第18話 異世界の街 -後編-

「すっげえ……」


 鷹の背に揺られるという空前絶後の経験を堪能した後、シズクは案内された部屋に感動していた。

 確かに豪奢でいかにも金のかかった部屋、という感じだがそこは問題ではない。

 問題なのはその異世界っぽさというか、もっと言ってしまうとファンタジー感全開の雰囲気だった。

 磨き上げられた樹木の家具が漂わせる歴史の重み。繊細な金属で編まれたカップはうっすらとしたオーラを纏い、異世界ではあってもトゥーンには存在するはずのない魔力じみた圧力を放っている。

 かと思えば、壁にかかった魔法陣からは清水が渾々と流れ続けて部屋の中だというのにまるで森の中のような爽やかさを演出し、それでいて不快な湿度は全く感じさせないというのだから恐れ入る。

 

 暖炉には火が入ってないのが残念だが、それは流石に贅沢が過ぎるというものだろう。何しろ今は春から夏にあたる季節ということで、さすがに暖炉を使うほど寒くは無い。

 扉はこれまた非効率的な円形で、たっぷりと贅沢に空間を使えなければとても採用できたものではない。

 そして、窓の外には世界樹と呼ぶにはかなり物足りないが、それでもずいぶんと立派な大樹が佇んでいるのが見える。

 遠近感がおかしいので、目の前にあるように見えるが、実は歩くと結構な距離があるのだそうだ。


「お気に召したようで何よりなのです」

「感動した。マジで感動した!」

「……あまりはしゃぐな。恥ずかしいではないか。いい宿だがそこまで騒ぐほどでもあるまい」

「流石に世界樹の都の宿と比べられては、いささか困ってしまうのであります」

「ああ、すまない。そういう意味ではないのだ。部屋には満足している」


 しゅんとうなだれたミリスに慌てて、フォローを入れる。へにょんと垂れる猫耳が愛らしいが、シズクは頑張ってそれを表情に出さないように押し込めた。


「あれも、世界樹ってヤツなのか?」


 何度か作戦で見た世界樹は規模というかスケールが違っていて、もはや山とかそういうレベルだったが、こちらはまだしも樹木という認識の範疇に入る大きさだった。それでも、十分に巨大で地球上で見たどんな大樹よりもまだ大きい。


「いや。あれは世界樹の分枝だな。根でフォライスの世界樹と繋がっているはずだ」

「フォライスって……3,000kmもかよ!」

「何を驚く。世界樹というのはそういうものだ」

「ああ、もういい。わかった」


 とにかく地球のスケールで考えてはいけないということはよく理解出来た。

 よくもまあ、この世界に巨人が住んでいなかったものだとほっとするほどだ。


「それでは、しばらくこちらでお寛ぎください。その後、街をご案内させていただきます。ところで昼食はお済みでしょうか?」


 そういえば、バタバタしていて食事をとっていなかった。思い出したように腹の虫が鳴いてそのことを主張する。

 ミリスはくすりと笑うと大きくうなずいた。


「それでは私のとっておきをご案内いたしましょう!」


 荷物を宿に置き、しばし一服して疲れを取った後、さっそくシズクとセレスティーナはミリスに案内されて街へと繰り出した。

 樹木を中心とした生活をしている、というのは知識では知っていたものの、こうして街を歩いてみると強く実感する。町外れに佇む世界樹の分枝は自身も広大な根を張っており、それがそこかしこから芽吹いている。

 その若木を建物の基礎として活用するという感じで、直線的な加工がほとんど見られない。木のうねりを利用した独特の建築手法がとられているようだった。

 地球ではちょっと見ることのできない街並みで、実にファンタジーっぽい。

 ただ中世ヨーロッパ風というのでもなく、かと言ってオリエンタルな雰囲気でも無い。無国籍なファンタジーというと言い過ぎだが、どこかで見たことがある気がするけど、よくよく考えるとどこにも似ていない街並みだった。


