第16話 特別分隊の昼と夜 -前編-

 青に少しだけ紫のかかったトゥーンの空に一筋の雲が流れる。


 まばゆく輝く白の航跡。飛行機雲。



「ほら。しゃんと飛べしゃんと。フラついているでは無いか」


「つっても……いや、無理だって。全然、安定してないぞ、これ」



 暴れ回る新型アジュールダイバー試験機のそうじゆうかんを押さえ込みながら、ゲシゲシとコクピットシート越しに背中を蹴られ、シズクは小さくぼやいた。



 セレスティーナが見せたスキルと公開を許可したスキルを元に新型の《アジュールダイバー》の開発が始まってから、ほぼ1ヶ月が経過していた。


 ミード採取のための出撃の合間を縫っては、こうして訓練兼試験飛行に追い回される日々が続いている。


 試験のために特別に複座式に換装された《アジュールダイバー》は、さらに様々な試験用のモジュールやらユニットやらを付け加えられ二回りほど大きくなっていた。


 結果的にこの巨体に見合うだけのS・A・Sスキル・アシスト・システムを煮詰めることが出来れば、他の《アジュールダイバー》では余裕のあるシステムとして組み込むことが出来るというのがエイゴンの計算だった。



「やっぱり、セレスのS・A・Sスキル・アシスト・システムが無いと……」


「ダメだ。アレは提供するわけにはいかん。使いたければ、身体で覚えろ身体で。シズクの取り柄では無いか」


「だったら、せめて解析プログラムぐらい使わせてくれよ!」



 悲鳴のようなシズクの声にセレスティーナはフンと後席でそっぽを向いた。



「イヤだ」


「何で! 戦技会の時はあっさりOKしただろ」


「あの後、気がついたんだがな。アレを使ってるお前は何というか、非常に腹立たしい。私の知らない誰かの気配のようなものを感じる。てっきり私はお前が独力で騎技ドラガグラスタを磨き上げてると思ったから、許可したのだ。どうりで、お前がどうにも後ろめたそうな態度をとるわけだ」



 思わずギクリとした途端、そうじゆうかんを操る力が一瞬抜けて、《アズールダイバー》が暴れ回る。



「図星、のようだな。別に絶対に使うなとはさすがに言うつもりはないが、こと祖に関わる騎技ドラガグラスタにアレ使うのは今後は禁止する。祖の騎技ドラガグラスタを使いたいなら、シズクの力で覚えてみせろ。それ以外は却下だ」


「んな、ちやな!」


「最初から、ちやは承知の上ではないか。ほら、もう一度やって見せるから操縦を私に渡せ。ヘイケン主任、一時的にそちらとのデータリンクを遮断する」


『……了解だ』

 


 融合するようになった影響なのか、それとも素の性格が出てきたのか。


 セレスティーナが妙に子供っぽくなった気がする。


 それだけ打ち解けてきたのだと思うのだが、どうにも距離感をつかみづらい。


 セレスティーナに主導権が渡ると同時に地上とのすべてのデータリンクが遮断され、2人乗りの《アジュールダイバー》が完全な密室になる。


 操縦をセレスティーナに委ねたシズクは、最近組み上げたばかりのオリジナル・スキルを起動させた。


 本来は学習用のスキルで他のユーザーの動きに自動的に追随するためのスキルだが、これを元に外部の動きから推測された必要なアクションリストに基づいた身体感覚を再現させるように作り替えてある。


 もちろん、こんな芸当は自分一人では出来ないので、副長とセレスティーナの立ち会いの下で整備班のS・A・Sスキル・アシスト・システムプログラマーにかなり手伝ってもらっている。


