分厚い壁

未設定1

第1話 分厚い壁

狭くて暗くて、頭を下げ体育座りをしてやっと入れるぐらいの箱の中に居た。その中でずっと俯いている。


箱の外に好奇心と恐怖を感じていて、でもいつも恐怖が勝つから外に出ない。


思い出すとそんなイメージ。


その頃の自分の周りには、外界と交われないような分厚い透明な壁が四方にあって、外側に触れる事ができない。一生懸命に外側の人達と同じ様に振る舞おうとするけど、すればするほど自分の心が遠ざかっていく。


現実から目を背ける以外、自分を救う術がなかった。


学校には行かなかった。


ずっと安全地帯である箱の中に居たかった。


日々時間がどんどん過ぎて行く中、外の世界からどんどん引き離されて行くようだった。


不安がどんどん大きくなる。


その不安を直視すると、爆発しそうになるくらい頭の中に複数の激しいうめき声が鳴り響く。その中には自分の泣き声も混じっていて、それを聞くのがたまらなく嫌だった。


そして逃避を繰り返す。


そんな中学生だった。


その当時は「不登校」ではなく、「登校拒否」と世間では呼ばれていた。


父親と母親の仲は、その子供である自分から見ると最悪だった。


父親はほぼ毎日、外で酒を飲み帰ってくる。

酒癖は悪く、帰ってくるなりどなり声を喚き散らす。

母親は罵声で応対するが、そのうちそれが泣き声に変わる。


そんな暮らしに余裕などあるわけは無く、父が作ってくる借金の返済に、常に四苦八苦すしている母親の姿が今も脳裏に深く焼き付いている。

5つ上の姉とそれを二階に続く階段の上から、ただただ眺めるのが日常だった。


僕が登校拒否と初めて呼ばれ出したのは、小学二年生の時だった。

当時住んでいた大型製鉄所の社宅を引き払い、そこから少しだけ離れた団地に両親が家を建てた。

そこは以前の社宅があった土地とは違い、四方を山や林で囲まれおり、今思い出してもずっと空気が湿気ている様な、そんな雰囲気の陰気な場所だった。

だが越した直後は楽しかった。

見るもの触るもの全てが新鮮で、見たことない木や虫、鳥の鳴き声、それらが小学二年生の自分の胸をワクワクさせた。

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