第20話 小悪魔は、唇を舐めながら微笑する

「······小田坂。俺は小田坂を国岩頭に脅されていたから放って置いた訳じゃない。実際俺は小田坂がクラスにどうやったら馴染めるか色々考えていたんだ」


 放課後、校内の渡り廊下の片隅で南先生は苦しい胸の内を私に打ち明けた。入学早々、クラスで浮いていた私を南先生はどうにかしようと考えていたらしい。


 南先生はユリアの脅しに屈せず、そんな事を考えていてくれたの? 南先生はクラスで人気者の鶴間君に相談したと言う。


 鶴間君の返答は南先生に好意的だった。鶴間君は私に対して積極的にコミュニケーションを取ると南先生に約束したらしい。


 つ、鶴間君と南先生の間にそんな話があったの?私は素直に感動した。南先生に一時抱いた「何を生徒に手を出してんのよこの高校教師!!」的な憤りは四散し、その荒ぶる感情はそのままユリアに向かった。


「······酷い。ユリアは何でそんな事を先生にするんですか?」


 あのリア充ハーフ美少女! 恵まれたその容姿だけじゃ満足出来ないの? 何が不満でこんな暴挙を!!

 

「······理由は分からない。だが小田坂。国岩頭が小田坂に執着している事は確かだ。何か心当たりはあるか?」


 ······ユリアが私に執着する理由? 私は首を傾げながら考えてみる。そう言えば、隣の席に座るユリアから時々視線を感じる事があった。


 ん? 待てよ。そう言えば幼稚園の時も似たような事があったような? 遠くからユリアは私を見つめる事がたまにあった。


 ······何で? あの美少女が私みたいなブスに拘る理由が何かあるの? 私が知らない内にユリアに恨みを買うような事をしでかした?


「······小田坂。国岩頭は確かに良い行いをしているとは言い難い。けどな。俺には分かるんだ。国岩頭はきっと心根は優しい娘だ」


 南先生は苦しそうな表情でそれでも教え子を庇う。


「······とにかく小田坂。最近の小田坂は鶴間や北海とも仲良くやっているみたいだし、徐々にクラスに馴染んで行けばいいと先生は思っているよ」


 先生はそう言って話を終わりにした。小学生、中学生と私がクラスで孤立している時、何とかしようとしてくれた教師は皆無だった。


 ······南先生。本当にありがとうございます。そして鶴間君もありがとう。鶴間君は人間不審気味に陥っているけれど、南先生の言葉を借りれば心根は優しい男子だ。


 南先生と鶴間君に沸き起こった感謝の気持ちは、そのままユリアへの怒りへと転化する。私は鼻息荒く首謀者と相対する為に歩き出した。


 学校の屋上で待つ私の前に、国岩頭ユリアは現れた。表情はいつもの様にニコニコしている。


「話って何? ゆりえちゃん。あ。初めてだね。ゆりえちゃんがラインで私を誘ってくれたの」


 私は自らユリアの元へ近付く。そして単刀直入に要件だけを口にする。

 

「ユリア。何故南先生を脅すの? しかもその内容に何故私が絡んでいるの? 私に恨みでもあるの!?」


 小太りなブスが可憐な美少女を問い詰める。その光景は、第三者が見たら明らかに私の被害妄想だと考えるかもしれない。


「······あの写真。ちゃんと拾ってくれたのね」


 ユリアの静かな返答に私は驚愕する。わ、わざと? 故意にあの写真を私の足元に落としていったの!? な、何の為に!?


