第2話 久しぶりの日常、あるいは平穏な日

――楽しみにまっていろ。


 との言葉を残して、帰任時の報告は終了した。報告と言うよりも、むしろかんこうれいの念押しというところだが、今回の遠征で遭遇した詳細な内容などは文書で提出することになる。


 場合によってはジャーガよりもさらに上位の領主や貴族の集う会議への召喚もありえるとセレスティーナから聞いて、シズクはまた地獄のスキル漬けの日々が待っているのかとゲンナリしていた。



「それでは私は報告書を書かねばならんからな。今日はここで解散だ」


「手伝わなくても大丈夫か?」



 こちらの報告書の様式などまったくわからないので、実際にシズクがレポートを書くと言うことは無理だが、資料をまとめたり遭遇した事件について整理したりという、手伝いぐらいならなんとかなる。


 だが、セレスティーナは笑いながらシズクの申し出を謝絶した。



「大丈夫だ。手助けが必要になったら、こちらから呼ぶ。久しぶりの基地なのだからな。シズクも羽を伸ばしてこい。それから、うっかりと口を滑らせるなよ?」


「わかってるって」


 それでは、また後でな。と言い残して、小隊長以上のトゥーンの騎士専用の宿舎に戻っていくセレスティーナを見送ったシズクはいつものように食堂へと足を向けた。


 トゥーンの食材を使いながらも地球人向けの味付けを施された、独特の食堂の匂いを嗅ぐと腹が音を立てる。考えてみれば、道中は保存食保存食たまに川で釣った魚を焼いてまた保存食……という具合で正直、まともなものは食べていない。


 それでいて《竜骸ドラガクロム》に1日乗りっぱなしなのだから、たしかにイリエナが気にかけたように痩せるのも当たり前という感じだ。



「お、戻ってきやがった。おっつかれー」


「あ、ほんまやん。ちっとも死に戻りせえへんから、心配しとったんやで」



 スキンヘッドを隠すようにバンダナを頭に巻いたレッドと、これもまたいつもと同じくレッドとじゃれ合っているアンがシズクを見つけて大きく手を振って見せる。



「死に戻りしないから心配か」


「せやで。めっちゃ遠いところまで行ってたんやろ? ちゃんと戻って来れるかどうか不安やん。そのまま、死んで戻ってこられへんのちゃうかって」



 なかなか鋭いアンの疑問にシズクは笑い声で応える。

 実際に、セレスティーナに言わせると何度か危ない場面があったのだが、そのことを言うと必然的にあかあかばねとの戦いに触れることになるので、黙っておくしかない。


 死に戻りという地球人組全員に関わる情報だけに、シズクとしては共有しておきたいのだが、こればかりはいかんともしがたかった。



「でよ。どうだったよ? ずっと2人きりだろ? な、な、ヤッたのか? どうだった?」


「何を聴いてるねん、このドアホ!」



 スパンと小気味良く後頭部をどつき、そのままバンダナを奪い取る。



「あ、返せ! こら!」


「しばらく頭光らせとき。ほんま、デリカシーないんやから……で、どうやったん?」


「……結局、お前も聞いてんじゃねーか」


「あー。おやっさんにもさっき聴かれたんだけどな。一言で言うと、何にも無かった」



 シズクの言葉にポカンとした表情を浮かべる2人。



「は? なんで? 1ヶ月近くも2人きりだろ? しかも、本気で本物のガチの2人旅だろ? なんで、何もしてないのお前? なんか洗脳とかされてね?」


「そんな雰囲気じゃなかったんだよ。というか、セレスも俺も、そういう感じじゃないし」


「セレスやって。言っとくけど、あれやで? そんな風に隊長はんを呼ぶんも、そんな風に呼ばれるんも、あんたらだけやで? めっちゃ仲ええやん、あんたら」


「いや。最初にそれで良いってセレスが言うから」


「あのな。普通、言わねーっつの。シズクさ。中隊長にマリアって呼んでもいいぞーって言われたとしてさ。マリアって呼べる?」



 レッドの言葉を想像してみる。そもそも、そんなことを言う副長の姿そのものを想像するのが難しいがなんとか、そういうシチュエーションを思い浮かべると――レッドの言うように無理だった。



「だろ? 普通、言えねえって。おま、ハーレムのトールだって、人前じゃちゃんと小隊長つってんだぞ?」


「せやで。なんちゅうか、あんたら、もうつきあってるっちゅうの通り越してるやん」


「……お前らがそれ言う?」



 よりによって、夫婦漫才のアンに暗に夫婦みたいと言われると、非常に複雑な気分になってくる。この2人こそ、どうみてもつきあっているようにしか見えないというのを理解しているのだろうか?



