シーズン2

作戦前夜

第1話 アクションレポート

 

 幼樹の村を出立してから3週間。


 ようやくシズクとセレスティーナの2人は騎士団の基地上空にたどり着いていた。


 久しぶりに見下ろす基地は、出発する前と特に何かが変わったわけではない。そもそも、それほど長く留守をした、というわけでもないのだ。


 それでもシズクにとってはもう随分と長い間、基地やトールにハルクなどと言った仲間たちと離れていた気分になっていた。



「……さすがに疲れたな」


『そうだな。だが――まだ、報告が残っている。最後まで気を抜くなよ』



 セレスティーナの声に苦笑しながら、了解と答える。


 道中は完全に2人きりでしかも野営ばかりという絶好のシチュエーションであったのだが……シズクとセレスティーナの関係が何か大きく変化するということは起こらなかった。


 遺憾ながら、色っぽいことなども縁が無く、少し寂しいようなこれで良かったような、なかなか複雑な心境ではある。


 

『お帰りなさい、2人とも』


『ただいま戻りました、団長殿』



 基地からの通信にセレスティーナがいつもと変わらぬ口調で応える。ただ、その声音はやはり少しあんしたような響きが含まれているように思えた。



『早速ですまんが、基地に到着したらすぐに執務室に来てくれ――確認しなければならんことがいくつかある』



 続けてマリア副長の声。


 シズクにとってはこちらの方がイリエナの声よりもみが深い。別に怒ってなどないのだろうが、常にそんな風に聞こえるこの声を聞くと戻ってきたなという実感がわいてくる。



『了解いたしました。副長殿』


『ああ。従騎士長、よもやこのような結末になるとは予想もしていなかったが……よくやってくれた。野蛮人、お前もよくやった。褒めてやる』


「ども」


『それからな、道中のことで少し確認したいことがある。報告の後で少し顔を貸せ。いいな』



 褒めた矢先にいきなりドスの効いた声で告げられて、シズクは思わず顔をしかめていた。最近はセレスティーナとワンセットで行動していてもとくに気にしている様子はなかったのだが……初めて会ったときのように、何かいらない妄想をさくれつさせている気配をヒシヒシと感じる。


 2人の《竜骸ドラガクロム》がゆっくりと降下を開始。滑走路に降り立つ。



「あーやっと地面だ」


「ほら、気を緩めるなと言っただろう。行くぞ」



 《竜骸ドラガクロム》から降りて身体を伸ばしていると、同じようにさっさと降りてきたセレスティーナがポンとシズクの肩を軽くたたいた。



「お、やっと戻ってきたな。お疲れ様でした」



 ツナギに作業帽といつもの格好のエイゴンが2人を出迎える。すでに格納庫にはシズクとセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》を整備するために整備班が待機しているようだった。



「今、戻りました。ヘイケン主任。お預かりした機体を失ってしまうことになり、誠に申し訳ない」



「ん? ああ、気にしないでください。道具が道具として使われてぶっ壊れるなら、そりゃ本望ってもんですよ……よ、お前さんもお疲れさん。で、どうだったよ?」



 そっとシズクのそばによって声を潜める。



「美人の分隊長さんとの2人旅はよ? ん?」


「……いや、特に何も」


「は? お前、1ヶ月近くも何やってやがったんだ。タマついてんのか? その身体、ぶっ壊れてんじゃねえか? いっぺん、見てもらえ。タマと脳ミソをよ」


「……ヘイケン主任。申し訳無いが我々はこのあと、まだ報告がありますので。ほら、シズク行くぞっ」



 ぐいぐいとシズクの腕を引いて、セレスティーナが大股で歩き出す。


 2人の姿を見送っていたエイゴンはにやけた笑いを浮かべながら、独りごちた。



「なにが何もなかった、だ。うまくやってんじゃねえか――おら! お前ら、作業に入れ! 気合い入れろよ、気合いを!」



   †



「よく戻ったな、2人とも」



 早速、執務室に出頭した2人を出迎えたマリア副長は短く言葉をかけると入室を促すと、いつかのように扉の前に陣取った。



「無事に戻ってきてくれて、うれしく思います。セレスティーナ・トラファ。少し痩せたようですね」


「光栄です、団長殿。痩せたというよりも身が引き締まった思いです」



 2人をソファに促したイリエナは黙ってうなずくと、早速とばかりにデスクから資料の束を取り出した。



「戦士シズクから、ことの概要は受け取っています。すでに承知しているかとは思いますが、ここでの会話はもちろん、今後は暫く……新種のアピスについては極秘とします。他の戦士たちや小隊長に決して漏らさないようにしてください。もっとも……」



 とイリエナは苦笑とも自嘲とともつかない複雑な笑みを浮かべた。



そつちよくに言ってしまうと――いまだに信じられないというのが本音なのですが」


「はい。私もこの目で確認し、実際に戦うまでは、よもやあのようなアピスが存在するとは思いもいたしませんでした」



 セレスティーナの言葉に扉の脇に控えていた副長が難しい顔で、いつものようにイリエナの言葉を補足する。



「正直に言ってしまうとな。我々はもとより、報告を受け取ったジャーガも戸惑っておられるというのが本音だ。危惧していた先遣ではないというのは朗報だが、ある意味ではそちらよりも厄介な話だ」



 副長の言うように、通常のアピスとはまったく異なる行動様式を持つアピスが存在している……となると、騎士団のありようそのものを左右することになる。



「今、お前たちがもたらしたしらせはジャーガを通じて大樹会議において協議されることになる見込みだ。さすがにここまで話が大きくなってしまうと、結論が出るまでに時間がかかる。おそらく、このアピスに対応して我々が動くのは早くても――」



 副長は視線を天井にむけ、少し考え込んでからさらに続けた。



「半年やそこらはかかるだろう」


「……副長殿。シズクの報告ではうまく伝わっていないかもしれませんが、アレは危険です。一刻も早く調査を開始すべきです」



 セレスティーナが焦れたように言葉に力を込める。


 それに関してはシズクもまったく同じ考えだった。



 実際にあのあかあかばねと戦っただけに、いかに他のアピスと一線を画した存在かと言うことは嫌というほど骨身にしみている。


 もし、アレが通常のアピスのように群れをなすとしたら、まず普通の騎士団では全滅する。


 実際に幼樹の村をまもっていた騎士たちはカミラと2人の見習いを残して、みなあかあかばねの餌食となったのだから。



「セレスティーナ・トラファ。貴女あなたの危惧は正しく伝わっていますよ。だからこそ、ジャーガ・フォライスはさらに上位のフェーバを通じて大樹会議を要請なされたのですから」


「ですが……時間が」


「むろん、その間、騎士団も遊んでいるわけではないぞ。事の危険性から考えれば、我が騎士団が中核となり、戦士たちを最前線に投入することになる」



 死に戻りが可能で人的な損失を防げ、なおかつ実際に戦った者を通じて情報も取得出来る。まさにこのために用意されたような部隊と言える。


 だが、従来の《竜骸ドラガクロム》や《アジュールダイバー》では戦闘力が低すぎるというのがシズクの不安だった。


 とされました死に戻りましたわかりませんでは、文字通り話にならない。


 そのことを訴えるべく、話に割って入る。



「あの、ちょっと良いですか?」


「ん? 言ってみろ野蛮人」


「今の《竜骸ドラガクロム》や《アジュールダイバー》だと、その不安なんですが」



 シズクの言葉にマリア副長は戦意にみなぎった顔つきで、笑って見せた。



「案ずるな、野蛮人。手は打ってある」

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