騎士団編
第14話 引見
「ふむ、君がウィリディス・ゲールだね。よく来てくれた」
頭を伏せ膝を付いたウィルはどうしてこうなってしまったのか、だらだらと流れる汗を拭くことも出来ず走馬灯のように今朝、王都へ着いた時のことを思い出していた。
バナーレ村から王都への道中、通り道にある村や町、砦なども見回ったおかげで予定よりも二日ほど王都へ到着するのが遅れたウィル達。長旅など初めてするウィルはすっかり感覚のなくなったお尻と、棒のようになった足を引きずって倒れるように騎士団の宿舎へ入った。
「コロシテ……コロシテ……」
光のなくなった目で
「まぁこればかりは慣れるしかないからなぁ」
「むーりーでーすー」
「よしよし、お兄さんが慰めてあげいてっ」
お尻に伸びかけた手をベチンと叩いて距離を取る。まったく油断も隙もない。しかしそんなウィルの対応にイヴェイルは嬉しそうに笑うだけだった。
「ようこそ。あなたが新しい騎士さんね」
じゃれつく二人の元にウィルの半分ほどの身長しかない女性が現れる。宿舎の家事全般を請け負っているというその女性はピレットといった。間延びした喋り方、ふわふわした雰囲気、お日様のような香りと温かさに知らず頬も緩む。実家のような安心感というのはこういうことを言うのかもしれない。
「困ったことがあったら何でも言ってね」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「女の子なんてチェロちゃん以来だから嬉しいわ~」
るんるんと音符でもとばしそうなほど上機嫌に鼻歌を歌うピレットの後について、ウィルはこれから数十年間を過ごすかもしれない宿舎の部屋へ向かった。
ピレット曰く、宿舎は第二騎士団のものが三棟、第一騎士団のものが二棟あるそうで、なぜ第一騎士団の方が少ないかというと、貴族が大部分を占める第一騎士団は王都内の屋敷に住んでいる者も多いからだという。反対に第二騎士団は身分もない成り上がりの者が多い。
室内は簡素で、飾り気のないベッドと机と椅子があるのみ。二階建ての宿舎の一番奥に当たるそこは日当たりもあまりよくない。
「本当はもっといい部屋にしてあげたいんだけど、他はほとんど男の子達で埋まっちゃってて。一応ここの一角は女の子用にしてあるけど、仕切りがあるわけでもないのよねぇ」
「大丈夫ですよ。私まだ子どもですし、こんな怖い顔じゃそもそも近寄られることもないでしょうし」
「なぁーに言ってんの!ドワーフの私達から見たら十分綺麗な顔よ!」
バシバシと容赦なく腰の辺りを叩かれたウィルは馬上での痛みにトドメを刺され、その場に崩れ落ちた。「キャ~ッ、ごめんね~!」と謝るピレットにウィルは「ははは……」と力ない笑みを返すことしかできない。
腰とお尻の痛みがようやく引いた午後。宿舎の一階にある食堂へと集められた第二騎士団員達の前にウィルは立っていた。
「第二騎士団に新しく入団することになったウィリディス・ゲールだ。まだ年は若いが実力は間違いない。皆、仲良くしてやってくれ」
「ウィリディス・ゲールです。これからよろしくお願いします」
ハルスの紹介に続き名を名乗り、頭を下げる。眼前に並ぶ騎士団員は全員男。その視界のむさ苦しさにウィルの顔も引き攣る。
「団長、腕は確かだって言いますけど、こんなちんちくりんに何が出来るっていうんです」
「ち、ちんちくっ」
これまで顔が怖いと言われたことは星の数ほどあれど、ちんちくりんと言われたことはなかったウィルは初めて聞く暴言にむかっ腹が立つ。
「彼女はハーフエルフであり精術師だ。身体能力で劣ることはない」
「と言われましてもねぇ」
「ガキなんて足手まといになるだけですよー」
「ていうかエルフの癖に顔可愛くないな」
「あぁ、可愛くない。ていうかあれに似てないか」
「あれ?」
「ほら、この間押収したウキヨエとかいうのに描かれてたあれだよ」
「……あー、あれか。鬼だろ、鬼。確かに似てるなぁ。実はエルフじゃなくて鬼とのはぐんっ!」
団員の男は最後まで言い切ることなく息を引き取った(死んでない)その股間には今しがたウィルが蹴り込んだ靴の泥が付いている。何の躊躇いもなく行われたその行為に他の団員は血の気が引いた。そして百人は殺してると言われても信じそうなぐらい凶悪な顔をしたウィルに戦々恐々とする。
