懲罰部隊

第7話 懲罰部隊


 3・3基地の滑走路に下ろされた、真っ赤な《アジュールダイバー》から降り立ったパイロットはシズクの予想を超えて、さらに小柄だった。

 

 髪の色は機体の《アジュールダイバー》と同じく、深い赤。

 鮮やかさの中に深みとすごみを感じさせるカーディナル・レッドの髪を揺らして、同じように《竜骸ドラガクロム》から降りたシズクとセレスティーナの2人にトコトコと軽やかに近づいてくる。



「まだ、本当に子供じゃないか」


「そうだな。あれほど幼い《竜骸ドラガクロム》乗りというのは私も初めて見るな」



 小声でささやき合っている2人に少女はポケットから棒付きキャンディーを取り出してぞうに放り投げる。

 慌てて、まとめてキャッチしたシズクに少女は気さくに声をかけてきた。



「よ。運んでもらって悪かったな。助かったぜ」


「その前に言うことがあるんじゃないのか? いきなり問答無用で襲いかかってくるというのは、さすがに行儀が悪いだろう」


 見下ろすセレスティーナの視線を真っ正面から受け止めたコーディーの瞳に炎が宿る。


「あ? ああ、アンタが白い方のヤツか。はっ。お上品なこと言ってんじゃねえよ。遊覧飛行に来たならとっと帰りやがれ」


「何を言っている? かかってくるなら、最初に名乗れと言っている。名前を聞く前にとしてしまってはな。後で困るだろう」


「ハッ。そういや、お前らの名前まだ聞いてなかったよな。確かにどこのどなた様をぶっ殺したかわかんねーと、ちょっと困っちまうな。いいこと言うぜ、アンタ」



 互いの視線で火を噴きそうな2人から、シズクはそーっと足音を立てないように距離をとった。

 一言で言うなら、絶対に巻き込まれたくない。


 そろそろと忍び足で後ずさっていると、だしぬけに背後から背中をたたかれた。そのまま、ずしっとした重みが肩に乗っかる。

 振り向くとまとまりの悪い癖のある金髪の男がシズクの肩に寄りかかっていた。


 20代の半ばから後半というところだろうか。30には届いていないだろう。


 彼が《竜骸ドラガクロム》乗りだとしたら、シズクが初めて出会う成人の男性ということになる。それだけで、この基地は自分たちとは違うのだということが実感出来る。

 


「や。お疲れさん。悪かったね、ウチの親分持って帰って来てもらっちゃって」


「あ、ああ。その、あんたは?」


「ああ、悪い。ボクはヨシュア・ヘイキンズ。ウチの隊のまあ、副隊長ってところかな。雑用係って言った方が近いだろうけど。ええと、キミは?」


 無精ひげだらけの顎にぞうくわえられた煙草たばこから一筋の煙が立ち上っている。


「シズク。特殊分隊の――ロ、ロー……」


従騎士ローデンサウ。シズク。いい加減にちゃんと覚えろ。今後のお前の階級なんだからな」


 コーディから視線をシズクに移したセレスティーナが、あきれたような声で言い添えた。

 出立前に慌ただしく騎士の一員に任じられたシズクだが、正直なところ実感はまるでない。それどころか、名称を覚えておくのも一苦労という感じだった。


「へえ。地球人なのに騎士様か。初めてじゃないか? やるなあ」


 従騎士という階級を聞いたヨシュアが驚いたように目を丸くする。

 一方のコーディーはというと、こちらはシズクと同じで従騎士という階級には興味はほとんど示さなかった。

 シズクの名前だけを幾度か口の中で転がして小さくうなずく。


「ああ。そっちの青いのがシズク……シズクね。覚えたぜ。で、アタシ達のボスのお名前はなんて言うんだ? アンタらは死んだらマジで死んじまうからな。今のうちに聞いておかねーと」


「セレスティーナ・クリモア・エクルース正三位騎士トリハータ・ローデン。合同作戦の間、お前達を預かることになる。よろしくな」


「セ……セレスティーナ、セレスティーナだな。覚えたぜ。よろしくする前に死なないでくれよな。アンタらの名前、クソなげえからさ。覚え直すの面倒なんだよ」


 再びにらみへと戻った2人を見守るシズクとヨシュア。

 おっかない自分たちの上官を刺激しないように自然と声が低くなる。


(うちの親分もアレだけど、そっちの隊長さんも大概だね。見た目はおしとやかっぽいのに)


(ええ、まあ)


(ま、仲良くやれそうで安心したよ)


 



 上空からみた時にも感じたことだが、3・3基地はシズクやセレスティーナの所属している騎士団の基地よりもずっと簡素なものだった。


 より正確に言えばいかにも急ごしらえ、といった雰囲気がそこかしこに漂っている。 例によって敷地面積だけはタップリと取られているものの、隊舎も各種施設も簡易的な感じで、ただ一カ所だけ再生室だけが大金庫のごとく念入りに作られていた。


