第2章

第11話 覚悟

 クロは、テレビが大好きだ。

最近は、グルメ番組や大食いの番組をよく見ている。


 そのテレビ画面には『新発売!! ストロベリーフルフルフラペチーノ! お好きなタイミングでフルフルしよう!』と映し出されていた。

クロはその画面に釘付けになっている。


「おぉー。ふるふる。ストロベリー」


 その声に私は、仕事をしていた机の上からクロの方へと視線を動かした。


「フラペッちゃ……フラッペ」


 クロは目を輝かせて言った。

しかし、言えていない。

噛みまくりだ。

また、そんな姿も愛おしい。


「ふるふる。ふるふるだって!」


 クロは、いつも大事そうに抱えているぬいぐるみを上下に動かして、ブンブンと振っていた。


「クロの夢、ふるふるだぁ」


 真剣な面持ちで言った。

どうやら、飲んでみたいらしい。


「じゃあ、明日飲みに行く?」


 私はクロの方を向いて言った。


「クロの夢叶った!!」


 クロが目を見開き、キラキラとさせ驚いたような表情をして言った。

いや、夢安いな。



* * *



 翌日、今日は幽霊との初めてのお出かけ。


「準備出来た? そろそろ行くよ」


 私は、自分の準備を済ますと、玄関から声を掛けた。


「今行くよ! おりゃぁー」


 そんな声を上げて、クロが部屋からダッシュしてくる。

可愛いかよ。


「クロ、ばっちり!!」


 背中にリュックを背負って、ドヤ顔を決めている。


「んふぅー」


 どうやら、昨日は楽しみでよく眠れなかったようだ。

薄っすらと隈が出来ていた。

幽霊でも隈って出来るんだな。


 私たちは、そのまま駅に向かう。

そして、改札を抜けるとホームで電車を待つ。

数分後、電車がホームに止まる。


「おぉー。電車だ!! ガタンゴトンだ。クロ、ガタンゴトンするの!?」


 私を見上げるクロの目はキラキラと輝いていた。


「そうだよ。とにかく、乗ろうか……」


 今日のクロは、テンションが高すぎやしないか。

キラキラとしているクロを連れて、私は電車に乗った。


「かおる、座って座って。クロ、幽霊だから疲れない」


 クロは満員に近い電車の中で、唯一空いていた電車の端に席を両手で指して、座るように促してくれる。


「たかが数駅だから大丈夫だけど……」


 しかし、座ってあげないのはそれはそれで可哀想なので、私は腰を下ろした。


「クロ、えらい子」


 そう言うと、クロがほめてオーラがひしひしと伝わってくる。


「えらいえらい」


 私はクロの頭を撫でた。

撫でると、クロは喉を鳴らすような可愛い声を上げて、喜んでいた。


「どこ、行くの?」


 クロが私に尋ねてくる。


「池袋だよ」

「おぉー。ふるふるも?」


 クロが期待に満ちた目で聞いてきた。


「そのためにいくんでしょ……それに、クロの……」


 そこまで言うと、どこからともなく男性の声が飛んできた。


「うっせーな」


 その男性言葉で、私は我に返った。


「ママ、なんであの人、一人で喋っているの?」


 さらに、女の子が私を指さしてきている。


「しっ! 見ちゃ駄目。おかしい人だから」


 女の子の母親がそう、促す。

周りの視線も、ヤバイ奴を見るような冷たいものだった。



 そうか、そうだった。

私は思い出した。


 私にとってクロは短い間だったが、一緒に居るのが当たり前になっていた。

会話もするし、お風呂にも入る。

飲み物も飲むし、火傷もする。

だから、わかってたはずなのに、気に留めることも無かった。

この子は……私以外には見えていないということを。

もう、死んでいるということに。


「一人……」


 クロは周りを見回した。


「かおっる……」

 

 クロが振り向く。

私は、変な奴に思われたくなかった。

恥ずかしい思いをしたくなかった。

クロは私の目を背けるような表情に、驚いた、というより絶望に近い表情を浮かべていた。



「……」


 お願いだから、今は話しかけないで。

恥ずかしい思いをさせないで。

私を一人で話すオカシイ人にしないで。

 ごめんねクロ……

あと数駅だから。

降りたらたくさん話すから。

だから……


「クロのっ、せいで……」


 私は、その息が詰まるような声で、視線を上げた。

クロは、下を向いて自分を責めるように、大粒の涙を流していた。


「ごめんなさいっ」


 その表情をみて、私が間違っていたのかもしれないと思った。

一緒に居ると恥ずかしいから。

変な人に思われたくないから。

周りの目が気になるから。

だから、喋るなってか。

お前は、ぬいぐるみのように私が寂しい時、隙間を埋めてくれればいいから。

この時間だけは関わるな。

二人きりになったらいくらでも話してやるから。

今だけは、赤の他人でいてくれ……


「クロ……いい子にっして、るね」


 クロは涙を流しながらも、自分に気を遣わせ無いように固まった表情を笑顔に変えようとしていた。


 私は、一体っ何様だ!!


 自分に腹が立って、顔をパチンと叩いた。


「クロの服も買いに行こうか」


 私はいつも通りの笑顔でクロに話しかけた。

私にとって大切なのは、見栄でも周りでもない。

このクロ、このだ。


「ね、クロ」

「クロ、かおるに迷惑かけちゃうのに……」


 クロは涙をこらえるような表情を浮かべながら言った。


「いいに決まっているでしょ。ごめんね……」


 指で優しくクロの涙を拭きとった。


「私は、クロともっと話がしたい。クロは?」


 恥ずべきことなんて一つもない。

私にとって、目に映る今がーーーー。


「うん、クロ話す!!」


『日常』なんだ。

クロはもう一度、小さな滴を目に浮かべ満面の笑みを浮かべていた。


「どんな服がいい?」

「ふるふる!」

「ふりふりじゃなくて?」


 私にとって周りの瞳より大切なものがそこにはあった。

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