「――す」
「ぇ?」
「コロス」
「ヒィッ」
悪鬼羅刹もかくやと言わんばかりの迫力。一歩一歩近づく死の恐怖に、団員達は身を寄せ合って震える。助けを求めてハルスやイヴェイルを見ても「お前達が悪い」「女の子には優しくしないと」と突き放されるばかり。
もはやこれまで。そう皆が覚悟を決めた時、救世主とも呼べる声が降ってきた。
「失礼!ウィリディス・ゲールという精術師はここにいるか!」
「あ゛?」
完全にただのチンピラと化したウィルが声の方向に振り向くと、王宮からの使いだという青年が戸口に立っていた。青年はウィルの様子に僅かに怯んだものの、自身の使命を思い出し腹に力を入れて声を張り上げる。
「取り込み中の所失礼する!陛下からの招集である!ウィリディス・ゲールとハルス・ロットは至急謁見の間に来られたし!」
「陛下が?仕方ない。続きは帰ってからにするか」
「は?え、ちょ」
「行くぞ、ウィル。陛下をお待たせするわけにいかない」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!陛下って、陛下って、ちょっとーーっっ!?」
ハルスに引きずられてウィルの姿が消え、団員達はほっと息をつく。しかしイヴェイルが「帰ってきたら続きだね」と言ったことで再び地獄に突き落とされた。
ハルスに引っ張られるウィルは最初こそ憤慨していたものの、王宮に近づくにつれ頭が冷えていった。どころか徐々に萎縮していき、落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。
それもそのはず。薄い青みを帯びた大理石、精巧に作られた銀の装飾達、至る所に咲き誇る花々。まるで天上の楽園とでも言わんばかりの王宮の姿に、田舎育ちのウィルは感動を通り越して場違いさにだんだん恥ずかしくなってきた。
「まるで別世界のようだろう」
「う、うん」
「オレも初めて王宮に上がった時は逃げ出したくて仕方なかった。まぁでもこいつも慣れだ。慣れればこの景色にも馴染めるようになる」
「そうかなぁ」
「そうさ」
「これはハルス隊長。連絡は受けております。どうぞ。中で陛下がお待ちです」
「あぁ、ご苦労」
門兵が合図をすると巨大な門が内へ開かれる。以外にも静かに開いた扉の向こうには白髪の初老の男。その男はウィルとハルスの姿を認めると持っていた書類を従者に渡し、笑みを浮かべて二人へ近づいた。その様子にハルスは素早く距離を詰め、片膝を付き頭を垂れる。
「陛下。お待ちくださればこちらから参りましたものを」
「いいんだよ。呼びつけたのは私なのだから。……ふむ、君がウィリディス・ゲールだね。よく来てくれた」
ウィルは慌てて頭を下げ、ハルスに習うように片膝を付いた。これまで身分の高い者といえばエーアガイツぐらいだったウィルはそれらしい作法なんてほとんど知らない。どうか無礼に当たりませんように、と流れる汗を拭うことも出来ずこの時間が早く終わることを願う。
「精術師が我が国で生まれたことはとても喜ばしいことだ。どうかハルス達騎士団の皆と協力し、この国を守ってほしい」
「は、はい。か、かひ、かしこまりました」
緊張のあまり噛んでしまい、恥ずかしさから顔に熱が溜まる。今すぐ誰か殺してくれとプルプル震えるウィルに国王は思わず笑ってしまった。
「ははは、そんなに怯えなくてもいい。何も取って食べようというわけではないのだからね」
「え、あ、はぁ」
「君は君のまま、思う様にやりたいことをやればいい。それが私が国民に願うことなのだから」
「……はい。ありがとう、ございます」
謁見を終え、青白磁の道を下りながらウィルは国王のことを思い返していた。
ウィルの想像する権力者とは、利己的で独裁的な嫌な奴というイメージだった。しかし今日出会った国王はそれとは真逆。まるで春の雨のようにしとしとと染み込んでくるような、そんな人だった。
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