第18話 ちょっと気になっていた男子の片思いの相手に祖談される私

 ······衝撃続きのパン試食会の夜、私は自室の畳の上で体育座りをしていた。鏡を見なくても分かる。

 

 きっと私の顔は順調に不細工だ。い、いや違う。きっと私の両目は虚ろだ。北海君の為にパン試食会に足を運んだ。


 だが、そこには驚きの事実がてんこ盛りだった。大山さんの過去は勿論の事、偶然パン屋に訪れた私の担任の南先生。


 南先生は、当時問題を起こした大山さんを必死に庇ったと言う。その南先生を見る大山さんの眼差しは、正に恋する少女のそれだった。


 よく考えればあり得る事だ。彼氏に裏切られた傷心の大山さんに親身になった南先生。


 その南先生を大山さんが好きになる可能性は充分にある。その時、私の足元にあったスマホの着信音が短くなった。


 その音に私は驚きたじろぐ。それは、大山さんからのラインだった。


「何かスマホが鳴ったぞ。見ねーのか? 小田坂ゆりえ」 


 女子高校生の神聖なベットに我が物顔で寝そべり、いかがわしい雑誌のページをめくる六郎が呑気な声を出す。


 ······こ、怖い。大山さんからのラインメッセージを見るのが。この時私は、嫌な予感しかしなかった。


 ただでさえ、私のスマホには友達の連絡先なんて一つも無かったのだ。それが急に北海君。鶴間君。大山さん。ユリア。いきなり四人も増えた。


 それだけで頭の中が一杯一杯なのに。私は覚悟を決めてラインを見る。そして精魂尽き果てたボクサーの様に項垂れた。


 大山さんのメッセージは私が恐れていた内容と一致していた。大山さんは南先生について相談したいと言ってきたのだ。


 や、やはりこれは! 大山さんは南先生に好意を持っていると断定していい! と、言う事は? ほ、北海君は失恋決定って事?


「何だか大変な相関図になったな。小田坂ゆりえ。アンタは鶴間徹平を追う。その鶴間徹平は北海信長を追う。北海信長はパン屋の女子を追う。パン店の女子は南教師を追うか」


 実況解説者の様に六郎は今の現状を明らかにする。ほ、本当だ。これって、想いの一方通行ばかりじゃない。


「ろ、六郎。これってどうしたらいいの? 私には手に負えないよ」


 私は唯一の協力者に救いを求める。六郎は不敵に笑いながら身体を起こしあぐらをかく。


「小田坂ゆりえ。鶴間徹平が今のアンタに抱いている点数は八十点だ」


 ······え? は、八十点!? ま、前より増えているの? 私は点数を聞いて驚くと同時に、以前感じた違和感が再び沸き起こった。


 人の気持ちに点数をつける。それは、嫌悪感に近い感情と言って良かった。


「小田坂ゆりえ。鶴間徹平はアンタを完全に信頼している。この好機を逃すなよ。作戦はこうだ。鶴間徹平にけしかけろ。北海信長に告白しろってな。そして失恋した鶴間徹平を慰め励ますんだ。そうすれば、間違いなく鶴間徹平を口説き落とせる!」


 ······私は六郎の言葉を他人事の様に聞いていた。けしかける? 鶴間君を? 失恋した鶴間君を慰める?


 ······何よそれ。それって。鶴間君の気持ちを言い様に利用するって事じゃない。酷い。酷いよそれ。人のする事じゃない!!


「甘い考えを捨てろ小田坂ゆりえ! アンタは本来の姿に戻る為に、鶴間徹平を口説き落とさなきゃならないんだ! 今はその千載一遇の機会なんだ! これを逃せば、もう二度と本来の姿に戻れないかもしれないんだぞ!」


 六郎の鋭い叱責が飛ぶ。私は胸の中に鈍い痛みを覚えていた。


 ······別人だ。今の六郎は、私の涙を拭ってくれた時の六郎とは別人みたいだ。目的の為には手段は問わない。


 そんな無慈悲な雰囲気を私は六郎の冷たい表情から感じた。私は何だか泣きたくなってきた。


「······六郎は。何でそんなに必死なの? 私の案件が上手くいけば、何かいい事でもあるの?」


 そう。例えば組織で非正規雇用から正規雇用に採用されるとか。


「······俺の事はいい。小田坂ゆりえ。アンタは自分の事だけを考えろ」


 六郎はそう言うと立ち上がり姿を消した。私の足元にあったスマホがまた鳴った。誰からのメッセージなのか。


 一日に何度も誰からかメッセージが来るなんて、私の人生であり得ない出来事だった。でもこの時の私は、この吉上を喜ぶ気にはなれなかった。









〘気分が沈む最近の私に、ある夜僥倖が前触れも無く訪れた。


「彼女と別れました。また小説を頑張りますのでよろしくお願いします」


 ペンネーム電柱柱先生の報告ページ欄のそのメッセージを見た私は、思わずガッツポーズした。


 ざまあみなさ······じゃなくて。これでまた電柱柱さんの小説「八重歯の神様はきまぐれ」の続きが読めると私は狂喜乱舞した。


 ん? 喜びの余り小躍りしていた私は、電柱柱先生のメッセージに続きがある事を見落としていた。


「心機一転。新しい小説を書きます。タイトルは「暗黒騎士は欲張り」です。鋭意執筆しましのでよろしくお願いします!」


 ······はい? え ?何? 何これ? 新作小説?鋭意執筆?「八重歯の神様は気紛れ」の続きは?


 女同士になった大学生カップルはどうなるの? 百合展開に心を踊らせていた私の楽しみはどうなるの!? ちょい電柱柱先生よ!!


 憤慨した私は先生の新作「暗黒騎士は欲張り」の第一話を恨めしそうな目つきで読むは読んだ。


 何が「暗黒騎士は欲張り」よ。どんな欲張りな騎士なのよ。あの不朽の名作(私的に)「八重歯の神様は気紛れ」を超えられるなら超えて見せなさいよ!


 ······暗黒の騎士の登場シーンは、五人の美女達とのベットシーンからだった。その官能的で過激な描写に、私は血走った眼球で鼻息荒く一気に読んでしまった。


 気付くと私は、電柱柱先生に一日も早く「暗黒騎士は欲張り」の更新をするように荒々しく脅迫めいたメッセージを送っていた。


 ······官能小説も悪くない〙

      

         ゆりえ 心のポエム

 






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