第13話 故郷とは

ウィルが目を覚ますと見慣れた天井。前にもこんなことあったなぁと懐かしく思っていると、控えめな音を立てて部屋のドアが開かれた。


「目が覚めたか」

「……はるす…………腕は!?」


まどろみから覚醒し、勢いよく起き上がったウィルは左の肘から先がしぼんだ袖を見て顔を歪めた。


「そんな顔をするな。本当なら死んでるはずだった。生きてるだけ儲けものだ。それに利き腕が無事なら問題なく槍を振るえる」

「でもっ」

「君のせいではない。だから悔やむ必要はない。むしろオレは感謝している。ウィルのおかげで生き延びることが出来たんだからな」


ウィルは溢れ出しそうだった涙を拭い、頷いた。でもやっぱり悲しくなって、少しだけ泣いた。


***


それから数日後、すっかり倦怠感もなくなった私は村の広場にいた。そこには私以外にもたくさんの村人と、ハルス達生き残った第二騎士団員が集まっていた。みんなの視線の先にはエーアガイツ・フィゲロアとアムがいる。

ハルスは真っ青になって震えるエーアガイツの前に立ち、一枚の紙を広げた。


「エーアガイツ・フィゲロア。お前が犯したコルト山への不法侵入、金の違法採掘と違法輸出は重罪だ。よって詳しい取り調べののち、死刑を言い渡す」

「ヒッ」

「これはプルウィア王国国王陛下直々の命である。尚、娘アミークス・フィゲロアに関しては事件への関与は認められなかった為無罪とする。――連れていけ」

「はっ」


縄で縛られ、馬に繋がれたエーアガイツは「助けてくれ!私は騙されたんだ!死にたくない!」と喚き続ける。そんな父親の姿にアムは嬉しいような悲しいような、複雑な表情をしていた。やはりどうあってもアムにとってエーアガイツは父親なのだろう。たとえその中身が腐っていようとも。


「村の皆さんには仲間を弔って頂き感謝しています」

「感謝してるのはこっちですよ。ようやくあの腐れ領主がいなくなるんですからね」

「違いない」

「ハハハハハ」


村のみんなは嬉しそうだ。それはそうだろう。これでようやく村にも平和が訪れるのだから。

でもきっとそこにアムの笑顔はない。


「あの、ちょっといいですか?」

「ん?どうしたんだウィル」

「英雄の演説か?」

「聞かせてくれウィル。どうやってあのクズの悪事を暴いたかをよ」


村のみんなのキラキラとした目に負けないように私は気合を入れる。だって今から言うことは間違いなくみんなの反感を買うことだから。


「その……エーアガイツの死刑を、取り下げることはできませんか」

「……………………は?」

「無理を、言ってるのは分かってます。エーアガイツのしたことは確かに大罪です。でも、死刑だけは、やめてもらえませんか」

「……な、なな、何言ってんだウィルッ!」

「そうよ!今まであいつに何をされてきたか、あなただって分かってるでしょ!?」


当然のようにみんなから避難の声が上がる。私だってエーアガイツなんて死刑になって当然だと思ってる。村のみんなに重税を課しまるで独裁者のように振舞っていたことも、法を破って金を採掘、他国に売っていたことも、到底許されることではない。

それでも私は引けなかった。


だってこの村のみんなの中にはアムも入っているから。エーアガイツが死ねばアムはきっとこの先、心から笑うことなんて出来なくなる。そんなのは嫌だった。

子どもの我儘だって分かってる。迷惑だってことも分かってる。

それでも、それでも――。


「なぜだ」


怒る村のみんなとは対象に、ハルスは冷静だった。まるで私がそう言うと知っていたかのように。


「別に。ただ、自分のせいで死なれると寝覚めが悪いだけ」

「……そうか。君は、そうするんだな」


理由は言わなかった。言えばアムが攻められる。それに、これは私の勝手なお節介だ。だから責任を負うのは私一人でいい。


「――静粛に!」


ピタリと、ハルスの低音がみんなの声を止めた。


「ウィリディス・ゲールの願いは到底受け入れられないものだ」


そうだそうだとみんなが言う。


「しかしある条件と引き換えに、エーアガイツ・フィゲロアの死刑を取り下げても構わないと、陛下より承っている」

「え……?」


雲行きが怪しくなり、みんながざわつく。私も緊張してハルスが次に発する言葉を待った。


「精術師、ウィリディス・ゲールが騎士団に入団するならば、エーアガイツ・フィゲロアは減刑、生涯村内から出ないことを条件に釈放とする」

「…………私、が、騎士団に?」


ハルスが言ったことをすぐには飲みこめなかった。それは他のみんなも同じようで、ぽかーんと口を開けて間抜けな顔を晒している。


「もちろん今すぐ決めろと言わない。考える時間も必要だろう。期日は」

「やる」

「――」

「やる、やります。私、騎士団に入ります」

「なっ、何言ってるのウィル!?」


私の言葉に最初に声を上げたのはアムだった。さっきまで真っ暗な顔で俯いていたのとは打って変わって私の肩を掴み、前後に揺さぶってくる。


「そんなことしないでよっ!騎士団なんて、騎士団なんて入ったら、ウィルは村を出なきゃいけないんだよっ!?夢はどうするの!?ルージュさん達はどうするのよぉっ!!」


私をガクガクと揺さぶりながら泣き出すアム。その額に手刀をかましてやると手が離れ、痛みに呻きだした。


「落ち着け。しょーがないでしょ。それしかないんだから。母さん達はきっと反対しないよ。それに騎士団引退してからだって農業はできるしね。私ハーフエルフだし。寿命長いし」

