないが、《アジュールダイバー》に準じる高速戦闘を可能とする。


 この速度域ではあかあかばねはついてこれない。

 たとえて言うならば高機動の戦闘用ヘリと亜音速の戦闘機との戦闘に似た状況になる。


 ただし、あかあかばねの機動力はヘリの比では無い。おまけに誘導系の兵器も存在しない。


 一瞬、あかあかばねはシズクの《竜骸ドラガクロム》を追撃しようという姿勢を見せたが、その速度域を察知したのかすぐに待機姿勢へと移行した。


 ゆっくりと周囲を観察し、安全距離を保つセレスティーナを狙うべきか離脱しつつあるシズクを狙うべきか、あるいは先行し距離がかなり開いた本隊と合流するべきか。


 そんな3つの選択肢で揺れているように見える。


 ヨシュアの推測ではこうした大きな行動を決めるのは離れた場所に居る女王であり、その指示はフェロモンチャンネルを介して行われる。


 それだけに距離の分だけ反応にはラグが生じざるを得ない。


 シズクの狙いはこのラグをつくることにあった。



「……そろそろ、いいか?」



 ようやく女王の方針が決まったのだろう。あかあかばねはセレスティーナに狙いを定めたようだった。威嚇するような気配が自分では無く、セレスティーナに絡みつくのがはっきりと感じられる。


 滴PGもそれを裏付けるかのようにあかあかばねの攻撃対象が入れ替わったことを警告していた。


 速度を保ったまま、上昇反転。推力をカット。


 得意とするパワーダイブからの高速突撃では無く、まるでいきなり糸が切れたかのような自然落下。不規則な姿勢に乱気流が加わりキリモミ状態で落下を始める。


 隙だらけのシズクの《竜骸ドラガクロム》を察知したあかあかばねが、セレスティーナとシズクの間で意識を揺らす。


 女王からの指示はおそらくセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》の排除が指示されている。しかし、あかあかばね自身の本能は隙だらけのシズクに興味を引かれているはずだった。


 このあかあかばねは選択肢を削るだけでは圧倒できない。もっとトリッキーな、より意表を突くような行動が必要になる。


 さらに言えば、あかあかばねというよりもアピスに特有の【迷いの無い行動】をいかにさせないか。というのが鍵を握る。


 それがシズクの出した結論だった。


 あかあかばね特有の超反応はある意味では自身の思考を放棄することから生じている。


 考えて動かざるを得ない人間が操る《竜骸ドラガクロム》ではどうしても、その反応に一歩遅れる。それは滴PGやセレスティーナの樹寵クラングラール、すなわちスキルを用いても同じ事だ。


 その機能なりスキルなりを選ぶという思考の段階ですでに遅れをとっている。


 この時間を縮めることは出来ても、0には出来ない。


 であれば、あかあかばねにも強引に同じステージに降りさせる必要があった。そのためにあかあかばねの判断と女王から下される指示がほぼ同じ値を持つ状況を作り出す。


 その上でその女王の判断を振り切って、あかあかばねの意思というか判断が優先されやすい状況を上塗りする。


 この状態ではあかあかばねは自身の判断に従いながらも、なお女王からより強制的な指示が下されればそちらに移行する余裕を残して行動することになる。


 当然、その瞬間を判断するために全ての自身のリソースを目の前の獲物に費やすことは難しくなるはずだ。


 不規則な挙動のまま、自由落下に身を任せる。


 あかあかばねの意識が再びシズクの《竜骸ドラガクロム》に向けられるが、まだセレスティーナへの攻撃姿勢を解いてはいない。



「もうちょい……もうちょいだ……」


『シズク! どうしたの!? トラブル!?』



 シズクの機動の変化に慌てたようなセレスティーナの声。彼女さえもだませているなら、おおむね成功と言えるだろう。


 セレスティーナの焦りを察知したのか、あかあかばねの意識がさらにシズクに向けられる。シズクに本当の隙が生まれている、そうセレスティーナを介して判断したらしい。



「……本当に超能力でも持ってんじゃ無いだろうな」



 読心術めいたあかあかばねの能力におじを感じつつも、うまくあかあかばねの意思を誘導出来ていることにほくそ笑む。


 ようやく、目標を変更する気になったらしいあかあかばねがセレスティーナから距離を取り始める。ここで一気にあかあかばねに攻撃を仕掛けたいところだが、ぐっと我慢する。


 《竜骸ドラガクロム》の制御系が不安定挙動のために警報を鳴らし続けているが、それも無視。あえて警報を切らないのは、それさえもあかあかばねが検知している可能性を考えてのことだった。


 弱った獲物に食らいつくように、いきなりあかあかばねの挙動が攻撃的なものへと変化した。ふっと姿がえたと思うと、シズクの《竜骸ドラガクロム》の目の前に現れる。


 キチキチキチキチキチキチと顎を鳴らしながら、シズクと《竜骸ドラガクロム》の様子をじっと見つめている――気がする。



(ここかっ!)



 あかあかばねの攻撃モーション。尾部を振り上げて、その針をシズクに打ち込もうとする、その刹那。


 シズクは前もって設定しておいたS・A・Sスキル・アシスト・システムモーションを起動。シズクの意思とは無関係にシズクの身体が動き、《竜骸ドラガクロム》がそれに追随する。

 めつに使うことの無い、近接戦闘用の攻撃兵器である剣を最短距離であかあかばねへと打ち込む。同時にあかあかばねの針が《竜骸ドラガクロム》に接触。斥力場と激しく反応し、青白い光を散らす。


 そのまま押し切られるように、あかあかばねの針が《竜骸ドラガクロム》のだいたいをシズクの足もろともに貫いた。


 刺すような痛みはすぐにS・A・Sスキル・アシスト・システムによって、中和されるが痛みそのものが消えたわけでは無い。


 あかあかばねとシズクの《竜骸ドラガクロム》が互いの武器によって連結される。



「やっと、捕まえたぞコノヤロ!」



 空中で絡み合いながら、互いの推力があらぬ方向へとあかあかばねと《竜骸ドラガクロム》をはじばす。



『ちょ、シズク! あんた!』


「今だ! 俺が抑えてるから、さっさとこいつをぶった斬れ!」

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