第10章

第40話 いらない

 これは、まだクロが白愛だった時のお話である。


「白愛、おやつ買ってきたよ。小腹が空いたら食べてね」


 私は、自分の娘である白愛に言った。

これから、私は仕事に行かねばならない。

シングルマザーなので、多少無理しても子供のために働かなくてはならなかった。


「いらない」


 白愛が言い切った。


「おやつとかそういうの、子供っぽいしもう要らないから」


 それは、感情に起伏の内容な冷たい口調だった。


「甘い物は、嫌い」


 白愛の目はどこか世の中を悲観的に見ているような感じがした。


 父親が他界してから数年。

女手一つで子育てして家系を支える為に仕事の毎日。


 シングルマザーのための国や自治体からの補助や手当は受けられるものの、それも少し足しになるかならないかといった所だった。

しかも、そういった補助には年収の制限があったり、面倒な手続きが付き物だったりするのだ。


「そっか、欲しい物あったら言ってね。お母さん頑張るから」


 私のその声が白愛には届いたのかは分からなかった。



 ♢



 一緒に食事するのは、休日の夜だけだった。


「小学校はどう? 馴染めそう?」

「大丈夫、幼稚園の友達もいるし」


 こんな、親子と呼べるかも怪しい会話しか食卓のお供にはならない。

あとは、全部置手紙が母親代わりだった。

ゆっくり白愛の顔を見られるのは、いつも寝ている時だけだった。


「ただいま」


 寝ている白愛へのただいまは、当然ながら返ってくることはない。


 だから……

娘の欲しいものすら気付いてあげられなかった。



 ♢



「白愛、誕生日おめでとう!!」


 私は、ケーキと後にクロが大切に持つことになる、ぬいぐるみをプレゼントした。


「お母さん、今日は仕事休んだから」


 娘の誕生日なんだ。

そんな日くらいは休んで当然のことだろう。


「今日の夕食はハンバーグカレーよ。腕によりをかけて作るわね」


 今日は、白愛が好きなハンバーグカレーを作ろうとしていた。


「いらない……」


 白愛がぬいぐるみを見て言った。


「どうして? 白愛ずっとこれ見てたでしょ? ほら、白愛が大好きなアニメの!」


 このぬいぐるみは、白愛が店の前を通るたびに眺めていたものだった。

だから、てっきり欲しい物だと思っていたのだ。


「いらないっ!!!!」


 白愛は声を大にして言った。

その目には涙を浮かべながら。

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