第6話 その少女、凶暴につき


 騎士団の基地から、移動に要すること1日半。


 目的地の基地まであと10分ほどという距離に近づいた時、出し抜けにシズクとセレスティーナの無線に通信が飛び込んできた。


 正規の通信手順を踏んでのものではなく、つまり管制からのものではない。



『さっそく、来たか』


「みたいだな」



 並行して高高度を巡航速度で飛行するシズクとセレスティーナの《アジュールダイバー》に軽い緊張が走る。



『こちらはフォイラス聖樹騎士実験騎士団所属第一特別飛行分隊――』

『ああ。話は聞いてる。8・1基地だろう?』


 若いが落ち着いている、というよりもどこかひようきんな感じの声質だった。思ったよりも若いが、妙に世慣れているという印象を短いやり取りの中から感じとれる。


『……そうだ』


 名乗りを遮られる格好になったセレスティーナがぜんとした声で応えた。かなりイラッと来ているのは聞けばわかる。普段はあまり意識することはないが、セレスティーナは貴族社会の人間であり、こうした割り込みはさぞ腹に据えかねていることだろう。


「セレス」


『わかっている。これぐらいは予想のうちだ』



 予想はしていても、腹が立つのは腹が立つと言ったところか。


 そんな彼女のことなどまったくどうでもいいという感じで、無線の向こう側で男はさらに話を続けていた。



『ついさっき、ウチの親分ボスがキミたちを出迎えに出撃しちまった。その、なんて言うかな。ウチの親分ボス、気は良いんだけど、ちょっとばかり気が荒くてね。まあ、そんなわけなんで、よろしく』


