第30話 開催!!お祭りDE魔王村

 歓声を上げて、子供たちが村に駆け込んでいく。その勇気の十分の一でいいから、分けてほしい。切実に。

 一張羅を着てはいても子供のこと、落ち着きなど全くありはしない。

 そんな子供時代など二十年近く前に過ぎ去った村長であるところのフィルは、ひくり、と頬が引きつるのを感じた。

 今日も今日とて、村の入り口には地獄の番犬ブラザーズが五つの頭で周囲を睥睨している。

 その下を走り抜ける子供たちには見えていないのだろうか。

 だが番犬たちも子供たちを含め、フィルたち大人に対しても敵意を向けることはない。

 彼らが主の客人だと、よくよく理解しているものらしい。


「何回見ても俺には心臓が縮むような魔物なんだがな……」


 バルバザールのぼやきに、頷く。安心してほしい、フィルにとってもそうだし、周囲の大人たちの顔色の悪さを見ても、子供たちが特殊すぎるだけだ。

 うちの村の子供たちは、どこに警戒心を振り捨ててきたのかと村長としては嘆かざるを得ないところである。


「おお、村長殿、門番殿。こちらですぞ」

「リッチさん」


 少し離れたところから優雅な足取りで銀髪の老執事が歩み寄ってくる。どうやら今日はこちらの姿でいるらしい。隣には極めて残念そうな顔をしたクラリッサがいるが、理由など今更言う必要もないだろう。


「今日はよろしくお願いします。……ええと、それで魔王様は」

「こちらにいますよ、フィルさん」


 声に引かれて視線を動かせば、リッチたちのさらに奥の方、夜の闇が深い辺りからふわり、と黒いローブ姿の魔王が浮き出るように現れた。

 光の加減で赤くも見える生地に金糸の縁取りの見事なローブに、美しい藍色の髪が流れ落ちる。金色の目を細めるようにして微笑んだ魔王は成程、魔的に美しい。


「ようこそ、私の村の宴へ。今日は色々な種族の魔族や魔物がいますから、存分に交流してくださいね。村の中での安全はこの十三番目の魔王の名に懸けてお約束します。フィルさんの村の方々の誰一人、この村の中で危険な目に遭うことはありません」


 早々にきわめて重たい宣誓を食らったが、ありがたいことである。そして、一体何がいるのやら。

 横目でちらり、と村の中を見回すと、それはそれは……何というか、多種多様な魔族と魔物がそろっていた。

 成程、こうして見ると魔族と魔物の違いというのは……やはりわかるようでわからない。

 しかし図鑑でしか見たことがなかったような魔物や、話にしか聞いたことのない魔族がごく普通にその辺りを歩いているというのは、何とも不思議な気分だ。

 おそらく森の中でフィル一人がばったり遭遇してしまったとしたら即死を覚悟するようなものが、ごく普通に……何なら、少しずれた飾りを真面目な顔をして直していたりする。

 今可愛らしい花飾りを真っ直ぐに直そうとしているのは、フィルが聞いたことのある魔族で言えば、ミノタウロスではないのか。ごつい手に繊細そうな花飾りが異様に浮いているし、牛頭であるために何を考えているのかは全く分からないが、ともかく。