「いかがですか、お味は?」

「美味い。何の肉かわかんねえけど、とにかく美味い」

「肉では無いぞ。分枝の実だ。独特の味付けだな。樹下の民の料理は変わっていて楽しいな」


 はむはむと串焼きを頬張りながら、シズクとセレスティーナがご満悦の笑みを浮かべる。それを見て、ミリスは我がことのように胸を張った。


「はい。ここの店の串焼きは店主が長年の工夫の果てにたどり着いたものなのでありますよ! とくにタレに使っているティーチの配合が独特なのです!」

「ティーチの葉?」

「はい。本来は切り傷などの治療に使うのですが、独特の風味がありまして。ただ、使いすぎると臭くなりますし、少ないと実から苦みが出てしまったりと扱いが難しいのであります」


 地球で言うところのハーブのようなモノらしい。ところが変わっても、そういうところは似たり寄ったりで、あまり変わらないことに少しほっとする。


「こっちは……なんだ、これ?」


 見慣れないトロリとした液体の中に何かが使っている。木で出来た匙ですくって液体を舐めるとメープルシロップとよく似た強い甘みを感じた。


「これは……私も初めてだな。何だ?」


 セレスティーナも知らない料理らしい。おっかなびっくりという感じで匙で器の中を探っている。


「これは世界樹の樹液で出来たシロップで卵を漬け込んだものでありますね。ちょっと癖が強いのですが病みつきになる人も多いです」

「卵のシロップ漬け?」

「はい。甘さとしょっぱさのコンビネーションが秘訣であります」

「……少し勇気のいる組み合わせだな、それは。で、何の卵だ?」

「マシリスであります」

「マシリス?」

「世界樹や分枝に棲む、小動物だな。とにかくすぐに増えるから、マメに退治しないと厄介なことになる……どちらかというと害獣だ。肉は味が濃い。これは汁物と良く合うのだ」


 どうやら、地球で言うハクビシンとかイタチみたいな感じらしい。ただ、卵というからには卵生なのだろう。となると鳥の一種なのだろうか? この辺りはいずれ、図書館で調べて見ても良いかもしれない。


 ともあれ、食べてみないと始まらない。


 そっと匙を卵に差し入れると、思ったよりも強い抵抗の後にさっくりとした感触でぱかりと割れた。中から黄身というには少し緑のかかった卵黄?が流れ出してシロップと混ざり合う。半熟だ。


 シロップに触れていない部分をそっと舐めるとかなり塩気が強い。白ご飯と合いそうだなと思いながら、今度はシロップと混ぜて口に運んでみる。


 想像以上にこっくりとしたコクの中に強烈な甘みが迸る。と同時にじんわりと後から塩味がやってきてさらにそこに残ったシロップの甘みが重なって……ヤバかった。


 いわゆる、止まらない系の甘塩っぱいスイーツだ。


 とにかくマーブル状の甘さとしょっぱさの波状攻撃が喉の中で渾然一体となるのがヤバイ。何か出てはいけない脳内麻薬がドバドバ出ている感じがする。


「これは……良いな!」


 案の定、セレスティーナがどっぷりと味の魔力に嵌まってしまったようだった。やはり女子はスィーツに逆らえない。


「でしょう。ただ、当たり外れが大きいのでありますよ。今回はお二方とも当たりで幸運でありました」

「そうか。まあ、樹下の民の作る料理故にやむを得ないだろうな」

「……? どうして、その、樹下の民の作る料理は当たり外れが仕方ないんだ? 何か違いがあるのか?」


 もう一度、匙ですくって口の中に運びながらシズクはそう尋ねた。やはり、美味い。


「おい。シズク、不躾だぞ」

「いえ。私は気にしておりませんから。それに戦士殿は結晶人とも私たちとも異なるのだと耳にしております。であれば、ガイドとしてお話することはむしろ、私の役目でありましょう」

「すまぬな」

「いえいえ。それに結晶人の方々が考えておられるほどには私たちは気にしていないのでありますよ――つまりですね、戦士殿。私たち樹下の民は魂結晶を持っていないのであります」


 それはシズクにとって、思いがけない告白だった。


「え? トゥーン人ってみんな魂結晶で繋がってるんじゃないのか?」

「かつてはそうだったと聞いている。が、ある時、袂をわかったのだ」


 はい。とうなずくとミリスは先を続けた。


「私たちのご先祖様は魂結晶を継承する権利を放棄したのであります。そして、世界樹に頼ること無く生きていた土着の生き物と交わりました。私たちの外見が少し結晶人の皆さまと異なるのはそのためであります」