「よろしくって、何を?」


『いーーーーーーやっほぅぅぅぅぅぅぅぅ!』



 シズクの疑問に男が応えるよりも早く、とにかくべらぼうに楽しそうなたけびが無線から飛び込んできた。



『上か!?』



 直上の警戒警報が鳴るよりも先に2人そろって回避行動。それまで寄り添うように飛んでいた2機の《アジュールダイバー》が弾かれるように二手に分かれる。


 2機の間にある見えないつながりを、鋭く断ち切るように1機の《アジュールダイバー》が急降下。ちらりと視界の隅に見えた色は――鮮血の赤。



『ハッハァ! イチャついてんじゃねえぞ、ゴルァ!』



 若い、というよりも幼いと言っても差し支えのない声にシズクの思考が一瞬静止する。



「お、女の……子ども!?」


『あん? なんか文句あんのか? テメェの頭も女だろうが!』



 められた、と思ったのか赤い《竜骸ドラガクロム》の少女がげきこうして反転上昇。猛烈な加速で迫ってくる。



『あ、もう着いちゃったか。それ、ウチの親分ボスなんで。じゃ、後は頑張って。くれぐれもとされにように気をつけてくれ。面倒はゴメンだ』


とされるなじゃなくて、とすなだろ! お前らの指揮官だろ!?』


『無駄なことはしない主義なんだ』



 それっきり、男の声は途絶えた。感度無し。無線を切ってしまったらしい。



『ぶっ殺していいのはどっちだ!? 白いのか? 青いのか? どっちもOKか!?』


「ああ、もう。こっちだ! 俺が相手してやるよ! セレスは手を出すなよ!」


『わかった。とっとと、そのキシューバをたたとしてしまえ。目障りだ』


『話はついたか? アタシにぶっ殺されるんのはどっちからだ!?』



 巡航域から戦闘域へとスロットルをたたき込む。シズクの青い機体が爆発的に加速。上昇開始。



「オレが相手してやるよ。ほら、ついてこい!」





「おー始まった始まった。みんな、どっちに賭ける?」


「そんなもん、あねさんに決まってんだろ」



 そうだそうだと沸き立つ皆を眺めながら、それもそうかとヨシュアは煙草たばこくわえた。

 地球ではとかくうるさく言われる喫煙だが、ここでは誰もとがめるものはいない。



 まだ、見えはしないが向こうの空ではヨシュアたちのリーダーであるカルディナ・コーンズが3・3部隊――通称、懲罰部隊を代表してのけんの真っ最中のはずだ。



「まあ、親分のストレスにならない程度に遊んでくれるといいんだけど」


「そいつぁ、難しいだろ」


「だな。この前、来たのもすーぐに帰っちまったしな」


 どの顔も陽気だが、どこかやさぐれている。


 ここにいるのは人種も年齢も国籍も性別もごちゃまぜではあるが、たった1つの共通点がそうさせていた。すなわち、誰もがみな、罪を犯した者であるということ。


 犯した罪は様々だが、幸いなことに殺人者とヤク中だけはいない。

 さすがにそんな人間を使うほど、連中もアホではないということだろう。


 そんなわけで、言わばエリート中のエリートである異世界人の正規の軍人――彼らは騎士と称しているが――と、この3・3部隊とはとにかく相性がよろしくない。


 結局、いいようにあしらわれて逃げ帰ってしまう。


 今回もおそらくは同じような結末をたどるだろう……と勝手にヨシュアはそう考えていた。



「そんじゃ、全員親分ボス? 賭けにならないなあ……」



「ん。私は……引き分けに賭ける」



 唐突な可愛らしい声に、管制塔につめかけていたギャラリーの視線が一斉に入口に向けられた。見るまでも無く、チームメイトの少女の声だ。


 アリアナ・メディスン。


 年齢はヨシュアたちのリーダーと同じく、若干13歳。ギフテッドの彼女はギフテッドにさわしく、普通ではない犯罪のためにここへと送られてきていた。



「アリー? 引き分け? マジで?」


「本気。どう、乗る? ただし……乗ったら、取り消しはなし。OK?」



 挑みかかるような目つきに、その場にいる全員がポケットから紙幣を取り出した。



「いくら天才か知らねえが、あとから泣くなよ?」


「もちろん。そっちこそづらかかないように」



 ドンとアリアナの小さな手のひらがテーブルに札束を載せた。その反対側にはしわしわの紙幣がくしゃくしゃのまま山になる。



「じゃあ、締め切るぞ! で、アリー。引き分けの理由は?」


「あと10秒でわかる………………4・3・2・1」



 アリアナのカウントダウンが終わるのと同時にピーっと気の抜けた警告音が部屋に鳴り響いた。



「なんだ?」


エネルギーミード切れ。コーディの《アジュールダイバー》にはきっちり往復分のエネルギーミードしか入ってない」



 だから、とアリアナはテーブルに詰まれた紙幣を数えながら解説を続けた。



「コーディーが戦闘に入れば、あっというまに燃料切れになって飛べなくなる」


「え? アリー、それマジ? シェン?」


「当たり前じゃない。もったいない。どーして、コーディーのけんにお金払わなきゃいけないのよ。誰が払うと思ってんのよ」



 管制室のお祭り騒ぎを我関せずと傍観していた、メガネをかけた少女がバカバカしそうに肩をすくめる。


 同じくヨシュアのチームの一員で、会計を担当しているシェン・ミン。

