第26話 お引越し
「一緒に居てください」
私にとって、クロはもう必要な存在だった。
離れたくはない。
だから、クロが私に取り憑かなくても動けるように、クロが元々居た地縛されている部屋に引っ越そうと提案したのだ。
「じゃあ、子供クロから……」
そう言うと、クロは勢いよく私に抱き着いてきた。
「わぁ、ちょ、急に!?」
私の右手を骨折しているなどお構いないといった様子だ。
それほど、私の言葉はクロにとって嬉しいものだったのだろう。
「はいっ!」
クロは、私の首に手を回すと、目には涙を溜めて頷いた。
私は、クロの頭を胸に抱くとそっと頭を撫でた。
そして私は、その翌日クロと一緒にカレンダーの連載会議と書かれた数字にマジックペンで二重線を書いて消した。
「よしっ! 引っ越すためにお金稼ぐぞ!!」
「おお! バイトじゃー」
賃貸契約の違約金に、引っ越しの初期費用、事故物件に移るいい訳も必要だろう。
引っ越しと言うのは何かと金がかかるし、やるべきことが山積みである。
例えば、荷物をまとめなければならない。
「先生、本当に申し訳ありません」
私はアシスタント先の先生に給料の前借を頼んでいた。
「いいですよ。斉田さんにはいつも助けられているからね。また何かあったら言って下さい」
一ヶ月も仕事に入れないも関わらず、先生は給料の前借を了承してくれた。
こういう懐の深さも成功者ゆえのことなのだろうか。
♢
「バイク一台ね」
バイトその1だ。
「おおー」
今は交通量調査のバイトをしている。
横では、クロも手伝ってくれる。
私は、骨折した腕でも出来るバイトを探してやっていた。
「よかったらどうぞー」
ティッシュ配りのバイトだ。
「かおる! かおる! ファイト!」
これも、クロが傍で応援してくれていた。
♢
そして、あっという間に夏が終わろうとしていた。
季節の流れというのは、歳を取るたびに早く感じていくものではないだろうか。
「全部運び終わりましたー」
頼んだ引っ越し業者により、段ボールに詰めた荷物が隣の部屋に運びこまれていた。
「荷ほどきしなきね」
「あけあけだぁー」
大家さんの許可は下りている。
後はこの大量の段ボールを片付けてしまいたい。
「あ、その前にクロ、お願い」
「おお、任せて」
私はその場に膝をついてしゃがんだ。
「かおる今まで、ありがとう」
クロはそう言うと、優しく私の背中に触れた。
「これでもう、取り憑いたのやめた!」
「転ぶ回数減るといいけどね」
正直、あまり変わった気がしなかった。
「さて、やるか」
2ヶ月前、私は一人の幽霊と出会った。
その子は綺麗な黒髪で、くりくりした大きな目がとてもかわいい。
褒められたがり屋で泣き虫でとっても優しい女の子だ。
「ふぅー。クロ、えらい。電池を変えるのはプロの技ー」
クロはテレビのリモコンの電池を交換していた。
どうやら、プラスとマイナスに苦労したらしい。
そんな姿もまた、愛おしい。
「みてみてー。かおる、できたー!」
クロはリモコンの電池の入る部分をドヤ顔で私に見せてきた。
「おお、凄い凄い」
私は褒めて欲しそうなクロのことをほめてあげた。
「一つだけ!」
電力不足!!
そして、それで何故ドヤ顔?
「クロ、3時になったら……」
私は時計を見上げながら言った。
「うん、なーに?」
「おやつにアイスでも買いに行こうか」
私は優しい声でそう言った。
「え、だって、クロはもう……」
クロは驚いた表情を浮かべていた。
そう、クロは私に取り憑くのをやめた今、部屋から出ることは出来ないのだ。
それが、地縛霊なのだ。
「これは、あくまでも実験。まずは1回試してみる。私はクロと居たいから提案する」
不幸になったのは取り憑かれてから時間が経つにつれてだった。
つまり、少しの間くらいだったらそう、大きな負担にはならないのではないか。
そう、私は考えていた。
「どうですか? ママクロさん」
「行くっ!!」
クロは持っていたリモコンを上に掲げると、満面の笑みを浮かべていた。
「よし、じゃあ、じゅうたん敷くの手伝って」
「まかせて!!」
クロは意気込んでいた。
次の瞬間……
「ク……ロ」
クロが消えた。
残ったのは床に落ちたリモコンと、落ちた衝撃で外れた電池だけだった。
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