「……」


 真隣で能面のような顔をしているバルバザールを見ても、本来であれば厄介な魔族? 魔物? であることは間違いない。

 反対隣り、少し下がったところにいたシスターも、わずかに目を細めているようだ。

 どう見ても当たりである。いや、この場合は外れなのか。

 ふと視線に気付いたように振り向いたミノタウロスに、隣でバルバザールが僅かに身構えるように体を強張らせる。

 どすり、と重い足音を立ててフィルたちに向き直ったミノタウロスは、きわめて重厚な声を上げた。


「いらっしゃい、お客様。宴を楽しんでいらしてね。あちらの方に、御馳走の用意もあってよ」


 よもやの、淑女の口調で。


「へ、あっ?」

「人間との宴なんてどれくらいぶりかしら。とても楽しみにしていましたのよ。お会いできて嬉しいわ」


 のしのし、と迫力のある足音を立てながら近付いてきたミノタウロスは、手には何の武器も持っていない。何なら、手首には繊細な飾りのブレスレットまでしている。

 魔王に向かってその筋肉質な体からは嘘のように優雅に一礼してみせ、ミノタウロスは見事なバリトンで続けた。


「こちらが十三番目の魔王様のご友人でいらっしゃるのですね」

「ええ。こちらがフィルさん、そのお隣がバルバザールさんです。フィルさんは村長として私の先輩でもあるのですよ」

「まあ、お若いのに素晴らしいわ。どうぞこの村の発展にご協力くださいね」

「は、はい」

「あら嫌だわ、私ったら自己紹介を忘れて。見ての通り、ミノタウロスですの。この宴の飾りつけはすべて私がいたしましたのよ」

「このミノタウロスは非常に美的センスが優れておりましてな。一手に引き受け、このように仕上げてくれましたぞ」

「うふふ、お恥ずかしいわ」


 淑女である。きわめてマッチョで見事なバリトンだが、淑女である。レディとして扱うのが正しいのだろう。フィルには、いまいちレディの扱い方というのがわかりかねるけれども。


