バナーレ村編
第6話 キノコハンター
バナーレ村が属するプルウィア王国はノース大陸の南に位置し、一年を通して雨の日が多い場所だ。中でも山間部では大量の雨が降り、その為頻繁に山崩れが起きて甚大な被害をもたらすことも少なくなかった。しかしその雨のおかげで得られるものもまた多く、特にマキダケと呼ばれる高級食材は一攫千金を狙うキノコハンターなるものを生み出すほど高値で取引されていた。
その日ウィルはいつものようにルージュに頼まれて薬草を採りに通い慣れた山を散策していたのだが、つい先日山崩れが起きた場所を通りかかった時とんでもない物を見つけてしまって思わず固まった。
(な、ななな何てこったっ)
固まるウィルの視線の先には真紫の毒々しいキノコ。どう考えても食べてはいけない部類のキノコにしか見えないそれだが、ウィルはそれが高級食材マキダケであることを知っていた。
(す、すごいっ。一本一ルクルはするマキダケがひーふーみー……じゅ、十六本!村の平均年収の十六倍っ!しかもまだ奥にたくさんあるじゃないかっ!)
マキダケは細い谷筋の間にこれでもかと群生していた。多量の水を必要とするマキダケがこれだけ生えているということは、ここが山間の水路のような役割をしていることを指している。
(マキダケの成長は環境が合っていれば早いもので二日~三日、遅くても一週間。今日か明日中には採らないとな)
興奮を抑えつつ冷静に、しかし我慢できずに小躍りしてマキダケの収穫を始めるウィル。別段ウィルは生活に困るほど困窮してはいない。けれどもそれはそれとして、お金がたくさんあるに越したことはないとも思っていた。
(備えあれば憂いなし。でも正規のルートで売ると絶対ハゲメガネが売り上げの九割は持ってくからなぁ)
ここ半年、以前にも増して税を厳しく取り立てているエーアガイツに、最近では村人の間で排除しようという動きまで出始めている。エーアガイツのしていることは到底許されないことだし、ウィルもあのハゲを排除することに異論はなかった。けれどアムのことを考えると躊躇してしまう。
どうにか穏便に事を収めることは出来ないかというのがここ最近のウィルの悩みの一つだ。
そしてもう一つの悩みはというと――
『うげぇ、不味そうなキノコ』
この頭に響く声だ。
数ヶ月程前急に聞こえだしたその声についに頭がイカれたのかと思ったウィルだったが、ルージュ曰くそれは精霊の声だという。
精霊はウィル達の世界とは全く異なる言語体系を持つ為基本的に会話は不可能なのだが、精術師だけは契約した精霊とのみ意思疎通ができるのだそうだ。
あの夢のような空間で魂の修復をしていたというプロクスは、とりあえず修復がひと段落した為こうして表に出てきたらしい。
『絶対毒キノコだろこれ。絶対ヤバいやつだろこれ。なぁ大丈夫か?買ってった奴死ぬんじゃないかこれ』
(うるさ)
『なーなーウィルー』
(うるさいわっ!ちょっとは静かにしろっ!)
