第17話 衝撃のパン試食会
······初めて友達と言われた日。初めてその友達と学生らしく恋話で盛り上がる。そんな至福な一時を過ごした私は、ある重大な事に気付く事になった。
「しまったああぁっ! そう言えば、私は鶴間君に北海君の事で相談されていたんだった! しかも、その北海君に私は恋の協力を嬉々としてしてまった!!」
お昼休みの屋上で、私は膝の上のお弁当を危うくひっくり返しそうになった。ど、どうしよう。鶴間の相談に乗ると言った以上、これって鶴間君に対する背信行為じゃない?
「あ。小田坂さん!」
丁度そこに、光り輝く笑顔と共に鶴間君が現れた。ど、どうしよう。鶴間君に北海君の事を話した方がいいのかな。
······でも。そうしたら鶴間君は私を軽蔑するかもしれない。こ、怖い。本当の事を言うのが怖いよ。
でも。でもでも。これってあれだ。ドラマとかでよくある奴だ。事実を隠し通して結局後で露見するパターンだ。
そして後になればなる程、相手の怒りは増大する。私は動揺する心を必死に抑え、早々に白状する事を断腸の思いで決断する。
「ごめんなさい! 鶴間君!!」
私を小太りな上半身を折り曲げ、誠心誠意鶴間君に向けて頭を下げる。呆気に取られる鶴間君に対して、私は事実を全て話した。
「······ノブが? パン屋の店員さんに片思い?」
鶴間君は半ば呆然とした様に口を開いていた。私は鶴間君の烈火の如く怒る姿を想像して恐れ慄く。
「······ありがとう。小田坂さん。ノブの為に色々力を尽くしてくれて」
鶴間君は穏やかに微笑む。私の予想に反して、鶴間君の口からは溢れたのは罵詈雑言では無く感謝の言葉だった。
「あの無骨なノブが女子に片思いかあ。意外だったけど、普通の男子なら当たり前の事だよ。小田坂さんが謝る事なんてない」
鶴間君は優しく私に笑ってくれた。でも、鶴間君は北海君の事が好きな訳で。私はその北海君の片思いに協力した訳で。それは鶴間君にとって裏切り行為になる訳で。
「······いいんだよ。小田坂さん。僕の気持ちとノブの気持ちは別だ。ノブが誰を好きになろうと、それはノブの自由だしね」
「それにね」と鶴間君は続ける。このまま北海君が片思いの人と上手く行けば、自分も諦めがつくと。
······鶴間君はとても寂しそうな目をしてそう言った。鶴間君自身も北海君への気持を測り兼ねていた。それは、愛情か友情かどちらなのかと。
「······ノブの好きになった人。僕も見てみたいな。小田坂さん。僕もその試食会、行ってもいいかな?」
······女子のハートを確実に射抜く鶴間君のその懇願するような視線に、私はただ頷くしかなかった。
······そして日曜日。私と北海君。そして急遽参加の鶴間君を合わせた三人は、駅前のパン屋さんの前に集まった。
北海君には事前に鶴間君の参加の許可をとっていた。北海君は鶴間君ならと嫌な顔はしなかった。
「さてと。ノブの片思いの人ってどんな女性かな?」
水色のパーカー姿の鶴間君は、冷やかすように北海君を一瞥する。白いシャツとジーンズ姿の北海君は恨めしそうに私を見る。
うう。ごめんなさい。北海君。プライベートな事をあっさり漏らしてしまって。
「いらっしゃい。皆さん。今日はよろしくお願いしますね」
ドアに設置された鐘を鳴らしながら、エプロン姿の大山さんが私達を笑顔で出迎えくれた。
照れくさそうな北海君。真顔の鶴間君。いつでもどこでも平常通り不細工な私。三人の表情はそれぞれだった。
店内の中央に長テーブルが置かれており、その上には新作と思われるパンが五種類程並んでいた。
「······うわ。美味しそうですね」
国産小麦のハードパン。季節の野菜を挟んだベーグル。コッペパンにソーセージと卵を合わせたエッグホットドッグなど、どれも文句無く美味しかった。販売しても問題無いと試食した三人の答えは一致した。
「今日はありがとう。皆さんのご意見とっても助かりました」
大山さんが笑顔で私達に紅茶を持ってきてくれた。私達四人は長テーブルでお茶の時間を楽しんだ。
「ええ? 大山さん。私達と同じ学校だったんですか!?」
私は思わず大声を出してしまった。大山さんは私達より一つ年上で、去年学校を退学したと言う。
し、しかも! その退学の理由が彼氏とホテルを出た所を学校の教師に見られたって! ほ、北海君! こんな話を聞いた北海君は今どんな顔をしているの!?
······私が見た北海君は、椅子に座ったまま石像の様に固まっていた。そしてその表情は憤怒としか言い様が無い鬼気迫る迫力だった。
こ、これは阿修羅よ。北海君は憤怒の顔の阿修羅と化している! そして大山さんの衝撃的な話は続く。
大山さんの彼氏は自己弁護に徹し、大山さんに誘われてホテルに行ったとまさかの裏切り行為。
大山さんは彼氏に失望したショックでそのまま学校を退学してしまったらしい。私は恐る恐る横目で阿修羅像と化した北海君を見た。
北海君は眉間に血管が浮き出ていた。お、怒っている! 阿修羅様がその彼氏にお怒りのご様子だ!!
「······一人だけ。当時の私を庇ってくれた人がいたの。担任の南先生。でも、先生の努力を私は無駄にしちゃったな」
大山さんは過去を懐かしむように呟いた。ん? 南先生? それって私達のクラスの担任の南先生?
カラン。
店のドアが開かれ、ドアに備え付けられたいた鐘が鳴った。大山さんは接客の顔に戻り席から立ち上がる。
「すいません。今日は定休日で······」
大山さんの声は途中で途切れた。ドアを開けて入店した客を見て絶句している。寝癖がついた髪の毛に丸淵眼鏡。
その人は、私達のクラスの担任の南先生だった。
「······大山? 大山か!?」
南先生は大山さんの姿を見て驚く。一方、大山さんは両手を口に当て顔を真っ赤に染めていた。
「み、南先生······」
私は今一度阿修羅像と化した北海君を見る。阿修羅像様は、悲しげな表情をされておられた。
〘この乱れきった世の中に、たった一つだけ不変の言葉がある。愛は何物よりも勝る。私はそれを一つの物語から教えられた。
ある小説サイトの作家である電柱柱先生は
「八重歯の神様はきまぐれ」を通して私に。否
。作品を読む全ての読者にそう伝えたかったのだ。
神様の気紛れで女同士になってしまった大学生カップル。多々思う事はあったが、その結末を私は最後まで見届ける決意を固めていた。
例え大学生カップルが猫に姿を変えられても。例え大学生カップルが植物に姿を変えられても。
私はもう、どんな展開にも怯まない。恐れない!決して後ずさりしない!!
「最近僕に彼女が出来たので暫く更新は出来ません。皆さんも恋人との時間を大切にしましょう(笑)」
······電柱柱先生の報告ページのその文面を見た私は、パソコンのキーボードに両拳を叩きつけた。
······ちょい。ちょいと先生? いや。いいですよ。別に先生が恋人を作るのは個人の自由ですよ?でも。でもね。
作品は更新してくれませんか?それを楽しみにしている読者はどうなるの? ってゆーか。電柱柱先生。男だったんですね······〙
ゆりえ 心のポエム
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