 つまり、ある種の混血だということらしい。なるほど、だから獣耳なのかと一人シズクは納得した。


「それ故に私たちは世界樹の恩恵……《樹寵クラングラール》を受けることが出来ません。ですので、結晶人の皆さまのように雑技イリハグラスタ術技アライングラスタを使うことは出来ないのです」

「ってことはスキルじゃなくて、純粋に腕でつくってるのか」


 そこは地球と同じで、なんだか共感がもてた。スキルは確かに便利だが、あれもこれもでは味気ないのも確かだ。


「ですので、ある意味では毎回手探りであります。ですが、悪いことばかりではないのでありますよ」

「というと?」

「これは実際に確かめてもらった方が早いのであります――しばし、お待ちいただけますか?」


 そう言うとミリスはぱぱっと広場に点在している屋台や店を駆け回りだした。やがて戻ってきた時には空っぽだった籠が溢れかえらんばかりに食べ物や細工物で詰まっていた。


「これは広場の端っこで店を出している、結晶人の方のお店で買ってきたものであります。こちらは少し離れた市場で買い求めました。こっちは店売りでありますね。どの店主も独立していまして、親族ですとか徒弟関係はありません」


 そう言って彼女が差し出したのは和菓子のように綺麗に整えられた細工菓子のようだった。3つとも非常に精緻な飾りが施されており食べるのが惜しいと思えるほどで、熟練の技を感じさせる。

 軽く削るように細工菓子を口に運ぶと、さらりとした上品な甘さを感じる。同じくもう1つも食べると、こちらも全く同じ味だった。最後の1つもやはり同じ。


「いかがでありますか?」

「どれも美味いな。けど、それがどうかしたか?」

「3つとも、全く同じ味だったのではないですか?」


 そう言われて初めてシズクはそのことに気がついた。それだけではない。よくよく見比べると鏡に映したようにすべてが全く差が見当たらない。地球の量産品でもここまで同じにはならないだろうというほどに、完璧なまでに同一の菓子だった。


「……手作りだよな、全部」

「手作り以外に何かあるのでありますか?」

「あ、いや。俺の故郷だと大量生産って言って装置でばーっと一気に作る場合があるんだよ」

「ああ。工房みたいなものでありますね。いえいえ。基本的に屋台料理でありますからね。そんなこととても出来ないのですよ。割が合わないのであります」


 こちらでは大量生産の方がコストがかかるらしい。そういう技術はあると想うのだが一般には降りていないということだろうか。


「もう1つ付け加えるならば、片方の屋台は10年来の古株で、もう1つの店はほんの半月ほど前に開いたばかりであります。店売りにいたっては都の支店であります」

「それなのに、ここまで同じになるのか?」

「それが《樹寵クラングラール》なのでありますよ。同じ術技アライングラスタならば同じものになるのであります。というよりもこれ以外に別の菓子を作ろうと思えば、別の術技アライングラスタを授かる必要があるのです」


 そういうことかとようやくシズクは納得した。

 これがスキルに頼ることの弊害だというわけだ。スキルでは誰でも簡単に結果を出すことが可能になるが、逆に言うと同じ結果しか出てこない。というよりも同じ結果を出すための技術をパッケージしたものがスキルなのだから、当然と言えば当然だ。

 だが、それ故に発展性に欠けている。イレギュラーからの発見というのが基本的にありえないのだから。

 おそらく、樹下の民というのはそれを忌避した人々の子孫なのだ。


「足りないなら、より多くの《樹寵クラングラール》を授かるように励むべきだろう」

「考え方……というより生き方の違いだな」

「私たちは一つの菓子を作れるようになるまで、時間も労力も結晶人とは大違いであります。オマケに出来も不出来もあるのですが……」


 パクリと別の店で買ってきた菓子をミリスは口にして微笑んだ。


「満点以上のモノへとたどり着く、という楽しみもあるのでありますよ」

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