第21話 最終作戦へのカウントダウン

 ······私は自宅の部屋で体育座りをしていた。あれ? 前もこんな事があった様な? とにかく私の脳内は体育祭。文化祭。そして町内会で行われる夏祭りが三つ混ざってどんちゃん騒ぎする程混乱していた。


 えらいこっちゃ。えらいこっちゃ。そんなフレーズが私の頭の中を永遠に繰り返し反響していた。


「おい。小田坂ゆりえ。どこから突っ込んでいいか分からねーから触れないで置くが、唇が荒れるからその辺で止めとけよ」


 花も恥じらう乙女のベットに図々しく腰掛ける金髪の不粋男が、無意識に自分の唇を爪で掻く私に忠告する。


 ······何をしているんだろう。私は。唇を幾ら掻いてもユリアからキスされた事実は無くならないのに。


「大丈夫か? これ使えよ」


 六郎が私の前に座りリップクリームを差し出す。私はそんな金髪の美青年をじっと見つめる。


 こんなブスに見つめられたら、普通の男は目を背けるか不快感を露わにする。けど。六郎はきょとんとした表情で私から目を逸らさなかった。


 ······六郎は不思議な人だ。幾ら私を本来の姿に戻す事が仕事だと言っても、こんな不細工に関わるなんて普通の男子なら嫌だろうに。


 けど六郎は、初めて会った時から今日の今まで私を一人の人間として。女子として扱ってくれた。


 口は悪いが心が澄んだ人。私は六郎の事をそう思うようになった。けど、仕事の事となると六郎は人が変わった様に冷酷になる。


 鶴間君が失恋した所を慰め口説き落とす。どうして六郎がそこまで非常に徹するのか私には分からなかった。


「小田坂ゆりえ。国岩頭ユリアの行動は意外だったが自分の目的を見失うなよ。いよいよ勝負を決める作戦を決行するぞ」


 真顔になった六郎は、あぐらをかいた両膝に手を乗せて身を乗り出す。ユリアの事で頭が一杯だった私は、容易に心の切り替えが出来なかった。


「······湘南の海に、日帰り小旅行?」


 六郎から作戦を聞いた私は、意外過ぎるその内容に驚く。えっと。告白って校内の裏庭とか。夕日が見える公園とかでするものじゃないの?


 六郎の段取りはこうだ。担任の南先生に小旅行の話を持ちかける。理由は私がクラスメイトと馴染む為。


 そして大問題行動を現在進行形で行っているユリアをこの機に改心させる。南先生は喜んで同行してくれると六郎は言う。


 そして同行メンバーは私。ユリア。南先生。鶴間君。北海君。大山さん。ん? ちょ、ちょい待って!


 今私の中で頭を悩ませている人達がオールスターで勢揃いしているじゃない!?


「まあ落ち着け。小田坂ゆりえ。俺だって本当は鶴間徹平。北海信長。そしてアンタだけの三人がベストなんだ。けど、この六人の人間関係は見事に片思いの一方通行が一つの円となって繋がっちまった。こうなったら全員一度にケリをつけないと逆に後々ややこしくなっちまうんだ」


 六郎の説明に私は頭の中でその相関図を浮かべる。私は一応鶴間君を追い、鶴間君は北海君を追い、北海君は大山さんを追い、大山さんは南先生を追い、南先生はユリアを追い(教師として心配?)ユリアは私を追う······?


 ······本当だ。六郎の言う通り、この六人は一応繋がっている。こ、こんな事が起こり得る物なの?


「決行日は今月の最終週の土曜日だ。参加メンバーにはちゃんと連絡しろよ」


 六郎は気軽にそう言い残し去って行った。

 

 


······それから決行日までの二週間は地獄の日々だった。


 鶴間君。北海君。大山さん。ユリア。南先生。毎日の様に誰かしらからお悩み相談を私のスマホにラインメッセージで送ってくる。


 これ迄非リア充の見本市の如く人生を歩んで来た私にとって、それは既にキャパシティを大きく超えていた。


 鶴間君へ返したメッセージ内容


「元気を出して下さい。鶴間君。北海君に対する気持は友情か愛情。どちらなのかは自分の心に耳を傾けるしかありません。その心の声を聞いた時、また改めて答えを出しましょう」


 友情と恋に無縁だった私が何を偉そうに言っているの?


 北海君に返したメッセージ内容


「気を落とさないで下さい。北海君。人が何を。大山さんが何を思っているかなんて誰にも分かりません。大山さんの気持ちよりも、本当に大事なのは北海君が誰を想うかと言う事だと思います」


 言えない。大山さんが南先生に好意を持っているらしいよ。なんて北海君に口が裂けても言えない!!(泣)


 大山さんに返したメッセージ内容


「先日はまたパンの余りを頂いてありがとうございました。南先生はやはり大山さんの事を気にかけていました。そして根は優しい女性だとも言っていました。先生は付き合っている相手は今の所居ないみたいです」


 ······大山さんの相談に乗る度に、私は北海君を裏切っているようで良心の呵責に押し潰されそうになる。く、苦しい。


 南先生に返したメッセージ内容


「クラス内でユリアとは相変わらず微妙な距離間を保っています。なるべくユリアを刺激しないよう用心します」


 ······「ユリアを他のクラスに移しましょう」と私は喉から溢れそうなこの台詞を押し留め、無難な返答を選択した。


 ユリアへのメッセージ内容


「······ユリア。一度心療内科に行きましょう。私も一緒に行ってあげるから」


 そのユリアからの返答は「大丈夫。私は至って正常よ♡」だった······。


 ······つ、疲れる。普通の学生達は、いつもこんな精神が疲労困憊する事を日常的にこなしているの?


