第18話 異世界の街 -前編-

 《竜骸ドラガクロム》で空をのんびりと行くこと、片道1時間。


 基地からおよそ、300kmほど離れた場所に最も近い街――バリエ・フォライスは世界樹というには物足りないが、それなりに上空からでもはっきりわかる大樹に抱かれるようにたたずんでいた。


 さらにここから3,000kmばかり基地から離れると、このあたりの領地の都を要する世界樹フォライスを擁する都があるらしい。



 およそ日本列島丸々1個分の距離を移動しなければ、最寄りの領地の都にたどり着けないというのだから、日本の地理感覚が身に染みついているシズクにとってはまいのするような広大な距離だ。


 しかもその間に人里らしい人里が皆無ときては、人口密度というのもバカバカしい。



 そんなことを思いながら、シズクは事前に指示されていた場所にセレスティーナと並んで《竜骸ドラガクロム》を静かに下ろした。


 街からかなり離れた位置にある広場で、ここに武装の類は置いていくルールになっているらしい。

 なので、ここからは《竜骸ドラガクロム》ではなく、迎えの乗り物に乗って街まで移動することになる。



「ふむ……迎えが来ていると聞いていたのだがな」


「それっぽいのは見えないな……もしかして置いていかれたんじゃないか?」


「私のせいだと言いたいのか?」


「いや、そうじゃないけど」



 とかく完璧主義のセレスティーナによる、付け焼き刃の礼儀作法の特訓は結局、休暇当日の朝までずれ込んでいた。


 ようやく、セレスティーナが納得したのが昼も近くになろうかという時間で、ようやく《竜骸ドラガクロム》に乗り込んだのは、みながとっくに出発した後だった。



 先行して出発した他の騎士団員の姿はすでにない。ということはもう街に移動したということだろう。


 以外と手回しの良い副長からは、夜会当日までは基本的に小隊ごとの自由行動で休暇を満喫するようにと言われているが、実際にどうすればいいのかということは聞いていない。


 慣れない異世界人たちのためにガイドはつけてくれるという話だったが、その姿も無い。もっとも、ガイドの役割を考えると送迎は別口と考えるべきだろう。



「ふむ。これは少し想定外だな。まさか《竜骸ドラガクロム》で街に乗り込むというわけにもいかんし」


「やっぱ、ダメなのか?」


「当然だ。街には武装の類は身分を問わず持ち込み禁止だ。が、歩いて行ける距離でも無し。さて……ん?」



 どうしたものかと空を仰いだセレスティーナがじっと目を細めた。


 つられて同じ方向を見ると、確かに空の一点に黒い影が見える。



「……どうやらあれだな。もしかすると、樹鷹か?」


「樹鷹?」


「うむ。世界樹やその分枝に巣を構える鷹でな。非常に縁起の良いとされている鳥だ。なかなか人に懐かぬので飼い慣らすのは難しいのだが、それだけに乗用として育てられたものは貴重なのだ」



 要するにロールスロイスとかベントレーとか、そういう高級車でのお出迎えという感じらしい。


 勝手にそう決めつけるとシズクは逆光に目を細めながら、ゆっくりと近づいてくる巨大な鷹を観察してみることにした。


 何しろ地球ではまず見ることのできない、アピスと異世界人を除けば初めて見る異世界の生き物である。好奇心が止まらない。



 まず、鷹と翻訳スキルが訳したように見かけは鷹に酷似している。鷲なのかもしれないが、鷹と鷲の区別はシズクには付かないのでこれは鷹なのだろう。


 ただし、でかい。


 翼を広げた状態で30メートルぐらいはあるのではないだろうか。


 シンドバッドの冒険に出てくるロック鳥という方がしっくりくる大きさだ。


 もっともこれぐらい大きくなくては人を乗せて送迎と言うわけにはいかないだろうが。



 色は普通にトンビ色だが、所々に鮮やかな緑色の羽が混じっているのが見える。


 そのせいでどことなくじやくのような華やかさを感じられた。


 クチバシは……これまたでかい。一口で人間ぐらいはまるみできそうだ。


 ブワッと突風を巻き起こしながら樹鷹が羽を打ち下ろして、ゆっくりと着地した。羽を折り畳みさっそくの毛繕い。


 この辺りは動物丸出しだった。



「ようこそ、大樹の果ての街へ! 自分がお二人のご案内を仰せつかりました、ディラス氏族のミリス・ラス・ディラスであります! 尊き騎士殿に勇猛なる戦士殿であられる、お二方をお世話することになり、光栄であります! お出迎えが遅れましたこと、誠に申し訳ございません!」



 ミリスと名乗った少女は、元気よく敬意を表すると、ざっと素早く頭を垂れてひざまずいた。


 ぴょこんとした猫ともおおかみとも付かない耳がふさふさと揺れている。



「楽にしてくれ。私自身はいまだ大樹のあかしを継承していない若葉の身であるし、この私の部下に至っては異世界からの客人に過ぎぬ。そのような礼を受けるほどの身ではない」



 こういう言い回しはやっぱりお貴族様だよな、と思わずにはいられない。シズクは軽くうなずきながら、言葉を引き取った。



「まあ。そういうわけで気楽にしてくれた方が助かるよ」



 なんせ俺の世界には貴族なんかいないしな、という言葉は言わずに飲み込んだ。


 一応、戦士というのは準貴族としての格式を持っていると座学でサクヤ先生から教わっている。下手に平民アピールをするとかえって面倒なことになりかねない。



「光栄であります! それではお言葉に甘えまして、これよりは平素の態度に戻らせていただきたくあります!」



 とても人好きのする元気な声で好感の持てるガイドだった。歳のころは中学生ぐらいに該当するのだろうか。濃い紫色の長い髪で動きやすそうな緑色に染め上げられた短衣にズボンという格好だった。


 だが、それよりも何よりも頭のてっぺんから見え隠れする獣っぽい耳が気になって仕方ない。


 だが、ここは好奇心を抑えてグッと我慢の子だった。うっかり触ろうものならセクハラとかもっと大きな事件になりかねない。



「ああ。許可する。ところで他の者もいたと思うのだが」


「はい! 皆さま、すでに街におつきでございます。従騎士長殿と戦士殿が後から来られるとは思わず、お出迎えが遅れてしまい申し訳ございませんでした」


「いや、それはこちらの都合で遅れただけだ。気にしないでくれ。早速だが、街までの案内を頼む。宿もこちらでとるつもりなのだが」


「ハイっ! うけたまわっております。部屋はすでにお取りしてございます。まずは部屋で少々おくつろぎいただいた後にお好みの場所をご案内させてただきたくありますです!」



 ぴょこっと跳ねる耳を前にシズクはせっかくの説明をほとんど聞き流していた。


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