「と、隣村の村長のフィルです。よろしくお願いします」

「……隣村の門番のバルバザールだ」

「ミノタウロス、皆さんを村の中央のおもてなしスペースへご案内してください」

「ええ、承りましたわ。ささ、皆さまこちらへどうぞ」


 淑やかに村の中央を指し示したミノタウロスに、フィルははっと我に返った。


「そ、そうだ、魔王様」

「はい?」

「今日は俺の幼馴染たちを紹介しようと思いまして……ちょっとお時間を頂けますか」

「それは嬉しいです。勿論ですよ」

「バルバルさん、後をお願いしますね」

「……ああ」


 諦めたように頷いたバルバザールが子供たちや周囲の大人の先頭に立ち、ミノタウロスの後を追う。

 それを見送り、フィルは彼の言葉を受けて背後で待っていてくれたテオとメリッサを振り返った。

 顔を見合わせた二人が、それからすっと前に出る。


「こっちが幼馴染で、俺のとは兄弟みたいに育った……」

「テオです。よろしくお願いします、魔王様。それからこっちが妻の」

「メリッサです。よろしくお願いします」

「テオさんにメリッサさんですね。初めまして、この村の村長をしています、十三番目の魔王と申します。よろしくお願いします」


 にこやかに指の先にいたるまで美しい魔王の手が差し出される。

 何となくフィルの方が緊張しながら見守る前で、テオがそっとその手を握った。ついで、メリッサも。


「フィルさん、テオさんが前に話していた?」

「あ、ああ、そうです、母親代わりに面倒を見ていてくれたおばさんの息子で」

「成程、それでフィルさんとは兄弟同然なのですね」

「はい。……昔からどっちが兄かで言い合いになりますけど」

「テオ!!」

「順番的にはテオの方が少し先に生まれているけれど、落ち着きで言うとフィルの方が兄っぽいのよね」

「誰の落ち着きがないって?」


 魔王様の前でもいつものテンションでじゃれ合う夫婦にフィルは思う。どんな肝をしているのだ、と。

 しかしちらと窺った魔王様の方は穏やかに笑っている。ありがたいことに、この無礼者な幼馴染たちに怒ってはいないらしい。何とも懐の深い魔王様である。


「フィル、それより魔王様にお土産は渡さなくていいの?」

「せっかく今日のために全力で作ったんだろ」

「う」


 そんなことを考えていたら、背中をつつかれて思わず呻く。お土産、と優雅に首を傾げた魔王の肩から藍色の髪が零れ落ち、さらさらと涼しげな音を立てた。


「……ええ、まあ、その」

「はい」

「つ、つまらぬものですが、どうぞ」


 抱えていた籠を差し出す。村を出る少し前に焼き上げたばかりのパイからは、まだふんわりといい香りが漂っているのだが、その香りが故により緊張がせりあがってくる。

 大切そうにそれを受け取り、魔王は上にかけてあった清潔な布を少し外して中を覗いた。

 パイ、と形よい唇が小さく呟く。


「あ、あの、テオの母親の直伝で、俺の得意料理……って言っていいのかわからないんですけど、とにかく割と得意なので」

「フィルのパイ、すごく美味しいですよ」

「うちの嫁よりうちの母親の味の再現ができて……いって!!」


 ぎり、とメリッサがテオの脇腹をつねっているのが見えるが、重ね重ね魔王様の前で夫婦喧嘩のようなじゃれ合いをするのはやめてほしい。微妙に村の恥である。


「フィルさん手作りのパイですか……ありがとうございます、とても嬉しいです」

「!!」


 柔らかく魔王の眦がしなり、微笑みを形作る。

 穏やかなその表情は言葉通りの嬉しさを、優しくにじませて。

 それを見て、ようやくフィルも形の力を抜くことが出来た。喜んでもらえたのなら、何よりである。

 微笑まし気に隣で黙って見守っていたリッチが「お預かりしましょうか」と声をかけたのを片手を軽く上げて断り、パイの入ったバスケットを抱えたまま魔王は優雅に踵を返した。


「こちらへどうぞ、フィルさん、テオさん、メリッサさん。宴をご案内しましょう」


 魔王の後を追った三人は、村の中でそれはそれは多数の魔物や魔族に巡り合った。

 その一つ一つを魔王が紹介してくれるのだが、途中でフィルはふと首を傾げた。


「……あの、魔王様」

「はい?」

「ええと……同じ種族の魔族とか魔物とか、一人? 一匹? ずつしか来ていないんですか?」


 種類は多く、村の中にいる魔物や魔族の数は多いのだが、似たような種類の姿は見えても同じものがいないような。

 フィルには細かな違いもわからないため、もしかしたら同じなのかもしれないが、それでも同種の数はぐっと少ない、ような。


「ああ、そうなのです。フィルさんたちに魔族や魔物の種類を紹介することも宴の目的でしたので、出来るだけ種類が呼べるように同種が多数来ることは控えました」

「十三番目の魔王様の宴は珍しいですからな……なかなか種族間の選抜戦は熾烈を極めたと聞きますぞ」

「リッチさんは一人勝ちじゃないですか……」


 リッチという種族は他にもいるだろうが、魔王の家令として彼以外の選択肢はなかっただろう。悪戯っぽくほほ、と笑ったリッチは「役得というものですぞ」とうそぶいた。


「……しかし、まあ……何処を見ても魔族や魔物、だなあ……」


呆れているの感心しているのか、何とも言えない口調でテオが呟く。人間はフィルの村からの訪問者とクラリッサ、レニとノエしかいないのだからさもありなん、というところである。


「そうねえ……こんな間近で魔族も魔物も見たことがなかったもの。見てよ、あれ……ワイバーンよね? なんか、うちの村の子供たちに群がられているけど」

「え? うわっ!?」


 メリッサの言葉に彼女の視線を追えば、深い緑色のワイバーンがうずくまっており、骨ばった羽をゆらゆらとさせている。そしてメリッサの言う通り、ワイバーンの周りには村の子供たちが群がってぺたぺたと無遠慮にその体に触れていた。

 血の気の引く音がしそうな顔をするフィルに、魔王もそちらを見て微笑んだ。


「ああ、大丈夫ですよ。あのワイバーンは子供が好きですから。きっと子供たちには珍しいと思って、気質の温厚で子供好きなワイバーンを指定しました。乗ろうと撫でようと尾を引っ張ろうと、怒ることはありません」

「え」

「ですな。それに、この村の中で村長殿の村のお客人たちを傷付けようものなら、魔王様の怒りを買うことを誰もが知っております。心配は要りませんぞ」

「そ、そうですか、子供好きのワイバーン……」


 ワイバーンの表情を読むスキルは、フィルにはない。そのため赤い瞳がぎょろりぎょろりと子供たちの動きを追うたびにひやりとするのだが、あれは微笑ましがっている表情なのだろうか。

 ワイバーンが子供好き、と聞くと、食料としてでは、と思ってしまうのはフィルの認識の浅さだろうか。一般論だと思うのだが。


「あのワイバーンは子供が好きなのですが、そうそう人間の子供に会える機会もありませんし……そういった意味でこの宴への参加を切望していたのですよ。無事子供たちが興味を持ってくれて何よりでした」


 嬉しそうな魔王様に、フィルは今日はこういった意外性を山ほど見るのだろう、と覚悟を決めた。

 そうして魔王様の宴は、幕を開けたのだった。

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