輝く命の怪物と少女

赤魂緋鯉

前編

『――あなたの名前はヴィータVitaルーチェツトlucet。"輝く命"、という意味よ。ごめんなさい、こんなことしかしてあげられなくて』


 意識が目覚めたとき、我が最初に聴いたものは、高音域の人間の声だったと記憶している。


 我は特大の試験管の様な培養装置で作られた、いくつかのヒトに似た眼球をもつ、赤黒い体色をした、アメーバ状の多細胞生物の様なものだ。


 『試験管』の下部には、『完全生命体25X号』と書かれていたため、長らくそれが我の正式名称なのだろうと思っていた。


 しかし、後に自力で『試験管』破って外に出た際、残されていた書類には、前述の文字の上から取り消し線が引かれ、『究極生命体1号』、と修正されていた。


 建物内を巡って集めた情報から、ここは一騎当千の生体兵器『完全生命体』を秘密裏に開発していた軍の研究所であった。


 それは、ようの東西、科学・魔術を問わず、ありとあらゆる技術を合成して作られたもので、超常的なまでの性質を持っている、と資料に記されていた。


 戦争の敗北により、『完全生命体』完成前に軍が解体され、その研究は中止・破棄され、我を含めた25体は処分されることになったらしい。


 しかし、我が現に活動をしているため、どうやら我をヴィータVitaルーチェツトlucet、と名付けたあの人間が、培養装置の電源をそのままにし、ここを去った様だ。


 他に、我のものと同様の培養装置を見たが、我の物を含めた8つ以外は、なんとも言えない濁った液体に満たされただけの物であった。


 何らかの要因でそれらは失敗したものだ、と推測するのはたやすいことだった。


 しかし、我以外の成功したものは全て割れていて、脱走したのか、出入り口の封鎖も破壊されていた。


 資料曰いわく、活動のためには24号までは生物を捕食する必要があるが、『究極生命体』である我にはおおよそ植物と同じもので十分だそうだ。


 見るべき物が何も無くなり、我も研究所外へと出た。


 培養装置内では時間の概念が無かった我だが、どうやら、相当に時間が経過していた様で、山体を掘って作られた建物の外は、鬱蒼うっそうと生い茂る樹海となっていた。


 木々の下には、道らしき物の痕跡があったが、下草などに覆われてとうに機能を失っていた。


 環境情報の収集を終えた我は時間を持て余し、何をするでもなく延々と徘徊はいかいする日々を送っていた。


 せいぜい、変わったことといえば、まれに人間がやって来る事で、その際はひたすら観察するか、あるいは戯れに脅かすなど、暇つぶしにはもってこいだ。





 冬が終わった頃のある日、我が水分補給に使っている泉のほとりで、人間がしゃがみ込んでいた。


 おそらく10代後半ほどの、体格から見て女と見て間違いないだろう。水兵のような服にはかまを詰めて簡略化した服を着ていた。


 脅かしてやろう、と気が向き、横倒しの円環状になって、背後からゆらりと姿を現した。


「うわ、ホントにいるんだ」


 しかし、思いのほか女の反応が鈍く、張り合いのなさに我は拍子抜けした。


「……いや、あまりにも反応が薄くはないか貴殿」

「もっとB級ホラーみたいにビビった方がよかった感じ?」

「それが何かは分からぬが、おそらくそちらの方が張り合いはあったのだろう」

「ああそっか。ごめんね」

「いや、謝罪は要らぬが……」


 その人間からは、恐れといったものを一切感じず、表情からもあまり覇気を感じなかった。


「それは良いとして、何故貴殿はこのような所にいるのだ? ここは人の子が来るところでは無いぞ」


 その様子が気になり、我はひとまず話しやすかろう、と球体に手足を生やした形態となった。


「えっ、形とか変えられるの?」

「うむ」

「じゃあさ、人の形とかできるわけ?」

「可能だ」

「ねね、これとかいけたりする?」


 にわかにきし出した人間は、何やら得体の知れない金属板を取りだし、その表のガラス部分を何度か突き写真を映し出した。


「む。給仕の装いか」

「キュウジ? ……あ、ウェイトレスさんね。これメイド服って言うの」

「なるほど。今はそう言うのだな」

「で、どう?」

「容易だ。特に我にとってはな。三面図があればなおよい」

「あ、まってね。三面どころか色々あるから」


 1度平らに広がった我は、その辺りの植物を取り込み綿繊維に変換しながら、被写体に体色を合わせたヒト型を作り、『すまほ』とやらを見ながらメイド服とやらを再現する。


「ふおお……。メイドさんだ……」

「……喜んで貰えた様で何よりだ」


 興奮した様子で我の周囲をぐるぐると回り、写真を撮る人間は妙に楽しげであった。


 ついでに、元のざらざらした声は聞きにくかろう、と考え、我は『あの声に』声色を真似まねている。


「あ、話ずれちゃったね」


 一通り撮影して満足した人間は、ハッと我に返って我の隣に、ストン、と座る。我もなんとなくその場に座った。


「まあ、なんか何もかも嫌になっちゃってね」


 曰く、この光という人間は、幼い頃に父親が蒸発し、思考回路が独りよがりで偏狭な母親と絶縁関係にあり、また出自によって同級生から排斥を受けている様だ。


「で、まあ、までの勇気はないし、『魔の峠』にいる怪物っていう、人食いオバケにいっそ食べて貰えないかなって」

「む、ここはそう呼ばれているのか」

「あれ。仲間とかじゃないの?」

「似たようなものだが、まあ厳密に言うと少し違う」

「なるほど。じゃあ、元からいるヤマノケみたいな感じなんだね」

「いや、なぜそうなる」

「だって、人食いオバケならもう襲ってるでしょ」

「……それはそうか」


 どうやら他の連中が好き勝手やっていたせいで、妙なうわさが流れているようだ。


 わざわざ人間でなくとも、鹿や猪など、その辺りにいくらでもいる物を喰らえば良いものを、連中の思考回路は理解出来ぬな。


「ヤマノケの類いの我にはよく分からぬが、命への未練は貴殿にはないのか?」

「うーん、まあヤマノケさんにはね……」


 哀しくもあり寂しげな言い草をする人間には、今まで観察してきたそれにあった、活き活きとした何かが欠けている様に見えた。


「それはそうと貴殿、我をヤマノケさんと呼んだな?」

「あ、ダメだった?」

「いや、確認しただけだ。そもそも我は、名などあってない様なものであるからな」

「ならよかった」


 しかし、我と会話している間に、多少はその欠けた部分が埋まっていく様に見えた。


「なあ貴殿――」


 それから推測した事を伝えようとしたが、


『おい同胞よ、そいつを寄越よこせ』


 体色が灰色の『完全生命体』が、ぬらり、と泉の向かいに現れ、我にそう要求してきた。


 その色と、眼球が全体的に透明がかっている事から、おそらくこやつは22号だろう。


「今なんて言ったの?」

「気にするな。だがあやつは危険だ。我が行けと言ったら来た道を戻れ」

「……わかった」


 我が光の前に立ち、小声で脅かすように質問に答えると、光は素直に従って沈黙した。


『もう一度言う。寄越せ』

『貴様の要求が、我に対して何の利点になるのだ?』

『無駄な争いが避けられる、だけでは不足か?』

『下位互換程度の要求に従う、という屈辱と等価にはならぬが?』

『……そうか、ならば力ずくだ!』

「行け!」

「あっ、うん!」


 22号の形態の変化を察知し、我は光にそう告げつつ戦闘態勢に入る。

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