第23話 赤目赤翅、再び

 高度5500m。戦場を離脱した2機の《竜骸ドラガクロム》は高速形態に移行し、新たな戦場に向かっていた。

 想定外のアピスの増援のため、すでに当初の作戦からは大きく逸脱しているが、そのことを考える余裕はない。



『こちらHQヘツドクォーター、ヨシュアだ。そろそろ、本体の群れが視認可能距離に入ると思う。群れの高度は2500m。数は推定で300から500の間。こっちは3・3で引き受けるから、2人はあかあかばねたたくことだけを考えてくれ』



 緊迫した声でヨシュアからの通信と共にHQヘツドクォーターから送られてきたデータにより、戦況が更新される。

 現在、分隊は本来の作戦目標の群れの掃討を完了。そのまま、第1分隊が街への避難指示および防衛のために戦域から離脱。


 残りの分隊は空中でヨシュアたちのHQヘツドクォーターとの合流のため待機。


 当初の予定では現在、待機している分隊をもってあかあかばねたたくという構想だったが事態の急変によってこの案は廃棄された。


 もし、新しい群れの到着までにあかあかばねの対処が完了していなかった場合、街が危険にさらされることになる。


 よって、カルディナ機が単機であかあかばねと交戦を余儀なくされていた。



『こちら、セレスティーナ。了解した。すまんが、頼む』


『大丈夫。群れだけなら十分に抑えられる。コーディも迷走状態のあかあかばねなら、十分に勝てるさ。問題はどちらかというと、キミ達だ。もし、キミ達があかあかばねに負けよう者なら……あかあかばねが二匹、しかも強力な個体の方が完全な状態になると一気にひっくり返される可能性が高い』


わかってる」



 もし、2人が敗北しあかあかばねが二体に増えるとカルディナ機が次に撃墜されるだろう。

 そうなると迷走状態とは言え、二体のあかあかばねがフリーになる。翻弄された分隊は最悪、全滅。そこまで行かないにしても撤退を余儀なくされる可能性が高い。


 そうなれば、いかに避難を完了しているとは言え街が無事で済むとは考えづらい。


 ドミノ倒しのように全てが悪い方へとむのは目に見えている。


 それだけに、負けられない戦いになる。



『だが、逆に考えればここを乗り切れば一気に楽になるはずだ。ステージ3で本隊はあかあかばねを相手にしなくてもすむ』


「ものは言いようだな」


『こうでも考えないとやってられないよ。大丈夫、くいくさ』


くいかせてみせる』



 セレスティーナの声と共にS・A・Sスキル・アシスト・システムを通じて、群れを検知。はる彼方かなたにぼんやりとした黒い雲のように見えている部分がクローズアップされる。


 黒々としたアピスの群れの中に、一匹だけ赤みのかかった一際大きな個体の姿が見える。



『群れを視認した。迎撃に入る。交信を終了する。大樹の加護のあらんことを』


『了解。そちらこそ幸運を――シズク』


「聞こえてる。セレス、どうする?」



 前回のあかあかばね戦の時と比べて、武装も《竜骸ドラガクロム》そのものの性能も2人の技術も格段の向上を見せている。

 それでもなお、あかあかばねの機動力を十全にかすことの出来る空戦での戦いは未知数だった。



『時間差攻撃でしかける。まず私が先行するから、シズクはその次だ。1対1で常に片方があかあかばねの注意を引き、もう1機が隙を突く。このタイミングでスイッチして、攻守を交代。どう思う?』



 セレスティーナの立てた作戦は堅実なものだった。


 常に片方がバックアップに徹し、もう片方もいきなり勝敗を決するというような戦いは行わない。危険性は少ないが時間はかかる。



「ちょっと消極的じゃないか? セレスはとされるわけにはいかないから、俺がオフェンスで相手をしてセレスが隙を突くって方が……」


『無理をしてシズクがとされたら、そこで終わる。時間はかかるだろうが、今回は時間をかければ不利になるというわけではないからな』


「まあ、それはそうだけど」



 シズクとしてはセレスティーナがとされることだけは、絶対に防ぐ必要がある。もちろん、セレスティーナには融合という奥の手がある以上、そう簡単にとされるということは考えにくい。


 しかし、シズクたちと違い死に戻りが出来ない以上はリスクは最小限に抑える必要がある。自分がバックアップに入っているとは言え、セレスティーナにはなるべく前面に出て欲しくはない。



「なら、俺が先行するよ。その後でスイッチだ」


『シズク、まさかとは思うが。いらぬ気遣いなどしていないだろうな?』


「……してないぞ」



 思わずギクリとしたシズクの声が軽くこわばる。



『カルディナといい、お前といい。お前たち異世界人は私たちを何だと思っているのだ』


「いや、だからしてないって」


『まあ、いい。そこまで言うのだ。せんぽうは任せる……だが、無理はするなよ。ちてはいかんのはお前も同じだ。いい加減に死んでも再生出来るからという考え方は捨てろ。シズクがシズクで無くなると……私も困る』


「了解。別に俺も死に戻りたいってわけじゃないからな」



 幼樹の村からこっち、どうにもシズクの死に戻りに拒絶反応を示すセレスティーナに1|竜骸《ドラガクロム》の中で苦笑しながらシズクは意識をアピスの群れとあかあかばねに切り替えた。


