第1話 冒険者

「ウィル。本当にいいの?」

「マグモ苔だよね?大丈夫、あの辺は魔物もでないし明日アムと一緒に採ってくるよ」

「ありがとう。じゃあ、よろしくね」

「うん」


ノース大陸の南、プルウィア王国、バナーレ村。王国の中でも国境沿いに位置するこの村の更に端に住むウィリディスウィル・ゲールはエルフの母と人間の父親との間に生まれたハーフエルフだった。しかしエルフの特徴といえば若干尖った耳ぐらいで、母にも父にもあまり似ていない容貌は、父曰く父の父、つまりウィルの祖父によく似ているらしい。


ウィルが生まれる頃にはすでに他界していたため祖父の外見がどういうものかは分からなかったが、ウィルは自身の顔を鏡で見て「絶対に厳つい顔だったな」と確信していた。


何も考えずぼーっとしているだけなのに「怒ってる?」「私何かした?」と聞かれ、怯えられ、結局友達として残ったのは村の領主の娘であるアミークスアム・フィゲロアだけだ。その事実に枕を濡らさなかったと言えば嘘になるが、二、三日もすれば仕方ないと吹っ切れるあたりウィルも大概だった。

しかし村全体の評価で見れば逆で、「出来た娘で羨ましい」「私の子どもと変えてほしいわ」と言われるのは日常茶飯事。


ウィルの夢は父の跡をついで農家になることだった。どちらにしろ農業や畜産が主な産業のこの国では十六歳の成人を迎えた時に土地をもらうことができるのだが、それはそれとして、毎日朝から晩まで仕事をこなし、家事も率先して行い家族サービスも欠かさないメラン・ゲール父親をウィルは神の如く崇拝していた。

正直に言えばなぜここまで、と思うことがなくはないのだけど、考えてもよく分からなかったので自分の気持ちに正直に生きた結果、父の仕事も母の手伝いもこなす出来た娘となっていたのだから笑ってしまう。


この日々を苦に思うこともなく、明日もまたそんな日々が続くのだろうと思っていた。

その時までは。


「冒険者が来たんだって!」


興奮した様子で読書の時間をぶち壊しに家に突撃してきたアムのその言葉に「ふーん」と返して視線を本へ戻す。やはり勇者ケオの物語は何回読んでもおもし「だ・か・らっ!」


「うっるさっ」


読書時間を妨害された私は顔を顰めて本から顔を上げた。


「冒険者っ!冒険者が来たのよっ!十年ぶりにっ!」

「何回も言わなくても分かったから。で、それが?」

「そーれーがって!見てみたいと思わない?だって冒険者だよ?ヴァスティーゼとの間に街道が出来てから全く見なかったのに、久しぶりに来たのよ?これは事件の香りがするわね……フフフフ」

「……どーでも」

「よくない!行こうよウィル!ぼーけんしゃー!みーたーいーのーっ!」

「あああぁ、もう!引っ張るなぁーっ!」


外へ連れ出そうと全体重をかけて引っ張ってくるアム。そんなに見たいなら一人で行けばいいだろうが!ほんとに私の三つ上か!?


「きょーみないんだって!」

「でも私は見たいのっ」

「こ、この野郎っ。人の都合を考えろ我儘領主娘ッ」

「我儘じゃないもん!ウィルだって人手がいるからって採取に無理やりつき合わせたりするくせに!」

「あーあー聞こえませーん」

「ケチーッ」

「ケチじゃないですー」

「ドケチーッ!」


くだらない言い争いをしたが、結局私はアムに引きずられるようにして村の広場へ向かった。どうせ明日マグモ苔の採取に付き合わせる予定だったし前払いということで。


広場に着くと久しぶりの冒険者の来訪とあってか、仕事を放りだしてかなりの数の村人が集まり、人だかりを作っていた。何とかその人だかりをかき分け一番前に出ると、アムの父親で領主のハゲメ、ではなくエーアガイツ・フィゲロアが冒険者らしき三人組と話していた。