「でも」

「い・い・か・ら。本当に、いいから。ね?」


目と額を赤く腫らしたアムは昔と変わらない。私が騎士団に行くことより、何よりもそれが大切だった。


――一次帰宅して父さんと母さんに事情を説明すると、何も言わず抱きしめてくれた。出発は明日の早朝。エーアガイツは一度王都で取り調べを受けた後、村へ返されるという。みんなは最後まで反対していた。けれどこればかりはどうしようもないので、時間に任せるしかないだろう。


「今日はウィルの大好物ばかりにしたわ」


にこにこと笑みを浮かべる母さんがキッチンで泣いていたことを本当は知っている。それを慰める父さんの手が震えていたことも。でもそれに気づかないふりをして笑った。ご飯は今まで食べたものの中でもとびっきり美味しかった。


夜、これからは王都に住むことになるので必要な物をまとめていると、母さんが昔使っていたという冒険者時代のコートやベルト、ポーチなどを持ってきてくれた。


「少し古いけど良い物よ。このコートはリェスで作られたの。耐火性にも優れているし防刃性も強い。ポーチはベルトに付けて必要な小物を入れておけば便利だし、ベルトにあの剣を留めることも出来るから」

「うん、ありがと」


あの戦いの時使った剣をハルスは譲ってくれた。もしかしたらその時からこうなることを見越していたのかもしれない。


「……ウィル」

「ん?」

「あ、ううん。何でもないわ。明日は早いんでしょ?そろそろ寝た方がいいわよ」

「はーい」


思ったよりも荷物は少なく、鞄一つに収まってしまったことに驚いた。これでは引っ越しではなく旅に出るみたいだ。


靴を脱いでベッドに寝転がるとどこからともなくサタ子がやって来て、隣にちょこんと座った。私は母さんの精霊であるサタ子と意志の疎通は出来ない。それでも(寂しがってくれてるのかな)と感じて嬉しくなってしまった。


明朝、村の出口にいたのは私とハルス達騎士団の人達と父さん、母さん、それにアムだけだった。


(ま、仕方ないか。村のみんなにとっては私って余計なことしてくれた邪魔者なわけだし)


胸が痛まないわけではなかったけど、それよりも私には大切なことがあった。そこに後悔はない。それにもしも再びエーアガイツが法を犯すことがあれば、次こそ私はあいつの首を撥ねる。それでも足りなければこの命を差し出してもいい。


(でなければ割に合わない)


「急げば王都へは二日で着くが、今回は護送もあるからな。まぁ五日もあれば着くだろう」

「はい、この子ウィルの馬ね」


イヴェイルから手綱を渡された馬は灰色のまだ若い馬だった。もう馬を支給してくれるなんてさすが騎士団、と思ったがどうやら違うようで、イヴェイルがこっそり耳打ちして教えてくれた。


「この馬は村のみんなからの選別だよ。愛されてるね、ウィルちゃん」

「ッ」


その言葉に視界が歪む。慌ててそれを袖で拭って「そう」とだけ返した。


「本当に、行っちゃうんだね」


鞄を馬の鞍に括り付け、いよいよ出発という時。それまで黙りこくっていたアムが口を開いた。


「うん、行くよ」

「――私、私、ウィルを助けたかった」


唐突に放たれたその言葉に目を見開く。


「ウィルを、村のみんなを助けたくて、父さんを連れていけばもう誰も傷つかずに済むって思って、だから私、私っ」

「うん、知ってる。アムはうるさいしバカだし泣き虫だしおっちょこちょいだしバカだけど」

「バカって二回も言ってるぅっ」

「それでも優しいって、知ってるから」


優しいから誰にも相談せず一人でどうにかしようとして。ほんと、バカだ。

でもきっとお互いさまだから。側に居すぎて、いつの間にか言わなくても通じるなんて思ってて。

そのせいでとんでもないすれ違いをしちゃってたなぁ。


「アム」

「ん?」

「私、また帰ってくるから。だから待ってて」


手を、差し出す。それはいつか届かなかったもの、伸ばすことすらしなかったもの。でも、今は――


「うん、うん!待ってる!私、ウィルが帰ってくる場所、絶対守るからっ。絶対、絶対、守るからっ!」


互いの手が絡み合う。

別れの時まで泣いてばかりで。でもそれでいい、それでいいんだ。


「では行こうか」

「うん」


馬を駆る。振り向きはしない。振り向けば、きっと帰りたくなる。


「――やめるか?」


ハルスの目に非難の色はない。きっと「戻りたい」と言えばハルスはエーアガイツのことも私のことも見逃してくれるだろう。


「ううん、大丈夫」


だからこそ私はその甘えに寄らない。罪滅ぼしというわけではない。それをすれば私は私のことを一生許せなくなるだろうから。ただそれだけの理由だ。


「安心して。騎士団も王都も楽しい所だからね~」

「はぁ」

「騎士団が楽しいかどうかは疑問だが……王都には世界中から珍しい物が集まる。飽きることはないだろう」


ハルスの言葉に別れの寂しさが少しだけ薄れた気がした。

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