 こちらは特に何か言われたことは無い。



「それじゃ、行くわよ」


「了解」



 いつの間に融合したのか、口調の変わったセレスティーナが後席で異世界のスキル――騎技ドラガグラスタを稼働させた。


 と、同時に殺しきれない加速G。


 にも関わらず、あれほど不安定だった起動がぴたりと安定し、振動がうそのように収まる。



「どう?」



 目を閉じて、純粋に身体に伝わる感覚だけをじっくりと味わう。


 S・A・Sスキル・アシスト・システムによって可能なかぎり身体感覚として再現された微妙な動きをシズクはゆっくりと身体にしみこませていく。


 が、まだ、少し理解出来ない部分が残る。



「……今のところ、もう一回頼む」


「りょーかい。んじゃ、もうちょっと押さえながらいくわよ」


「ああ。助かる。ありがとうな」



 融合したセレスティーナがシズクにもわかりやすいようにゆっくりとスキルを使う。


 じっさいにこうして一つ一つを体感してみると、恐ろしく膨大かつ繊細なやり取りを《竜骸ドラガクロム》との間で行っていることが理解出来た。


 それはもはや操縦だとか制御だというよりも、一種のコミュニケーションに近い。



「はい。ここまでね。後は自力で頑張ってみて。じゃ、操縦返すわよ。ゆはぶ」


「了解。I Have」



 再び操縦を受け取り、先ほど味わった感覚を再現するように、もう一度トライ。


 まだまだ、完全にとは行かないが、それでもコツのようなものは飲み込めた気がする。


 まだまだぐに制御は出来ないが、どうすれば制御が乱れるか、という部分はなんとか把握出来つつあった。



「――こういう感じか」


「ん。さっきよりは随分と落ち着いたな。まだまだ、安定していないが。あとはシズクがどこまで使い込むかだな」


「セレスはそういうの無しでいきなり全開で使えるんだよな」


「当然だ。それが《樹寵クラングラール》の《樹寵クラングラール》たる由縁ではないか。とはいうものの、これはこれで悪くは無いと思うぞ。我らが祖がどうやって新しい騎技ドラガグラスタを生み出していったのか、その足跡を尋ねているようでな。心が躍る」


 無印に戻ったセレスティーナがシズクに及第点を出し、再びデータリンクを再接続。


 待ってましたとばかりに地上で様子を伺っていたエイゴンから通信が入った。



『どんな案配だ? こっちで組み上げたS・A・Sスキル・アシスト・システムは使えそうか?』


「出力を上げるとダメな感じですね。セレスのスキルの制御に比べると、まだまだ粗い感じです。他のスキルと干渉してるっていうか……」


『……了解だ。降りてきていいぞ。今日はここまでだ』


「ダメだ。そっちが終わったら、模擬戦をやるぞ。こっちに時間を取られてまるで訓練が足りてないのだ。お前にはもっと強くなってもらわないと困る」


「勘弁してくれ!」


「不許可だ。エイゴン主任。今から《竜骸ドラガクロム》での訓練に入る。分離した《アジュールダイバー》の部位はそちらで適当に回収していただきたい」


『……了解しました、従騎士長殿。あーそのなんだ、シズク。めげずに頑張れよ』


 

 生ぬるい感じの激励を聞きながらげんなりしていると、視界に【《竜骸ドラガクロム分離シークエンス開始》】とのメッセージが表示される。


 後席のセレスティーナが分離してしまえば、前席のシズクも《竜骸ドラガクロム》モードへの移行を強要されるのは必然であり、この仕様に関して何度もクレームを上げているが完全に整備班からは黙殺されている。


 複座式の仕様で困るのはシズク以外に誰もいないというのが、その理由だった。



 コンっと軽い振動と共にコクピットが変形し《竜骸ドラガクロム》の本来の形となってシズクの身体を包み込む。


 一瞬の後には《竜骸ドラガクロム》の姿でシズクは空中で姿勢を安定させ、分離して基地へと戻っていく《アジュールダイバー》のパーツを見送っていた。



「ああ、俺も帰りたい……」


『ほら、集中しろ! 訓練空域についたら、地上との接続はすべてカットするからな。今日は徹底的にやるぞ。夢でも特訓出来るほど身体に染みこませてやるから、覚悟しろ』


「しかも、融合モードでかよ……」


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