「旅の商人からギルドに討伐依頼があった。この辺りでビッグピッグが出たらしい」

「ビッグピッグ?それは珍しい。この辺りでは年に一、二回見れば多い方なんだが」

「ヴァスティーゼは今年雨が少なかったからな。ビッグピッグの餌となるキノコ類があまり出来ないのだろう」

「ほぉ、ならば街道に続く谷筋の山道の辺りで出るかもしれないな。あの辺りはキノコの群生地だ。ただし間違ってもコルトさんには近づくなよ」

「この国の法は理解している」

「ならばいい」


エーアガイツは鼻を鳴らし、冒険者から受け取った依頼書と思しき紙を従者の男に押し付けて行ってしまった。あんな態度だから村の皆から嫌われるんだよな。

マントのフードを深くかぶった冒険者達も山道に向かってしまい、仕事を放り投げていた村人達も戻っていく。残ったのは私とアムだけだ。アムは思ったよりもあっさりと話が終わってしまった為か、「つまらないの」と言って帰路につこうとした。勿論その首根っこを掴んで「明日、日が昇ったらうち集合」と言うのは忘れない。


「鬼だぁ」

「ははは、何とでも」

「ぶー」

「ははははは」


膨れるアムと別れて私も帰路につく。帰ったら本の続き、じゃなくて夕飯の手伝いだな。


***


「マグモ苔マグモ苔」


ゴリゴリと、ナイフで岩に生えた苔を削る。整腸剤になるマグモ苔は一部の層に大人気らしいけど、苔の踊り食いなんて私はしたくない。なんてたって草臭いんだよなぁ、これ。


瓶いっぱいに苔を摘めてそろそろ帰ろうかと立ち上がった時、崖の下に昨日の冒険者達が集まっているのが見えた。このまま谷に向かうのだろうかと思っていると、あろうことか三人はコルト山に向かって歩き出した。


「ね、ねぇ、あれまずいんじゃない?」


横で同じようにその様子を見ていたアムが顔を青くして呟く。きっと私の顔も普段の二割増しぐらいで威圧感を放っていることだろう。


コルト山に無断で入れば待っているのは首と胴体とのお別れ会だ。つまり死刑。

なぜ山に入ったぐらいで死刑になるのかというと、この山がプルウィア王国の財源である金を大量に産出するからだ。プルウィア王国はそれほど大きい国ではない。けれど農業と畜産だけでこの国の財政を支えるには限界があった。


その原因は二百年前にいたという賢王にある。その王が周辺諸国とかわした同盟により、プルウィアはこの二百年他国との戦争を一切していない。それは一見良いことのように思えるが、二百年の平和は人口増加をもたらし、戦争によって新たな土地や資源を確保することが出来なくなったことで王国の財政はどんどん傾いていった。


もはやこれまでと思われた数十年前、一人の精術師せいじゅつしが当時の王に一つの助言をした。


『隣国ヴァスティーゼとの間にあるコルト山を掘ってみなさい』と。


言われるがままコルト山に人を送った王はそこで金が見つかったという報告を受ける。かくしてプルウィア王国は破綻の危機から救われたのだが、当然それを狙う賊が現れるのは必至だった。


その為作られた法が『王、宰相の許可の元、騎士団が同行しなければコルト山に立ち入るべからず。破った者は原則死刑に処す』というものだった。


この法が出来てすぐの頃は皆冗談だと思っていたらしい。何せ百数年平和が続いた国だ。歴代の王も皆温厚で、よほどの重罪でなければ死刑など行われることはなかった。その為法が作られた後も山に入るものは減らなかったらしいが、実際には入山した者全てが理由の如何なく死刑になっている。中には金が目的でなかった者もいるらしいが、どんな理由があっても山に入れば死刑になる、ということを知らしめるにはそうするしかなかったのかもしれない。裏返せば、それほど国の財政は厳しい状況だったとも言える。