 し、信じられないわ。普通の学生って何て精神的にタフなの? そして私が鬱々としているこのタイミングで六郎が現れ、意気揚々と最終作戦の段取りを説明してきた。


 それは、以前六郎が口にした内容と同一だった。鶴間君を北海君に告白させ、失恋した鶴間君を慰めると言う物だ。


 心身ともに参っていた私は、六郎のこの非常とも言える作戦に感情を昂ぶらせてしまった。


 気付くと私は、泣きながら六郎を非難していた。人でなし。鬼。ついでにその茶色いサングラス趣味が悪いのよ。的な事を並べ尽くす。


 一通りの罵詈雑言を私は六郎に浴びせた。対して六郎も黙ってはいない。


「おい小田坂ゆりえ! いい加減にしろよ! これにはアンタの、本来の姿に戻れるかが懸かっているんだぞ!」


「何よ! 本当は六郎が私の案件を終わらせて組織で点数を稼ぎたいだけでしょ! 本当の本当は私の事なんてどうだっていいんでしょう!!」


 六郎に叫び声をぶつけながら、私は心の中で冷静になるもう一人の自分に気付く。あれ? 私言っている事がおかしくない?


 六郎は私を本来の姿に戻す為に組織から派遣された。これは六郎の親切心でもボランティアでも何でも無い。


 純粋に普通に仕事としてだ。それに対して「本当は私の事なんてどうだっていいんでしょう?」っておかしくない?


 仕事に来た人に対して自分を大切にしていないと声を荒げて叫ぶ私。おかしいわよね? 私変な事を言っているわよね?   


 うん。おかしい。私絶対におかしい。よし。穴に入ろう。この住み慣れた自分の部屋に穴を掘って隠れよう。


 じゃないと羞恥心の炎に焼かれて私は炭と化してしまう。あれ。畳にどうやって穴を開ければいいのかな?


「馬鹿野郎! 少し頭を冷やせ!!」


 六郎は怒鳴り声を残し姿を消した。それと同時に私は涙を流す。あれ? この涙は何? 何の涙?


 ······分からない。私の頭では処理し切れない事ばかりでもうパンクしそう。どうすればいい? どうすればいいのよ!!


 その時、私の周囲に甘い薔薇の香りが漂ってきた。


「あらあら。六郎ちゃんと喧嘩しちゃったの? ゆりえちゃん」


 畳にうずくまる私の前に、白いフリフリドレスを着た美女が現れた。美女は薔薇の香りを放ちながら、ニッコリと微笑み私の頭を優しく撫でる。


「れ、玲奈さん?」


 私の前に「理の外の存在」正規雇用社員の玲奈が再び姿を見せた。


「元気出して。ゆりちゃん。いい事教えてあげるから」


 玲奈は赤い口紅が塗られた艷やかな唇を動かし、私に意外な事を言ってきた。


「······いい事?」


「そうよ。ゆりちゃん。例えば、六郎ちゃんの正体について。なんてどう?」


 玲奈の明るい声に、私の思考は一瞬停止した。六郎の正体? その言葉を認識した瞬間、私の頭にあった雑多な感情は嘘のように消えていた。









〘······テレビのコメンテーターが言っていた。現在は人と人同士の関係が希薄になっていると。


 それは家族でも同様だと。血の繋がった者同士でも所詮は違う人間。違う個体。違う個性。


 そんな話を聞いた時、切なくもあり、どこかで納得してしまう自分がいた。


 ある日の帰り道。私はセンスの良い平屋住宅の庭を羨ましそうに見ていた。その庭にまだ三、四歳程の女の子がいた。


 女の子は一人では無かった。どう見てもまだ乳飲み子の乳児を抱えて何かの歌を口ずさんでいた。


 庭の周囲に親の姿は無かった。私はこの光景から伺い知れた事があった。


 あの女の子は弟か妹である乳児の世話をいつもしている。あの乳児の抱き方は手慣れている。


 そして親はそんな女の子に全幅の信頼を置いている。そうでなければ、まだ幼児に乳児を預ける事などあり得ない。


 女の子と目が合った私は、女の子に「偉いね」と言った。女の子は、はにかんだ笑顔を返してくれた。


 まだ親に甘えたい盛りの女の子が乳児に子守唄を歌う姿を見ながら、私はあのテレビのコメンテーターに一言だけ言いたい気分になった。


 家族の愛はここにありました。      〙


          ゆりえ 心のポエム 



 

 

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