『ちぇー』
ようやく静かになったプロクスにウィルは溜息を吐いてマキダケの収穫を再開する。
この声が聞こえ出してから精霊と契約したということを改めて認識したウィルは、常に誰かと一緒にいる感覚に陥って気を抜く時もない日々を送っていた。ルージュは暫くしたら慣れると言ったが、ウィルはそれはいつのことだと光の無くなった目で天を仰ぐ。
一通りマキダケを収穫したウィルは村人に見つからないように裏道を通って家に帰り、ルージュにマキダケを三本渡して夕飯に出してもらった。
「マキダケなんてよく見つかったなぁ」
「あの辺りは知り尽くしたと思ってたけど、この間の山崩れで隠れてた谷の入り口が見つかってさ。誰も入ってなかったからかすごくたくさん生えてたんだよ」
「そうか。なら村の皆にも教えてやらないとな」
「は!?」
「そんなことしたらマキダケが他の人にも取られちゃうじゃんかっ!」
「取られるも何もあの場所はオレ達の土地じゃなくて村のものだしなぁ。それにオレ達だけいい思いをするのは悪いじゃないか。今は税も上がって皆生活が苦しい。マキダケを売れば向こう数年は楽に暮らせる。それにお金の余裕は気持ちの余裕だ。懐の寂しさもなくなれば皆の溜息も少しは下がるだろうし、バカな考えをする人間も減るさ」
メランのその言葉にウィルは雷に打たれたような気がした。これが人間性の違いかと衝撃を受ける。ウィルがマキダケを見つけた時、考えたのは自分や家族のことだけだった。しかしメランは自分達だけではなく村人、ひいては村全体のことまで考えていた。
その差にウィルは落ち込んだが、同時に父の素晴らしさに感動した。
(やっぱり父さんはすごい。いつか父さんみたいな人になれたら……)
尊敬と憧れの混ざった瞳を向けるウィルにメランも笑みを返す。
夕食後、一番近い家の村人にマキダケのことを話したウィルは明日、村の広場に集まってもらうよう伝えた。折しも今日からエーアガイツは王都に出かけており、バレずにマキダケを収穫するのは今この時しかなかった。マキダケ発見の報は伝言ゲームのように村中の人に伝わり、明くる日の朝早くには大勢の村人が広場に集まっていた。
「お手柄だなぁ、ウィル」
「これで暫くは生活に困らないわ」
「町には誰が売りに行く?」
久しぶりに明るい賑わいを見せる村人達にウィルの顔も自然と笑っていた。父さんの言う通りにしてよかったと、改めて父の偉大さを感じていたウィルにかけられた言葉は悲しいかな「怒ってるのか?」という真逆の問いだったが。
「誰が怒ってるか!笑ってんの!」
「なんだ。てっきり今更教えたことを後悔してるのかと」
「するかっ!もう、さっさと行くよ。全員は無理だから山に慣れた何人かを――」
「ウィル」
不意に呼ばれてウィルが声の方向に顔を向けると、薄いピンクのワンピースを着たアムがそこにいた。随分久しぶりに顔を見た気がして一瞬言葉に詰まったウィルだったが、すぐに笑みを浮かべて駆け寄る。しかしそれを阻むように従者の男が立ち塞がった。
「ただの農民がお嬢様に何用でしょう」
「なっ」
見下すように言い放つ従者の男に怒りが湧く。思わず右腕を振り上げかけたウィルを止めたのはその様子を見ていた村人だった。
「やめとけウィル。殴る価値もない奴だ」
「ッ」
村人に諭され仕方なく右腕を下ろすウィル。かわりに従者の男を睨みつけたがどこ吹く風といった様子で相手にもされない。その後ろにいるアムにも視線を向けてみたが、何も言わず気まず気に顔を背けられただけだった。
「さあ、参りましょう。お嬢様」
「……」
結局アムは何も言わず従者に促され広場を出て行った。その背中を見つめてウィルは三年という月日が奪ってしまったものはもう取り戻せないのかと拳を握った。
「諦めな。もともと生きる世界が違うんだ。ウィルと仲良くしてたのも所詮はお嬢様の気まぐれだったのさ」
「――」
村人の言葉にウィルは「違う!アムはそんなやつじゃない!」と言い返したかったが、結局何も言えなかった自分に腹が立った。
久しぶりに会ったアムはすっかり大人の顔をしていたけれど、それでも中身はあの頃の夢みがちで騒がしくも楽しい幼馴染みのままだと信じたかったのに。
「行くぞ、ウィル」
「あ、うん」
村人に促され先頭に立ったウィルは自身の手のひらを見つめる。三年前と違いすっかり大きく、ところどころ硬くなった皮膚が年月の経過を教えていた。
今年で十三歳となったウィルの三つ上であるアムは十六。世間では大人として見做される年齢だ。
(早く大人になって跡を継ぎたいと思ってたのに……)
今はなぜか、このまま時が止まればいいのにと願わずにはいられないウィルだった。
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