以降、コルト山には年に一度王都から金の採掘に来る一団以外入ることはなくなった、のだけれど。


「チッ。何かあったらこっちにも責任がくるっつーのに。仕方ない。アム、後追うよ」

「やったー!冒険だね!」


何がやったーなんだか。アムの反応に呆れながら三人の跡を追う。三人はやはりコルト山に向かっていて、気づかれないように少し距離を開けてつけていく。

暫くすると登山道を塞ぐように大岩が置いてあって、そこでようやく三人は足を止めた。


(諦めて帰れ~、諦めて帰れ~)


本来なら、この大岩を破壊する精術師が採掘の一団に一緒についてきて、帰るときにまた新しい大岩を置く。そうやって普段は登山道を塞いでいるのだ。

両側は断崖絶壁になっていて登ることは出来ないし、これでおとなしく帰ってくれるだろう。


と思っていた時期が私にもありました。


邪魔なら壊せばいいじゃない。とでも言うように、フードを目深にかぶった男か女かも分からない奴が手を振った瞬間、大岩は木端微塵に吹き飛んだ。

こんなに驚いたのはサタ子に出会った時以来かもしれない。

私とアムがパチパチと目を瞬かせている間に冒険者たちはずんずん奥へと進んでいく。


「もしかしてあれ、精術師?」


精術師。


「あれが」


それは人智を超えた力を持つ者。大男より遥かに大きな岩を一瞬で破壊できる力を持った者。


「ところでどうするの?行っちゃったみたいだけど」

「……追うよ」

「そう言うと思った」


スキップしながら進むアム。

対する私はカタカタと震える手を抑えるのに必死だった。


冒険者達は途中にある鉱山の入り口など見向きもせず尚も奥に進んでいく。てっきりビッグピッグを囮にした盗人だと思ったけど違ったかな?


「どこまで行くのかな?」

「さあね」


過去数年間でビッグピッグがゴルト山に出たなんて話は聞いたことない。そもそも出ても誰も入れないから確認仕様もないんだけど。


「……疲れた」

「修業が足りんのだよ」


足を引きずるように歩き始めたアムのケツを蹴っていると、急に百メートルほど先で一行が立ち止まった。


その前には一人の男。

身長は三人の中で一番背が高く、肩幅の広い奴と同じくらい。しかしどちらかというと男の方がひょろりとしていて細い。


「久しぶりだな。ヴァーデゥル」


先に口を開いたのはひょろ男のほうだった。ヴァーデゥルというのは対峙するように立つ背の高い奴のことだろう。


「一年半ぶりか。アロスティア」

「もうそんなに経つか。エザフォス、マルメルダ。元気だったか?」

「気安く名前を呼ぶな」

「まったく。君は相変わらず気難しいね、エザフォス」


やれやれと肩を竦めて、アロスティアは溜息を吐いた。ヴァーデゥル達は明らかな敵意を向けている。だがアロスティアは全く気にしていない。

まずいことに首を突っ込んでしまったと、今更ながら後悔する。おとなしく村に帰って誰か大人にでも報告すればよかった。でもまだ見つかってはいない。今ならまだ間に合う。


「アム。ゆっくり後ろに下がるよ。今なら見つかって」

「見つかって。何かな?」

「……え?」


目の前にアロスティアがいた。

そう認識した時には、私の腹には拳大の穴が空いていた。


「うぃ、うぃる?」


アム、逃げろ。

そう言いたかったけれど、口から漏れるのはゴポゴポという音だけで。


「ウィル!ウィル!」

「君はウィルっていうのかな?ダメじゃないか。こんな所に来たら」


ニコニコと笑いながら右手に着いた血を払うアロスティア。


「貴様っ!その子ども達は関係ないだろうっ!」

「巻き込みたくなかったら尾行に気づくべきだったね。これはお前のせいだよ。ヴァーデゥル」

「ふざけるなぁっ!!」


ヴァーデゥルの拳がアロスティアを襲う。でもそれが当たることはない。

ははは、という笑い声は誰のものだろう。


ヴァーデゥルの左胸には穴が空いていた。

拳ほどの大きさの、穴が。

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