「はー、なんやがっかりやわ。サクヤ先生に身体見てもうたがええで? なんやズタボロやし、どっか壊れてんちゃう?」


「だよな。もげてんじゃねえの?」


 

 エイゴンとまったく同じ事を言いたい放題言われつつ、そういえばこういう空気だったなとシズクはふと入り浸っていたスカイナイツの談話室を思い出していた。


 よくよく考えてみれば、この2人とも仮想空間時代を含めれば結構な付き合いになる。夫婦漫才コンビに限らず、トールやハルクも同じだ。



「……そういえば、そのトールやハルクは? 今日は訓練か?」



 この時間になると、なんとなしに食堂に集まってくるいつものメンバーの2人が顔を見せていない。


 とくに理由があったわけではなく、2人のセレスティーナとのこととの追求から話をらす程度のつもりだったが、2人の反応はシズクが考えていたものとは異なっていた。



「あー、トールなあ……あいつ、ちょっとアレなんだよ」


「んー。せやなあ。今度、アンタちょっとトールと話でもしたってくれへん? 同じ国の出身なんやろ? 同郷のよしみっちゅうやつで」



 煮え切らない言葉に首をかしげてくると、いつにもまして筋骨隆々のハルクが姿を見せる。今日はいつものように金魚のフンの小隊のメンバーの姿は見えない。



「お、戻ってたのか。ま、死に戻りで帰ってこないから心配はしてなかったがな。ちょうど良かった。ちょっと折り入って相談したいことがあってな」



 いつものようにかんろくのある顔にどこか困ったような笑い顔を浮かべて、ずしりとハルクがシズクの隣に腰を下ろす。



「実はな……その、少し困っていてな。ぜひ、シズクの意見を聞いてみたいと思ってたんだ」


「あー、あれかあ」「せやねえ」



 困り顔のハルクにアンとレッドがそろって、訳知り顔に腕を組む。



「何かあったのか?」


「うむ。実は、その、な。うちの小隊長にだな……妙に気に入られてしまって、だな」


「告られたんだよ。かー、羨ましいっつうか、ご愁傷様っつーか」



 歯切れが悪いハルクをレッドが混ぜ返す。レッドを軽くにらみながら、ハルクはポリポリとほおいた。



「え? マジ?」


「ああ。どこが気に入られたのか、さっぱりわからんのだが。まあ、そういうことだな。それで、ここは1つだな。せんだつのシズクに相談したいと思っていたのだ」


せんだつ? 誰が?」


「お前以外に誰がいるんだ? お前のところの分隊長――セ、なんだったか?」


「セレスか?」


「そう。つきあってるんだろう? というか、分隊長の実家に行っていたので帰投が遅れたとか聞いたぞ?」


「はぁ?」



 いったい、どんなうわさが広まっているのか……これは早めに訂正しておかないと副長の妄想が恐ろしい。



「ちょ、ちょっと待てって! 俺とセレスはなんでもないぞ!?」


「そうなのか? どうみても、仲が良いようにみえるのだが。ほとんど四六時中、2人一緒だろう?」


「いや。それはハルクたちと違って、俺たちの隊は2人しかいないから……」



 と必死にうわさを打ち消していると、ひょいとそのセレスティーナが食堂に姿を見せた。

 よりによって、このタイミングでかと内心で冷や汗をだらだら流していると、つかつかつかとこちらに歩み寄ってくる。



「セ、セレス? どうしたんだよ」


「ああ。すまん。今日は羽を伸ばせと言った口が渇かないうちだが、やはりどうもお前がいないとなかなか進まなくてな」



 軽く小首をかしげて長く伸びた髪をかき上げる。



「というわけで、前言撤回だ。やはり手伝ってくれ」



 軽く手首をつかんで、引っ張りながらシズクを立たせる。



「そういうわけでな。コイツを借りていく。また、別の機会に仲良くしてやってくれ」


「ちょ、セレス?」


「ほら、いくぞ」



 生ぬるい視線を背中に感じながら、セレスティーナにドナドナされていくシズク。



 食堂から出て、2人そろって会議室への通路を歩く。さすがに自室にシズクを連れ込むという考えは無いらしかった。


 少しホッとしていると、前から1人の青年が歩いてくるのに気がついた。


 道を開けようと少しだけ脇による。


 セレスティーナによく似た濃緑色の髪にオッドアイ。


 そして、抜けるような白い肌と細くきやしやで高い背丈。



「……え?」


「あ、シズク。そうか、戻ってたんだね。お疲れ様」



 一体、何度の死に戻りを経験したのだろうか。すっかり見た目が変わってしまったトールを思わず凝視していると、トールは少し困ったような目でシズクを見返した。



「ああ、これ?」


「あ、ああ」



 なんと言って良いのかうまく、言葉が出てこない。


 トールの姿はもう日本人というよりも、トゥーン人そっくりだった。



「ん。うちの小隊はどうしても穴が多くてさ……。あれから、また死に戻りしちゃってね。シズクこそ、大変だったんじゃないの?」


「まあ、いつもよりは結構きつかったとけど」


「そっか。けど、死ななくて良かったよ」



 口調こそいつもと変わらないトールだが、やはり何かが違っている。


 じゃあねと片手をあげて立ち去っていったトールをシズクはじっと見送っていた。

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