第8話 子供たちの出会い

 フィルの村と魔王の村が緩やかな交流を初めて、半月ほどのちのこと。

 季節柄、そろそろ大雨が来るかもしれない、などという話を村の入り口でバルバザールとしていたフィルは、ふと顔を上げたバルバザールが僅かに立ち位置を変えたことに気付いて彼を見た。

 その視線に気付いたバルバザールがくい、と顎を上げ、村の外を示す。

 促されるままにそちらを見たフィルは、ゆったりとした足取りでこちらに向かってくる魔王に気付いて軽く会釈をした。


「こんにちは、フィルさん、バルバザールさん」

「こんにちは、魔王様」

「どうも」


 今日は双子も一緒である。いつもの無表情ながら、何処か固くなっているようにも見えるレニとノエにも挨拶をしてから、フィルは魔王を見た。


「レニ君とノエちゃん、緊張していますか?」

「ああ、それが……。やはり、この色彩で嫌な思いをしたことがあるらしく……ですが、フィルさんの村には行ってみたい、とのことで、つれてきたのですが」


 レニとノエは、二人とも白銀の髪に赤い目をしている。幼いながらに面立ちも美しく、魔族だと言われればフィルとて信じただろう。

 実際には人間であるらしいのだが、この幼さでこれほど硬い表情をするほど迫害されていたというなら、可哀想な話である。

 先日、魔王から子供たちをフィルの村に連れて行っていいか、と打診を受け、フィルは先に村に話を通すことにした。

 子供たちというのは無邪気で、悪気なくレニとノエが傷付くようなことを言う可能性がある。それを防ぐのは大人であるフィルたちの役目だろう。

 そう思い、バルバザールの協力も得てしっかりと話は通しておいた。

 村の中にも黒髪や茶色の髪、金の髪、青い目緑の目黒の目がいるように、遊びに来る子供は白銀の髪に赤い目だが、同じ子供だ。

 からかったりいじめたりしないように、とそれはそれは懇切丁寧に。

 あちこちを旅していたバルバザールと移民であるババ様の外の世界にはいろいろな色の髪や目があり、肌の色が違うことも珍しくない、という話をよく聞いた子供たちはわかった、と頷いていた。

 実際どうなるかはまだわからないが、子供同士の交流は重要だ。

 若干胃がキリキリしてはいるが、大人として見守る所存である。


「一応、言い聞かせてはありますが……」

「ありがとうございます。実際、外と交流しながら生きていくなら、この見た目が奇異になることには慣れなくてはならないでしょう。この子たちには可哀想なことですが、そういう目で見られることに、少しずつ慣れなくては」

「そう、ですね……」

「奇異の目で見られ、珍しがられることと、迫害され、いじめられることは違います。前者ならば、この子たちもわかっているでしょう」


 ひし、と両側に抱き着く子供たちの頭を撫で、魔王は困ったように微笑んだ。

 赤い瞳に見つめられ、フィルも膝を折る。


「こんにちは、うちの村にようこそ。うちには今、上は十三歳、下は二歳まで、十七人の子供がいるから、仲良くしてね」

「……ごさいは、いる?」

「五歳? いるよ、女の子が一人と、男の子が一人。ちょうど二人と一緒だね」

「……村人の年齢と人数と名前を全部把握してるのはお前のいいところだな、フィル」

「そりゃ百二十人程度、覚えてないでこの村で育った村長なんて名乗れないじゃないですか」


 フィルからすれば当然の村長スキルなのだがバルバザールは肩をすくめ、魔王は感心したように何度も頷いている。面映ゆいのでやめていただきたい。


「ともかく、中へどうぞ」


 気恥ずかしさに頭を掻いて、フィルは村の入り口を指した。それからふと気付く。


「……あれ、魔王様……初めにいらっしゃったときと、ちょっとなんか雰囲気が……」

「ド阿呆。雰囲気が、で済むお前、本当にのんきだな」

「え?」

「先日は申し訳ないことをしました。二百年ほど眠っている間に失念していたのですが、魔王の魔力は人間にとっては濃く、重すぎたのですよね。怖がらせてしまってすみません。今は意図的に抑えていますので、それほど威圧的ではないと思うのですが」


 言われて、改めてじっくりと魔王を見つめる。目に見えるほど濃く漂っていたはずの魔力は、確かに魔王の周囲にわずかににじむ程度に感じられ、息苦しく感じるほどの重さはなくなっている。

 角も金色の目も勿論健在で、人間には有り得ないほど美しいのも変わらないが、見た瞬間の命が終わるような恐怖は感じ取れなかった。


「なんか、気を遣わせてしまってすみません……」

「いいえ、私の配慮が足りなかったのです。申し訳ありませんでした。今後、こちらにお邪魔する際はこのようにしますので」


 申し訳ないが、ありがたい。魔王自身に悪意がなかろうと温和だろうと、生物としての本能があの魔力を恐れてしまうので、どうしようかと思っていたところだ。

 魔王の配慮に感謝して改めて村の中に踏み込むと、わっと子供たちが集まってきた。


「フィル、魔王様来た!?」

「ちい村長、魔王様は?」

「村長、そいつらが隣村の子供?」

「だから一気にしゃべるなって!!」


 容赦がない。驚いたように魔王の背後に引っ込んだレニとノエの盾になるように前に立ちふさがり、フィルはなけなしの村長らしさを振り絞った。


「村に来たお客さんには?」

『礼儀正しく親切に!!』

「わかってんならやれよ!! ああもう……すみません、魔王様」

「いいえ、元気がいいのはいいことです。……子供たち、初めまして。十三番目の魔王、隣村の村長の魔王です。よろしくお願いしますね」


 先日初めて魔王が村にやってきたとき、子供たちは速やかに大人たちが家に隠した。魔王を近くで見た者はいないし、年かさの子供たちは遠目に見たかもしれないが、それだけだ。