「勿論。気づいて貰う為よ。私の気持ちに」


 ユリアは男子が見たら骨抜きになる様な可愛らしい笑みを私に見せる。ユリアは写真を見つけた私が南先生から真相を聞くと予測していたのだ。


「······覚えてる? ゆりえちゃん。幼稚園の頃、一度だけ私はゆりえちゃんの家に遊びに行った事があるの」


 ユリアの言葉に私は記憶を急いて掘り起こした。あった。確かに一度だけそんな事があったわ。


「ゆりえちゃんの御両親。二人とも優しくて素敵だった。ゆりえちゃんの事を本当に可愛がっていたわ。私ね。そんなゆりえちゃんがとっても羨ましかったの」


 ユリアの目つきが豹変したのはその時だった。鋭く私を睨み、静かに語り出す。


 ユリアは裕福な家の娘だった。しかし、夫婦の関係は冷え切っており、世間体の為だけに仮面夫婦を続けていた。


 父親も母親も、それぞれの不倫相手との関係に夢中になり、娘であるユリアには愛情を注がなかったと言う。


 ユリアは物質的には裕福でも、子供が親に求める愛情には恵まれなかった。そんな時、幼稚園で孤立する私に興味を持った。


 その不細工な容姿故に一人ぼっちでいる私にユリアは自分を重ねた。ユリアは同じ孤独を抱える私となら友達になれると思った。


 ユリアが私の家に遊びに来る迄は。ユリアは両親から愛情を受ける私の姿を見て嫉妬した。ユリアは私に裏切られたと感じた。


 ユリアは幼稚園を卒園すると同時に、親の仕事の都合で他県に移った。そして高校に入学する時期にまた私の住む街に引っ越して来た。


 ユリアはこの街に戻って来た時に私を思い出した。そして興信所を使い、私が受験する高校を調べユリアも受験した。


 そしてSNSから高校の副教頭と知り合い、デートする代わりに私と同じクラスにするよう頼んだ。


 ところが副教頭はあろう事かユリアをホテルに連れ込もうとした。偶然そこに居合わせた南先生に止められ事なきを得たが、南先生が受験先の教師と知ると、ユリアは瞬時に南先生を利用する事を考えた。


 ユリアは南先生の頬にキスをした写真をスマホで自撮りし、南先生と副教頭二人を脅した。


 高校入学前の少女とデートした副教頭。その少女にいかがわしい写真を取られた南先生。


 南先生は毅然と拒否したらしいが、慌てふためいた副教頭はユリアの要求を受け入れた。


 かくして国岩頭ユリアは私と同じ高校に入学し、同じクラスとなった。そしてユリアに指名された担任の南先生には、私がクラスで孤立するのを傍観する様に命令したと言う。


 ······ユリアの話を聞いた私は、どこか現実離れした他人の話の様に感じていた。良くも悪くも、私の今までの人生でこれ程他人から執着される事など無かったからだ。


 ······ユリア。あんたは一体? その時、ユリアは細い身体を優雅に。そして軽やかに動かし私の顔に自分の顔を近づけた。


 そして、クラス中の男子達の憧れの的であるその小さな唇を私の厚い唇に重ねた。それは、ほんの一瞬の出来事だった。


 一瞬過ぎて私は何が起きたのか理解出来なかった。


「······好きよ。ゆりえちゃん。私と同じ孤独を隣人とする愛しいゆりえちゃん」


 頭が真っ白になる私の眼前で、ユリアの瞳は切なそうに揺れていた。だが、その憂愁を帯びた瞳は一瞬にして悪意の色に染まって行く。


「だからゆりえちゃん。貴方は孤独で居続けないと駄目なの。ううん。孤独でいて。友達なんか作らないで。その為なら、私は何だってして見せるわ」


 国岩頭ユリアは凄絶な笑みを浮かべ自分の唇を舐めた。私はこの小悪魔の様な美少女に対して、ただ無力に立ちすくんでいた。










〘それは、休日の夕方に再放送された某国営テレビの教育番組を何となく観ていた時だった。


 歌のお兄さん。お姉さん。体操のお兄さん。お姉さん。四人が歌って踊る温かい番組内容に、私は幼少の頃視聴していた事を思い出していた。


 この番組は本当に良く出来ていた。大人が観ても面白いのでは無いかと思わせる程だ。この番組の世界は愛と優しさに包まれており、現実世界のあらゆる汚れを忘れさせてくれた。


 私はその番組を録画し、よく観るようになった。そしてすっかり四人のお兄さん。お姉さん達の虜になった。


 ······だから、体操のお兄さんとお姉さんが卒業する時は本気で泣いてしまった。お二人共。子供だけでは無く、ついでに小太りな女子高生にも夢と希望を与えてくれてありがとう。


 感謝と惜別の余韻を当分引きずると思いきや、新メンバーの体操のお兄さんとお姉さんの魅力にたちまちやられてしまう私だった〙

   

         ゆりえ 心のポエム

 

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