 基地司令官はいかにもやる気のなさそうな中年の男性で、着任の挨拶はたったの一言だけであっさりと終わってしまった。


 いささか拍子抜けしたところで、当面の2人のガイド役を担当することになったヨシュアから基地についての説明を歩きながら聞く。



「3・3はコーディーの小隊を中核にして、10個分隊で組んで動くのが基本だね。分隊は3人1組でメンバーは特に決まってない。作戦に応じて、適当に振り分けてる」


「随分といい加減だな」


「これぐらい緩い方が効率が良いのさ。その代わり中核のボクたちはメンバー完全固定だ。管制や指揮もやるから、ボクたちが実質的なヘッドクォーターだね」


「……基地司令は何をしているのだ?」



 さきほどの実に適当かつ投げやりな着任の挨拶を思い出し、セレスティーナがうんざりした表情で尋ねた。

 規律と規則が第一の騎士団とあまりにも違う部隊のありようにかなりショックを覚えているらしい。



「特に何も。ボクらは基本、ドサ周りだからね。出向いた先でお偉いさんからアレコレ話を聞いて、それをボクたちに投げたらそれでオシマイ」


「いいのか、それで」


「いいんだよ。首突っ込まれる方が迷惑だ。ただ、整備とか補給とか売店とか、その辺の連中とはくやってるよ。さ、ついた。大体、ここでみんな時間をつぶしていることが多いかな」


 ブリーフィングルーム、というより完全にダベり場のような緩い雰囲気が漂う室内には20人近くの男女がそれぞれのやり方でリラックスしていた。


 カードゲームに興じている組があると思えば、どう見てもアルコールの類にしか見えない瓶を抱えていびきをかいているものもいる。

 かと思えば、ダーツで盛り上がっていたりとほとんど場末の酒場のような雰囲気だ。



「みんな。ちょっと時間をくれ。新しい司令官を紹介するから!」


「お、ジョッシュ。そいつらか? あねさんとやり合ったってのは」


「ああ。実際にドツキあったのはこっちのカレだ。名前はシズク、っていうらしい。まあ、見ての通りのカタギだからね。あまり悪ノリしないように頼むよ」



「へえ。わいいじゃない。いいわね。仲良くやれそ」「おい、ロブ。ケツ狙うなケツ」「いいじゃない別に」



 遠慮無い視線に若干の貞操の危機を感じながら、シズクは笑顔で応じた。

 まさか、舞踏会の笑顔の特訓がこんなところで生かされるとは予想もしなかったが、役には立っているようで思ったよりもずっと和んだ空気が漂う。



「で、そっちのべっぴんさんがあれか? 騎士様か?」


「そうだ。私がセレスティーナ・クリモア・エクルース正三位騎士トリハータ・ローデン。当面、諸君らの指揮を預かることになる。よろしく頼む」



 型どおりのセレスティーナの挨拶に遠慮のない視線やヤジが飛ぶ。どうもトゥーン人はあまり歓迎されていないらしく、シズクの時と違ってあからさまに敵意と侮蔑が含まれていた。



「じゃ。細かい打ち合わせはこっちでやるよ。邪魔したね――さ、次はウチの小隊の面子に合わせるから。実際のやり取りはボクらが一番多いと思うからね」


「そうか。助かる。いろいろとすまんな」


「なに。仕事だよ仕事」


 続いて、ブリーフィングルームの続き間となっている指揮官の控え室に通される。ここら辺の造りは騎士団の基地と変わりは無いが、大きな違いとして調度品などは一切見当たらない。



「アリー、シェン。ちょっと手を休めてこっち来て。新しい隊長さんの紹介するから」


「ん」「りょーかい」


「え?」


 何やら作業に没頭していた2人の姿を見たシズクとセレスティーナが意表を突かれたように立ち止まる。


「驚いたかい?」


「ああ。表の連中は予想通りだが……まさか、幹部がこれほど若いとは想像してなかった」


「能力の心配はしなくても大丈夫。斬った張ったはダメだけど、ボクたちは基本的にドンパチはしないからね。こっちのわいいらしい方がアリー。情報処理系は全部、彼女に任せて問題無い。《竜骸ドラガクロム》や《アジュールダイバー》のソフトウェア系のメンテナンスに改良・改善。戦闘中の情報管制、S・A・Sの開発までなんでもござれだ」


「ん。よろしく。いっぱいもうけさせてくれてありがとう」



 コーディーと同じくらいの年齢の少女がちょこんと頭を下げた。青みのかかった銀髪おかっぱ頭がわいく揺れている。

 外見はまるで似ていないのだが、その雰囲気の中にシズクは幼なじみのしずくと同じ匂いを感じ取っていた。



「それから、こっちが金庫番のシェン。彼女を怒らせると食事が貧相になったりするから気をつけてくれ。怒らせると一番ヤバイ」


 こちらはシズクと同じか少し上。トールと同じぐらいの年齢のこれまた女性だった。おそらくアジア系だとは思うのだが、不思議な印象で何人にも見えるし何人にも見えない。

 メガネが理知的な雰囲気を醸し出しており、銀行員めいた雰囲気というよりも守銭奴めいた感じでかなり場違いな印象を受ける。


「どれぐらいの付き合いになるかわかんないけど、よろしくね。ウチの隊、あんまりお金ないからそこら辺を考えて動いてくれると助かるわ」


「あと、最後は整備や補給の連中がいるけど、こっちはおいおい紹介させてもらうよ。ま、こんなところだ。改めて、ようこそ懲罰部隊へ」

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