 基本的にチームの活動は全て彼女が握っている財布と機嫌で左右されることになっていた。



「ちょっと、待て! アリー、八百長だろうそれは! いくらあねさんでも勝負になんねえだろうが!」


「だから、最初に言った。取り消しは無しって」


「いや、それは公平な勝負の場合で、だな」


「ダメ。というわけで、これは私のもの……はい、シェン」



 アリアナが抱え込んだ紙幣の塊を受け取りながら、シェンがにんまりと笑みを浮かべる。



「んー。いい匂いねー。お金の香りは格別だわー。アリー、ありがとね!」


「シェン、てめ、仕込みやがったな!」


「読めないアンタらがボンクラなのよ。それより、良いの? コーディ落ちてるわよ?」



 え? っとその場にいる全員がモニタにくぎけになった。

 モニタに表示されている、彼らのリーダの機体の高度計が猛烈な勢いで0へと近づいている。



「墜落したら、どうなるんだ? 修理代、えらいことになるぞ?」


「大丈夫。そこも計算済み――あと、3秒」



 ピタリと数字の減少が静止。高度はわずかに150m。

 戦闘が再開される気配はない。



「というわけで、私の勝ち。ぶい」




『思ったより、やるじゃねえか、青いの!』


「うるせえ、馬鹿! こっちは半日飛んできて疲れてんだ! いい加減にしろ!」



 《アジュールダイバー》のまま、高速でのともえせんを繰り広げながらシズクと懲罰部隊の少女が怒鳴り合う。


 さすがにというべきか、やはりというべきか、少女は恐ろしいれだった。


 《竜骸ドラガクロム》で戦っていないので比較するのは難しいが、おそらくは副長と同格。下手をするとそれよりも上かもしれない。



『シズク。はやくとしてしまえ。目障りだ』



 文字通り、高高度から高みの見物を決め込むセレスティーナが不機嫌そうに注文をつけてくる。さっきからかなり機嫌が悪い。



「わかってるけど……強いんだって!」


『知らん。お前が勝つのは規定事項だ。あとは時間の問題だ』


『だから、いちゃついてんじゃねつってんだろうが! あん?』



 シズクの《アジュールダイバー》の頭を抑えようとしていた、少女の機体が不自然に減速した。そのまま、惰性で緩やかな弧を描きながら降下を始める。



「…………なんだ?」

『わからん。ちょっと待て。つなげるか試してみる』



 セレスティーナは部隊指揮官のため、コードが切り替わっていれば少女の機体のデータが把握出来る。


 試すだけ試してみるかという感じのセレスティーナの声に待つこと数秒。

 想定外の答えが返ってきた。



『わかったぞ。ミード切れだ』


「は? ガス欠? うそだろ?」


『事実だ。どうやら、私たちを出迎えるギリギリのミードしか補充してなかったようだな』



 《竜骸ドラガクロム》も《アジュールダイバー》も、共にそのエンジンである斥力ジェネレーターにはミードを精製したものが燃料として使用されていた。


 斥力ジェネレーターは推進力のみならず、防御フィールドや光学固定武装など、およそ全ての制御にリソースを供給し駆動させているため、戦闘時にはミードの消費率は一気に跳ね上がる。

 

 まして、ほんの往復20分程度の距離だけしか飛べないじゆうてん率であれば――こうなるのは当然と言えば当然だった。



「この基地の連中、アホしかいないだろ!?」



 《竜骸ドラガクロム》に切り替えて、パワーダイブ。少女の機体の後を追う。


 すでに自由落下に移行している、赤い機体がみるみる地表に迫っていく。


「…………間に合えよ」


 高度500で機体に追いつく。そのまま、速度を合わせて少女の機体を抱え込んだ。そのまま、急減速。


「お、重っ!」

『失礼なこと言ってんじゃねえぞ』


 激しい減速Gにうめき声をかみ殺すシズクに対して、赤い機体から聞こえてきた少女の声は涼しげなものだった。


 高度150mでようやく静止。


 改めて、抱え込んだ深紅の機体を眺めてみる。

 あちらこちらが煤けていたり傷が残っていたりと、お世辞にもベストコンディションからはほど遠い。


『お、悪い。ぶっ壊したらアタシはともかく、《竜骸ドラガクロム》の修理費がシャレにならないとこだったぜ。あんがとな』


 さっきまでの殺気はどこへやら。少女の声はアッケラカンとしたものだった。


『悪いついでに、このまま基地まで頼むよ』


『シズク、どけ。私が変わってやる』


 いらちを抑えた声でセレスティーナも《竜骸ドラガクロム》モードでシズクの横に並ぶ。


『そんなにカッカすんなって。取らねーから、怒んなって』


『取るって何をだ。シズク、いいから私に任せて離れろ』


 不機嫌の絶頂のセレスティーナが奪い取るように少女の《アジュールダイバー》を抱え込む。

 シズクはそのまま、そっと2人から距離を取った。これ以上のゴタゴタはさすがに勘弁して欲しい。


『っと、そうだ。まだ名前言ってなかったな。カルディナ・コーンズ。3・3で部隊を1つ預かってる。みんなはコーディーって呼んでる。よろしくな』

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