 興味津々に魔王を囲んでいる子供たちにおっとりと笑いかけ、魔王は後ろに隠れたレニとノエの背を押した。


「隣村の子供、レニとノエです。仲良くしてあげてくれますか」

『……!!』

「あ、本当に髪が銀色だ」

「目も赤いね!!」


 速攻である。慌てるフィルの前で、子供たちはレニとノエを囲んでまじまじと二人を見つめた。


「と、とと、さま」

「本当に赤いな!! おれ、緑なんだぜ!! 父ちゃんの色なんだ」

「……え?」

「私の髪の金色はね、おばあちゃんに似ているのよ」

「僕の髪は母さん似!!」


 わらわらと集まった子供たちに勢いよく話しかけられ、レニとノエが手をつないだままきょろきょろと話し出す子供たちを忙しなく目で追う。

 止めようかと口を開けたフィルは、そっと魔王の手を腕に置かれ、魔王を振り返った。


「……フィルさんの村の子供たちは良い子ですね。きっと、レニやノエをいじめたりしないでしょう。子供たちだけにしておきませんか」

「あ……」

「どうせそこらで遊んでんだろ。門番しながら見とくわ」


 バルバザールにひらひらと手を振られ、フィルは躊躇いがちに頷いた。確かにフィルがここにいても何ができるわけでもない。それよりも、村長同士らしく、村の話をするべきだ。


「じゃあバルバルさん、子供たちをよろしく」

「お願いします、バルバザールさん」

「ああ」


 若干不安を残しつつ、フィルは村の中央、村長の家へ足を向けた。歩きながらあちこちで村人が声をかけてくる。

 そのひとつひとつに律義に会釈をしていた魔王は、ややあってふと村の西側に視線をやって足を止めた。


「……あれは」

「魔王様? どうかしましたか?」


 気付かず数歩先に行ってしまったフィルは、踵を返して魔王の隣まで戻った。魔王の視線を追ってああ、と呟く。


「あれは教会、でしょうか」

「ええ、一応」


 魔王が疑問を浮かべたことと、フィルが一応、という曖昧な返事になったことには理由がある。

 二人の視線の先にある教会は、つまるところ。


「……雷にでもあたったのでしょうか?」


 絶望的にぼろぼろだったのである。


「いやあ……教会って、形とか素材が他の建物とは違うので、村の人間じゃなかなか補修ができないんですけど……こんな辺鄙な村なので、教会としての補助金もほとんど出なくて、補修用の職人も呼べないんです。裏側の住居部分はそれでも村人で何とか直しているんですけど」

「神父がいるのですか?」

「いえ、うちはシスターが」

「お邪魔してもよろしいでしょうか?」


 尋ねられ、頷く。教会は基本的にいつでも開いているし、誰でも入れる。魔王だから駄目ということもない……のだろうか。


「……あの、失礼になったら申し訳ないんですが」

「はい」

「魔王様と神様って、その、敵対とかそういう」


 恐る恐る尋ねたフィルに、きょとん、と瞬いた魔王はおかしそうに唇をほころばせた。成程、と呟いて口元を押さえる。


「すみません、心配をさせてしまいましたね。教会を壊したりはしませんよ」

「い、いえ、そういうことを心配しているわけじゃ」

「幾らか下位の神の中には魔王と敵対するものもありますが、創造神まで行くと、魔王でさえ神に作られたものになります。敵対心も恨みも反逆心もありませんよ」

「そ、そういうものですか」


 魔王さえ作るとは、創造神恐るべしである。

 もっとも、一番初めに魔王がぶっちゃけた世界の仕組みを鑑みるに、確かに魔王も神に作られたものなのかもしれない。


「あれ、でも神様の中には敵対しているものもいるんですか」

「ええ。この世界では創造神が最上神ですが、それ以外にもいろいろな神がいるでしょう? 農耕神だとか、鍛冶神だとかがこういった村だと馴染み深いでしょうか」

「ああ、そうですね」


 ジジババ集団は特に迷信深いものだし、日常に密接に関与している神というものはある。辺境村の教会だとひっくるめてその辺りをすべて網羅してざっくり祈ってしまうが、都の神殿はすべて別に祀られていると聞く。

 フィルもいちいち神様の種類を特定して感謝したり祈ったりはしていないが、都というのは用途に合わせて別の神殿に行くのだろうか。

 フィルには教会と神殿の違いもいまいちわかっていないのだが。


「一応、勇者の加護をする神というものがいまして、その神と魔王は敵対していますね」

「あ、ああ、成程……?」

「それ以外の神は持ちつ持たれつ、というところでしょうか」


 久々に神々魔王クラスの世界の神秘を聞かされるとくらくらする。人の身には荷が重い。


「と、とにかく、教会ですよね。こちらにどうぞ」


 首を一つ振って魔王を案内し、フィルは崩れかけの教会へ向かった。

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