 群れはぐに最短距離を選んで、今はもう壊滅状態に陥っている最初の群れに向かっている。


 群れの状況が理解出来ていないのか、そもそもそんなことは最初から気にしていないのか。


 いずれにせよ撤退の気配は無い。


 そして、少し遅れてあかあかばねが群れを追尾している。


 これも予想したとおりだ。あかあかばねの役目は群れの援護であって、この段階で自分から積極的に狩りに参加することはない。


 それは前回の戦いやその前段階の騎士たちの戦いの記憶からも判明している。

 その性質をついて、群れを無視してあかあかばねをまずは切り離す。


 あかあかばねに攻撃をしかけても、おそらくは群れはそれを無視して目標へ向かう。

 自律して思考しているように見えて、実はそのほとんどの行動は事前に女王から与えられたフェロモンチャンネルによって支配されているというのがアリアナの推論だった。


 このため、変種アピスは原則としてイレギュラーに弱い。その反面、反応速度は極めて高く不測の事態に対しても個々の戦闘能力で切り抜けられるような進化の仕方をしている。


 シズクは滴PGを対あかあかばね戦に切り替えた。


 バージョンの上がった新しい滴PGがこれまでの戦闘経験とアリアナやヨシュアの推論から、《竜骸ドラガクロム》の取るべき最適な反応を取るように制御に割り込みをかける。



「さて、始めるか!」



 シズクの《竜骸ドラガクロム》が高高度から重力の助けを借りて、一気に直上からあかあかばねに接近する。

 パワーダイブからの切り込みはスカイナイツ時代からのシズクの得意技の1つだ。何度も何度も使い込み、トゥーンでは模擬戦や訓練、そして実戦で磨き上げてきた。


 おかげで今ではS・A・Sスキル・アシスト・システムよりも的確にかつ迅速に攻撃をしかけることが可能になっている。


 急速に視界の中心に捉えたあかあかばねが近づいてくる。まだ、気がついていないのかあかあかばねが回避行動をとる気配は感じられない。


 が、ここから不意に高機動をもって信じがたい動きをとるのを何度も経験しているだけに油断はしない。


 そのまま、狙いを定めてトリガーを引く……直前にあかあかばねの姿がかすんだ。


 超光速で移動したために、残像が見えていると理解するよりも速く滴PGが移動経路を予測、アラートでシズクに通知する。


 音と振動により、攻撃方向を変更。トリガーを引く。


 高熱の込められた青白い熱線がトゥーンの大気をいて切り裂く。


 が、その先にあかあかばねはいない。


 シズクの指がトリガーを引ききる、そのほんのわずかなタイミングで回避行動をとっている。



「相変わらず、当たらないか!」



 当たらないことを前提とした攻撃だが、それではあかあかばねを追いつめるほどの圧力には至らない。本気で当てるつもりでいながら回避されても当然という矛盾した思考。それがシズクの意識にさらに熱を加える。


 だが、その矛盾こそがあかあかばねの行動を制限している。


 あかあかばねが群れから距離を取る。


 群れを守るためのあかあかばねの本能か、あるいはそれ以外の意味があるのか。


 それを考える余裕もなく、第2撃を打ち込む。出し惜しみなしのミサイルを全て放出。それぞれのミサイルは滴PGによってランダムな軌道を与えられ、あかあかばねが移動しうる空間へと回り込むように殺到する。


 いわば、ミサイルは投網の網のようなものだ。


 それを回避するには必然的にシズクの攻撃範囲内にとどまらざるを得ない。


 そこで始めて、あかあかばねはシズクを認めたというように攻撃的な静止状態へ移行。


 キチキチキチキチキチキチと顎をかき鳴らす。


 もう一体のあかあかばねよりも、はるかに巨大な圧力をまき散らし、たったの一撃でシズクの《竜骸ドラガクロム》を食いちぎろうと隙を伺っているのがよくわかる。



「さ……来いよ」



 ふっとあかあかばねの姿がえた、と思った瞬間、まるでテレポートでもしたかのように目の前に現れる。


 マズイと思うよりも先に滴PGの近接支援が斥力の盾を全力で前面に展開。

 盾に接触したあかあかばねの動きが不自然にれる。



『もらったぁぁああ!』



 その隙を逃がさないというように融合したセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》が直上より、あかあかばねに斬りつけ、そして紙一重で避けられた。


 二機の《竜骸ドラガクロム》から改めて距離をとり、その複眼でじっとめつける。



『さすがに簡単にはいかないわね……』


「だな」


『次は私から攻めるから……シズクはとにかく隙を狙って。OK?』


「OK、だ」



 セレスティーナの《竜骸ドラガクロム》がかすみ、いくつもの白いおぼろな影となって空を舞う。


 騎技ドラガグラスタ――蒼影スケイス・ゴルム

 融合したセレスティーナにしか使えない、彼女とその祖による絶技。


 白い影のおりに閉じ込められたあかあかばねの顎がむ。


 空間が割れたかと思えるような鋭い音は、少し遅れてやってきた。


 映画のコマが飛んだかのように唐突に、あかあかばねの顎とセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》の剣が絡み合っている。


 一瞬のこうちやく状態。


 その静止した空間にシズクの《竜骸ドラガクロム》が突進する。


 再びの攻守交代。


 その戦いは始まったばかりだった。

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